少子化

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少子化(しょうしか)とは、

  1. 出生数が減少すること
  2. 出生率の水準が特に人口置換水準以下にまで低下すること(故に、単なる出生率の低下とは異なるとされる)
  3. (高齢化の対義語として)子どもの割合が低下すること
  4. 子どもの数が減少すること

を指し、いずれの意味であるかは文脈によるが、混同されている場合も多い。なお、子どもの定義もまちまちである。

目次

[編集] 概説

長期的に人口が安定的に維持される合計特殊出生率(1人の女性が一生の間に産む子の数)を人口置換水準(Replacement-level fertility)という。 人口学において少子化とは、合計特殊出生率が人口置換水準を相当長期間下回っている状況のことをいう。

[編集] 人口転換

経済発展生活水準の向上に伴う出生率と死亡率の変化には、多産多死から多産少死、少産少死へ至る傾向があり、人口転換と呼ばれる。

多産少死のとき人口爆発が生じることは古くより知られ、研究が進められてきた。日本では江戸時代前半(約3倍増)と明治以降(約4倍増)の2度、人口爆発が起きた[1]

かつて少産少死社会は人口安定的と考えられていたが、1970年代に西欧諸国で出生率が急落して以降、将来の人口減少が予測されるようになった。多くの先進諸国では死亡率が下げ止まる一方で出生率の低落が続き、1980年にはハンガリーが人口減少過程に入った。

[編集] 少子化の原因

少子化の主な直接原因は晩産化の進展による女性一人あたりの生涯出産数の減少である[2]

晩産化が進む背景として、女性の就労機会の上昇などライフスタイルの変化によって結婚・育児の人生における優先順位が低下する中、結婚や育児・教育環境に高い条件を求める傾向が強まっていることが挙げられる。女性の就業率と出産率の間には正の相関があり、むしろ女性が働くほど子供も増えたことが指摘されていた[3]が、OECD諸国の国際比較で、女性就業率と出生率に弱いながらも正の相関があるように見えていたのは国ごとの、各種の政策等を考慮しない単純比較だからであり、かつてより弱まる傾向はあるものの依然として女性の就業率と出生率の間には負の相関があるとの分析もある[4]。また日本単独での地域ごとの比較の場合、未婚の女性が特定地域に集中していることを無視している可能性がある。例えば地方から都市圏の大学に娘が進学し、それを支えるため母親が地元でパートに出た場合、一見すると地方部における就業率と出生率に正の相関をもたらす。

また、結婚と出産が文化的に密接な関係を保っている地域では晩婚化の進展および生涯未婚率の上昇が晩産化・無産化につながる例が多い。

[編集] 各国における少子化の状況

欧米の先進諸国は世界でもいち早く少子化を経験した地域である。ヨーロッパの人口転換は戦前に終了していたが、アメリカ合衆国では1950年代後半にベビーブームが起きた。

1960年代には欧米は日本より合計特殊出生率が高かったが、1970年代には日本の緩やかな低下とは対照的に急激な低下が起こり、1980年代前半には日本ともほぼ同水準に達した。ただし、欧米では移民を受け入れていたので、これが人口低下には直接通じなかった。

1980年代中頃までは多くの国で出生率は低下し続けたが、1980年代後半からはわずかに反転あるいは横ばいとなる国が増えている。アメリカやスウェーデンなどは1990年に人口置換水準を回復したが、その後再び低下した。多くの国では出生率回復を政策目標とはせず、育児支援などは児童・家族政策として行われている。

南欧では1970年代後半から合計特殊出生率が急低下し、イタリアスペインでは1.1台という超低出生率となった。伝統的価値観が強く、急激に進んだ女性の社会進出と高学歴化に対応できなかったことが原因とみられる。1990年代後半以降、法制度面の改善と規範意識の変革により、出生率の持ち直しが見られる国もある[5]

東欧・旧ソ連では計画的な人口抑制政策や女性の社会進出が早かったことなどから、もともと出生率が低かった。また1980年代以降、経済停滞や共産主義体制の崩壊などの社会的混乱による死亡率の上昇が生じ、20世紀中に人口減少過程に入った国が多い。

韓国台湾香港シンガポールなどのNIESでは1960年代 - 70年代に出生率が急激に低下し、日本を超える急速な少子化が問題となっている。2003年の各国の出生率は、香港が0.94、台湾が1.24、シンガポールは1.25、韓国は02年で1.17である[6]家族構成の変化や女性の社会進出(賃金労働者化)、高学歴化による教育費の高騰など日本と同様の原因が指摘されている。

中国タイでも出生率が人口置換水準を下回っている。多くのアジア諸国では出生率が人口置換水準を上回っているものの低下傾向にある国が多い。

[編集] アメリカ合衆国

アメリカ合衆国では、1985年以降出生率が上昇に転じ、1990年以降合計特殊出生率2.0付近で横ばいになっている。これはヒスパニック系国民の出生率が高いためであり(2003年で2.79)、非ヒスパニック系白人やアジア系の出生率は人口置換水準を下回ったままである。

しかし一方で非ヒスパニック系白人の出生率も2000年以降1.85程度と(2003年で1.86)、人口置換水準以下ではあっても日本・欧州や一部のアジア系(日系人など)よりは高い水準にあり、かつ低下傾向ではなく横ばい状態にある点には留意すべきである。

また、かつて非常に高かった黒人の出生率は1970年代以降急激に下降し、白人やアジア系の水準に近づいている(2003年で2.00)。なお、アメリカでは欧州各国のような国が直接的に関与する出産・育児支援制度などはほとんどなく、基本的には民間の企業やNPO、財団法人などが少子化対策に対応しているケースが多い。

[編集] フランス

フランスでは長く出生率は欧州諸国の中で比較的高い位置にあったが、1980年代以降急速に下がり1995年には過去最低の1.65人にまで低下した。その後政府は出生率を人口置換水準である2.07人にまで改善させる事を目標と定め、各種の福祉制度や出産・育児優遇の税制を整備した。

女性の勤労と育児を両立することを可能とする「保育ママ制度」、子供が多いほど課税が低くなる『N分N乗税制』導入や、育児手当を先進国最高の20歳にまで引き上げる施策、各公共交通機関や美術館などでの家族ぐるみの割引システムなどが有名。この結果低下したフランスの出生率は2006年に欧州最高水準の2.01人にまで回復した

むしろ、事実婚一人親家庭などの多様な家族のあり方に対して社会が寛容である事、シングルマザーでも働きながら何人も子供を生み育てることが可能な労働環境と育児支援が法整備されていることが最大の特徴と言える。

[編集] イギリス

イギリスは1960年代後半から出生率が下がり1990年代後半まで1.6人前後で推移していた。トニー・ブレア労働党政権以後、フレキシブル制度の奨励をはじめとする労働環境の改善やサッチャー保守党政権下で発生した公教育崩壊の建て直し(具体的には予算の配分増加・NPOによる教育支援)、外国人の出産無料などが行なわれた。

その結果2000年以降イギリスの出生率は持ち直し、2005年には1.79人にまで回復した。1990年代前半のスウェーデンのように経済的支援だけに目を向けた出生率維持の色が濃厚な短期的少子化解決政策ではなく、父母双方が育児をしやすい労働体系の再構築や景気回復による個人所得の増加を併せた総合的・長期的な出産・育児支援政策の結果として出生率が上がったことは現在国内外でかなり高く評価されている。

[編集] スウェーデン

スウェーデンでは出生率が1980年代に1.6人台にまで低下し、早くに社会問題となった。そこで、女性の社会進出支援や低所得者でも出産・育児がしやすくなるような各種手当の導入が進められた。また婚外子(結婚していないカップルの間に誕生した子供)に嫡出子と法的同等の立場を与える法制度改正も同時進行して行なわれた。

結果1990年代前半にスウェーデンの出生率は2人を超え、先進国最高水準となった。この時期、出生率回復の成功国として多くの先進国がこのスウェーデン・モデルを参考にした。

しかし1990年代後半、社会保障の高コスト化に伴う財政悪化により政府は行財政改革の一環として各種手当の一部廃止や減額、労働時間の長期化を認める政策をとった。結果2000年にはスウェーデンの出生率は1.50人にまで急落した。

その後はイギリスと同様男女共に働きつつ育児をすることが容易になる労働体系の抜本的見直しや更なる公教育の低コストを図り、2005年時点で出生率は1.77人まで再び持ち直した。更に翌2006年には出生率1.85人、出生数10万6000人とおよそ10年ぶりの高水準にそれぞれ回復している。

[編集] ドイツ

ドイツは2005年時点で出生率が1.34人と世界でもかなり低い水準にある。東西分裂時代より旧西ドイツ側では経済の安定や教育の高コスト化などに伴う少子化が進行しており、1990年ごろには既に人口置換水準を東西共に大幅に下回っていた。

その後ドイツ政府は人口維持のため各種教育手当の導入やベビーシッターなど育児産業の公的支援、教育費の大幅増額などを進めた。しかしドイツでは保育所の不足や手当の支給期間の短さ、更に長く続く不況による社会不安などが影響して2000年の1.41人をピークに再び微減傾向にある。出生数も2005年に70万人の大台を割り、今のところ大きな成果は挙げられていない。

ドイツは既に毎年国民の10~15万人前後が自然減の状態にある人口減少社会であり、2005年は約14.4万人の自然減であった。このまま推移すると2050年には総人口が今より1000万人あまり減る事が予想されている。またドイツはヨーロッパ有数の移民大国・外国人労働者受け入れ国家であるが、その移民や外国人労働者の家族も同様に少子化が進んでおり、ドイツにおける移民の存在は出生率にほとんど影響していない。

[編集] イタリア

イタリアは1970年代後半から大幅に出生率が落ち込み、1990年代には既に世界有数の少子国となっていた。イタリアの場合他の国とは少し異なり著しい地域間格差(経済的に豊かで人口の多い北部と人口減少が続き産業の乏しい南部での格差)、出産・育児に関する社会保障制度の不備、女性の社会進出などに伴う核家族化の進行そして根強い伝統的価値観に基づく男女の役割意識の強さなど、かなり個性的な問題が背景にあった。

こうした中でベルルスコーニ政権は出産に際しての一時金(出産ボーナス)の導入や公的教育機関での奨学金受給枠拡大、医療産業への支援を行なった。結果2005年に出生率は1.33人にまで回復したが、依然として出生率そのものは世界的にかなり低い水準に留まっている。

イタリアをはじめとして南欧や東欧では男女の家庭内における役割意識など保守的価値観が強く(婚外子の割合も英米仏、北欧と比べてかなり低い)、行政施策だけでは抜本的な少子化解決につながらないとの見方が有力である。

[編集] オランダ

オランダは1970年代から1980年代にかけて出生率が大きく下がり、1995年には過去最低の1.53に低下した。そこで政府は子育てがしやすい社会の再構築のため、数々の施策を試みた。北欧と同様、法律婚によらなくても家庭を持ち子育てが可能となるような政策が広く知られている。

具体的には『登録パートナー制度』と呼ばれ、養子を取ることや同性同士でも子育てが認められるなど、伝統的なリベラル国家オランダらしい制度が知られている。また世界でもいち早くワークシェアリング同一労働同一賃金制度を取り入れ、パートタイム労働者であってもフルタイム労働者と同等の社会的地位・権利が認められるようになった。これは家計の維持のしやすさや家庭で過ごす時間の増加につながり、ひいては出生率回復の大きな原動力となった。

また、オランダでは国籍に関係なく18歳以下の子供を持つ家庭においては税制上の優遇措置もしくは各種育児手当支給のいずれかを選択できるようになっており、これにより東欧系やインドネシア(旧植民地)系、南米スリナム系はもちろん旧住民(主に白人)の高い出生率が維持されている。2000年以降オランダの出生率は1.73~1.75人で推移しており、欧州諸国の中でも比較的子育てのしやすい国として注目されている[7]

[編集] ロシア

ロシアではソ連崩壊後、妊娠中絶や離婚の増加で出生率が低下し、他にも社会情勢の混乱による死亡率上昇や他国への移住による人口流出のため、1992年に主要国で最も早く人口減少過程に入った。以降、人口の自然減が続き、ウラジーミル・プーチン大統領は演説で「年間70万人の人口が減っている」と述べた。

ロシアの人口は2001年時点で1億4600万人だったが、2009年現在は1億4200万人となっている。プーチン大統領は「2050年には1億人すれすれになる」と予測していた。他方で資源バブルや欧米資本による工場建設などを背景に経済成長は著しく、国家全体でも1人あたりでもGDPの増大が続いている。

ソ連時代には200万人を超えていた出生数は1999年には121万人に減少した。2000年にプーチン大統領が就任して以降、プーチン大統領による少子化対策が行なわれるようになり2006年には大胆な少子化対策を打ち出した。2007年以降に第二子を出産した母親に、その子が3歳になった日以降に25万ルーブルの使途限定資金を支給することにした。(25万ルーブルの使途は、マイホームの購入・改築、教育、年金積立のいずれかである。)このほかプーチン大統領は、児童手当や産休中の賃金保障額の引上げなども行なった。ウリヤノフスク州知事であるセルゲイ・モロゾフ知事は、2007年以降、9月12日を「家族計画の日」を制定し、「家族計画の日」で受精して9か月後にロシア独立記念日である6月12日に出産した母親に賞品を贈与するという[8]

これらの対策により1999年には121万人まで減少した出生数は2008年には171万人までに増加し、2003年には79万人でピークを迎えた減少数は2008年には10万人にまで減少して改善した。合計特殊出生率は、1999年に最低の1.17を記録した後上昇し[9]2009年には1.6となっている[10]。他にも近年は医療水準の向上や経済の再建による社会の安定等により死亡率は低下し、また中央アジア諸国からの移民による社会増数も増加しており、これに伴い1992年以降続いている人口減少は近年は改善傾向にあり人口減少問題に解決の兆しが見えている。

[編集] 韓国

韓国は1960年頃6.0人,1970年頃に4.53人あった出生率が、経済発展と同時に急落。1987年に1.53人で最低水準を記録した後 1992年には1.76人で記録して 再び下落, 2000年に出生率が上昇して1.47人記録したが、2001年から下落反転して1.30を記録し, 2002年には1.17人、2003年には1.19人と推移した。はじめは人口急増による失業者増大などを恐れ出産抑制策をとっていた政府も21世紀に入って急激な少子化を抑えるため姿勢を一転させる。具体的には2005年のこども家庭省新設、大統領直属の少子化対策本部立ち上げ、出産支援を目的とした手当導入などが挙げられる。

しかし韓国では他の東アジア先進地域(台湾やシンガポール、香港など)と同様女性の社会進出に伴う晩婚化の進展や未婚女性の増加、そして社会福祉システムが起動不備。加えて韓国の私的教育費はOECD加盟国最高水準という状態で、激しい受験戦争や高学歴化に伴う家庭の負担増加は韓国を更なる少子国に追いやった。

2005年の出生率は1.08人と事実上世界最低水準に落ち込み、現在のところ韓国の少子化対策は不調気味であると言える。加えて韓国では経済成長の蔭り, 1997年 IMF通貨危機その後の雇用不安によって晩婚化や子供のいない家庭が深刻化し、政財界を悩ませている[11]

少子化の人口の推移
1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年
1.41 1.47 1.30 1.17 1.18 1.15 1.08 1.12 1.25 1.19 1.15

2005年度では34万件の人工妊娠中絶があり、これは韓国の新生児の78%にあたる。2009年に大統領府の主宰する会議は出生率低下に対する対応策の一つとして堕胎を取り締まると発表した。 女性団体らはこれに反対している。[12]

[編集] 中国

人口抑制政策である1人っ子政策が1979年に開始され、あわせて「晩婚」「晩産」「少生(少なく産む)」「稀(1人目と2人目の時間を開ける)」「優生(優秀な人材を産もう)」の5つのスローガンが掲げられた[13]。この方針が人口ピラミッドの年代別の人口バランスに影響を与え、今後の推移予想から、2050年時点で65歳以上の人口が4億人を越えると見られている[13]

この政策は、男子を望む家庭が多いことから、男女比:119対100という出生構成比にゆがみを生じさせている[13]。また将来の労働力となると期待される、14歳以下の人口の減少にもつながっている。

総人口の伸びが止まると65歳以上の高齢人口比率が極端に増えるため、「八四二一」問題(八四二一家庭结构老人的赡养问题)と呼ばれる、将来「1人の子どもが、2人の親の面倒を見、4人の祖父母と、8人の曾祖父母も支える」という深刻な社会構造の到来が懸念されている[13]

今後確実に訪れると考えられる超高齢社会をにらんで出生計画の方針に変更が見られ、1人っ子同士の結婚は5年間の期間を開けて二人目を生んでも良いという政策がある[要出典]

[編集] 日本の少子化

日本の出生数(棒グラフ,目盛左)と合計特殊出生率(折れ線グラフ,目盛右)。1947年以降。
近年、合計特殊出生率は増加しているにもかかわらず、出生数の減少は続いている。
1966年の出生数・出生率の急激な落ち込みは丙午によるものである。

日本の出生率低下は戦前から始まっていたが、戦時中の出産先送り現象のため終戦直後の1940年代後半にはベビーブームが起き、出生数は年間約270万人に達した(1947年の合計特殊出生率は4.54)。

しかし1950年代には希望子供数が減少し、人工妊娠中絶(1948年合法化)の急速な普及をバネに出生数は減少し、1961年には、出生数159万人(合計特殊出生率1.96)にまで減少した[14]

その後、出生数が若干回復傾向を示し、1960年代から1970年代前半にかけて高度成長を背景に出生率は2.13前後で安定する[15]。このとき、合計特殊出生率はほぼ横ばいであったが、出生数は増加し、200万人以上となったため第二次ベビーブームと呼ばれた。

しかし1973年をピーク(出生数約209万人、合計特殊出生率 2.14)として、第一次オイルショック後の1975年には出生率が2を下回り、出生数は200万人を割り込んだ。以降、人口置換水準を回復せず、少子化状態となった。

その後さらに出生率減少傾向が進み、1987年には一年間の出生数が丙午のため出産抑制が生じた1966年(約138万人)の出生数を初めて割り込み、出生数は約135万人であった。1989年の人口動態統計では合計特殊出生率が1.57となり、1966年の1.58をも下回ったため「1.57ショック」として社会的関心を集めた。同年、民間調査機関の未来予測研究所は『出生数異常低下の影響と対策』と題する研究報告で2000年の出生数が110万人台に半減すると予想し日本経済が破局的事態に陥ると警告した[16]。一方、厚生省(現・厚生労働省)の将来人口推計は出生率が回復するという予測を出し続けた[17]1992年度の国民生活白書で少子化という言葉が使われ、一般に広まった。さらに、1995年に生産年齢人口(15~64歳)が最高値(8717万人)となり、1996年より減少過程に入った。

その後も出生率の減少傾向は続き、2005年には、出生数が約106万人、合計特殊出生率は1.26と1947年以降の統計史上過去最低となり[14]、総人口の減少も始まった。2005年には同年の労働力人口は6650万人(ピークは1998年の6793万人)であったが、少子化が続いた場合、2030年には06年と比較して1070万人の労働力が減少すると予想される[18]

その後、若干の回復傾向を示し、2009年には出生数が約107万人、合計特殊出生率が1.37となった[14]。なお、2010年の月報年計の概数では、出生数が約107万人、合計特殊出生率が1.39を示している[19]

しかし、15歳から49歳までの女性の数が減少しており、そのため、合計特殊出生率が上昇しても出生数はあまり増加せず、2005年に出生数が110万人を切って以降、出生数は110万人を切り続けている[14]

日本の出生に関するデータの推移[20]
1970 1980 1990 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008
出生数(万人) 193.4 157.7 122.2 119.1 117.1 115.4 112.4 111.1 106.3 109.3 109.0 109.1
出生率(‰) 18.8 13.6 10.0 9.5 9.3 9.2 8.9 8.8 8.4 8.7 8.6 8.7
標準化出生率(‰) 15.26 12.76 10.74 9.51 9.29 9.21 8.99 8.95 8.72 9.06 9.16 9.34
合計特殊出生率 2.13 1.75 1.54 1.36 1.33 1.32 1.29 1.29 1.26 1.32 1.34 1.37
純再生産率 1.00 0.83 0.74 0.65 0.64 0.64 0.62 0.62 0.61 0.64 0.64 0.66

内閣府の「少子化に関する国際意識調査」は、米国、フランス、韓国、スウェーデン、そして日本という5カ国のおよそ1000人の男女を対象として2005年に行った少子化についての意識調査の結果を報告している。これによると、「子供を増やしたくない」と答えた割合は53.1%と、他の4カ国と比較して最も多かった。(他国の増やしたくないと答えた割合はスウェーデン11%、米国12.5%、フランス22.6%、韓国52.5%)。「子供を増やしたい」と答えた割合が最も少ないのも日本であった。子供が欲しいかとの問いについては、いずれの国も9割以上が「欲しい」と回答している[21]

同調査において示された「子供を増やしたくない理由」は、

  • 子育てや教育にお金が掛かりすぎるから - 韓国68.2%、日本56.3%、米国30.8%
  • 高年齢で生むのが嫌であるから - スウェーデン40.9%、韓国32.2%、日本31.8%

などとなっている[21]

[編集] 少子化社会

日本政府は平成16年版少子化社会白書において「合計特殊出生率が人口置き換え水準をはるかに下まわり、かつ、子供の数[22]高齢者人口(65歳以上人口)よりも少なくなった社会」を「少子社会」と定義している。日本は1997年に少子社会となった。日本の人口置換水準は2.08と推計されているが、日本の出生率は1974年以降2.08を下回っており、日本の総人口は2005年に戦後初めて自然減少した[23]

[編集] 日本の少子化の原因

晩産化、無産化が少子化の主な直接原因である。日本では婚外子を忌避する文化が強く、社会制度などの面でも不利があるため、未婚化晩婚化の進展が少子化に強く影響している。また、結婚した場合も経済的理由により子供が生まれたときの十分な養育費が確保できる見通しがたたないと考え、出産を控える傾向がある。

企業による派遣労働の採用など、雇用形態が流動的になり将来の生活に展望がもてない場合が多くなっており、結婚や出産を諦めざるを得ないケースが増加している。特に登録型派遣の場合、法律上は育児休業の権利があっても実際には契約が解除されるなどして取得できないことが多いため、育休取得率は3割にとどまっており、正社員なら通常受けられる公的給付金が受けられないケースもある[24]。仮に育児休業を取得できたとしても元の職場には復帰できないのが通例であり、保育園への入園選考で、派遣先が決まっていないとして正社員に比べて不利に取り扱われるため出産後の職場復帰のハードルが高いといったことも出産を躊躇する原因となっている。労働政策研究・研修機構の2005年のレポートによれば、男性は正社員であれば結婚率が高く、また収入が高いほど結婚率が高くなる。女性については、収入と結婚率との間に明確な差は現れてはいない。

子育てにかかる費用が高いことも要因として指摘されている。国民生活白書によれば子供一人に対し1300万円の養育費がかかるという。但しこの数値は基本的な生活費によるもので、高校や大学への進学費を含めると最低2,100万円はかかるという。経済産業研究所の藤原美貴子は日本人官僚に対するセミナーで「今の日本において、子育ては非常に高くつきます。ですから、子供を作るか、夏用の別荘を買うか、最新モデルのベンツを買うか、という選択を迫られているようなものです。」と説明している[25]

その他の要因として、戦後の核家族化[26]・女性の専業主婦化[3]や、産婦人科医・小児科医の不足(→出産難民参照)、治安に対する不安の高まりなどが指摘されている。

[編集] 低所得者層の増加による影響

配偶者および子供がいる者の割合(%)
年収\年齢 20〜24歳 25〜29歳 30〜34歳 35〜39歳
〜99万円 0.7 0.6 10.8 12.8
100〜199万円 2.3 7.9 19.1 30.0
200〜299万円 4.2 11.4 25.2 37.9
300〜499万円 7.8 18.9 37.8 51.1
500〜699万円 8.2 28.9 50.5 62.4
700万円〜 10.3 27.1 52.0 70.7

資料出典:若年者雇用の不安定化の概況

中小企業庁は「配偶者や子供がいる割合」は概ね所得の高い層に多く、所得が低くなるに従って未婚率が高くなるという傾向があり、低収入フリーターの増加は、結婚率、出生率の低下を招く」と分析している。

[編集] 女性の社会的地位向上による影響

日本では男女雇用機会均等法の施行等、女性の社会進出により出生率が低下したとの意見があり、確かに国際的には出生率と女性の就業率は負の相関があるとする研究がある[4]。一方で「結婚したから就業しない。就業したから結婚しない」という説明はわかりやすいものの、明確に因果関係があると示されているわけではない。日本国内における地域比較において、「女性の社会進出は出生率の上昇に寄与する」とする研究もある[3]

[編集] 年代と少子化

日本における出産時の母親の年齢階級別割合の推移

厚生労働省の人口動態統計によると、1980年以降20代の出生率は低下し、30代の出生率は上昇しているが、全体の出生率は下がり続けている。また、1980年ごろまでは、20代後半で産む割合が5割以上であったが、それ以降減少し、2003年には30代前半よりも低くなり、2009年には、約3割にまで減少している。さらに、30代後半で産む割合が増加傾向であり、2009年には約2割にまで上昇している。1980年以降、未婚率、平均初婚年齢、初産時平均年齢は上昇している。1972年から2002年までの調査では、完結出生児数は2.2人前後と安定した水準を維持しており、合計特殊出生率は低下しても、結婚した女性に限れば産む子供の平均の数は変わらなかったが、2005年の調査から出生児数の低下がみられ、2010年の完結出生児数は1.96人まで低下した。

第12回出生動向基本調査(2002年)によると、結婚持続期間が0~4年の夫婦の平均理想子供数と平均予定子供数は上の世代より減少しており、少子化の加速が懸念される。

合計特殊出生率と完結出生児数の推移[27][28]
調査年 合計特殊出生率 完結出生児数
1940年 - 4.27
1952年 2.98 3.50
1957年 2.04 3.60
1962年 1.98 2.83
1967年 2.23 2.65
1972年 2.14 2.20
1977年 1.80 2.19
1982年 1.77 2.23
1987年 1.69 2.19
1992年 1.50 2.21
1997年 1.39 2.21
2002年 1.32 2.23
2005年 1.26 2.09
2010年 1.39 1.96

[編集] 地域特性と少子化

厚生労働省の1998年から2002年までの人口動態統計によると、市区町村別の合計特殊出生率は渋谷区が最低の 0.75 であり、最高は沖縄県多良間村の 3.14 であった。少子化傾向は都市部に顕著で、2004年7月の「平成15年人口動態統計(概数)」によれば、最も合計特殊出生率が低い東京都は全国で初めて 1.00 を下回った(発表された数字は 0.9987 で、切り上げると1.00となる)。一方、出生率の上位10町村はいずれも島(島嶼部)であった。

首都圏(1都3県)については、20-39歳の女性の約3割が集中しているにもかかわらず、出生率は低く「次の世代の再生産に失敗している」[3]より引用。そのため、「都市圏の出生率が低くても地方から人を集めればいいという安易な発想は、日本全体の少子化を加速させ、経済を縮小させる」との指摘がある[3]

[編集] 日本政府の施策

日本政府は出生力回復を目指す施策を推進する一方、少子高齢化社会に対応した社会保障制度の改正と経済政策の研究に取り組んでいる。

[編集] 出生力回復を目指す施策

1980年代以降、政府・財界では高齢者の増加による社会保障費の増大や、労働人口の減少により社会の活力が低下することへの懸念などから抜本的な対策を講じるべきだとの論議が次第に活発化した。

政府は1995年度から本格的な少子化対策に着手し、育児休業制度の整備、傷病児の看護休暇制度の普及促進、保育所の充実などの子育て支援や、乳幼児や妊婦への保健サービスの強化を進めてきた。しかし政府の対策は十分な効果を上げられず、2002年の合計特殊出生率は 1.29 へ低下し、第二次世界大戦後初めて 1.2 台に落ち込んだ。

出生率低下の主要因は高学歴化・長時間労働・未婚化晩婚化・企業による派遣制度などの雇用状態の変化による時間外勤務手当等、諸手当のカットや低賃金と言われているが、結婚への政府介入には否定的な声が大きい。また日本では婚姻外で子をもうけることへの抵抗感も根強く、また男女間の給与体系格差が大きいため、女性一人では子供を育てにくい環境にある。そのため少子化対策は主に既婚者を対象とせざるをえない状況にある。また長時間労働は自己の力で解決は難しいため何らかの対策が求められる。

2003年7月23日、超党派の国会議員により少子化社会対策基本法が成立し、9月に施行された。衆議院での審議過程で「女性の自己決定権の考えに逆行する」との批判を受け、前文に「結婚や出産は個人の決定に基づく」の一文が盛り込まれた。基本法は少子化社会に対応する基本理念や国、地方公共団体の責務を明確にした上で、安心して子供を生み、育てることのできる環境を整えるとしている。

2003年、政府は次世代育成支援対策推進法を成立・公布し、出産・育児環境の整備を進めている。

[編集] 少子高齢化に対応する施策

1997年、政府は健康保険法を改正、2000年に再改正し、患者負担、高額療養費、保険料率を見直した。少子高齢化は今後も進展するため、厚生労働省では医療制度改革の検討が続いている[29]

2000年、経済企画庁は「人口減少下の経済に関する研究会」を催し、女性・高齢者の就職率の上昇および生産性の上昇によって少子化のマイナス面を補い、1人あたりでも社会全体でもGDPを増大させ生活を改善していくことは十分に可能、との中間報告を公表した[30]

2004年、政府は年金制度を改正し、持続可能性の向上、多様な価値観への対応、制度への信頼確保を図った[31]。しかし「現役世代に対する給付水準 50% の維持」の前提となる出生率 1.39 を現実の出生率が下回るなど、国民の不安は払拭されていない。

[編集] 日本の少子化をめぐる議論

[編集] 少子化への姿勢

少子化対策は「出生力低下の要因への対応」と「少子化の影響への対応」の大きく2つに分けられ、いずれを重視し政策的に優先すべきかによって、基本的な少子化への姿勢が異なっている。

[編集] 出生力回復を重視する立場

少子化には以下のようなデメリットがあり、出生力回復なしにそれらを回避することはできないという主張がある。

  • 日本の生産年齢人口は1995年に8717万人となり、以後減少している。女性や高齢者の就労率上昇が続いたにもかかわらず、労働力人口も1998年にピーク(6793万人)を迎え、以後減少傾向にあり、生産年齢人口(15〜64歳)に対する高齢人口(65歳以上)の比率の上昇が年金などの社会保障体制の維持を困難にする。
  • ゲーム、漫画、音楽CDなど若者向けの商品、サービスが売れなくなる[32]

[編集] 少子化に対応した社会の構築を重視する立場

少子化のデメリットは以下のように克服できる。また少子化の政策的解消は困難であり、少子化に対応した社会の再構築こそ重要であるという主張がある。

  • 一人あたりのGDPが上昇していれば生活は豊かになっているのだから、総GDPは関係ない。総GDPが縮小すれば需要が減少し経済活動の縮小が懸念されるとの論があるがそれが本当なら、スイスなどの小国は極貧で、インド・中国は豊かな国ということになるが実際は貿易などが存在し経済は世界的枠組みで展開されるのだから、これも克服可能である。
  • 老人の親や子供の面倒を国がみることで、生産年齢人口が就労できることを可能にし、仕事と育児や親の面倒の両立支援により労働人口を微減に留め、生産性の上昇によって一人あたりGDPを増大させ続けることは可能である。また、日本は先進国でも特に人口密度が高く、これが企業の生産性や国民の生活を引き下げていた。人口が減少し、地代の低下が起これば、これは企業の収益や家計の負担の低減になるのだから、望ましいことであると考えるべきである。

[編集] 高福祉は少子化を改善するか

スウェーデンでは1980年代後半に出生率が急激に回復したことから少子化対策の成功例と言われ[33]、日本において出産・育児への充実した社会的支援が注目されている[34]。しかし、前述した通り、スウェーデンは高コストであった従来の出生率改善策を放棄しており、より長期的な観点に立ったイギリス式モデルによる改革を行っている。

また、オーストラリアでは1980年代から、日本では1990年代から、家族・子供向け公的支出がGDP比でほぼ毎年増加しているが、いずれも出生率は低落傾向が続いている[35]

個別の施策と出生率の関係を厳密に定量化することは難しく、高福祉が少子化を改善するか否かは総合的な観察からも明瞭な結論は導かれない[36]

[編集] 移民受入の是非

人口減少下において労働人口を確保するためには(1960年代のヨーロッパ諸国のように)移民を積極的に受け入れざるをえない、との主張がある。

また「文化摩擦、社会の階層化、差別など深刻な社会問題が生じかねない」「移民は1~3世代で少産のライフスタイルに同化する傾向にある」など、移民の受入はデメリットが多くメリットが少ない、との反論がある。ドイツでは移民も一般的なドイツ人のライフスタイルと同様、少子化傾向が続く現象が起こっており、移民を受け入れても少子化の解決にはつながらず、現状の先送りにしかならないとみられる。

[編集] 「子供がいない女性」の立場からの提言

出産しない、出来ない女性の立場からは、フェミニストの社会学者、上野千鶴子が『1・57ショック 出生率・気にしているのはだれ?』(1991年)を著し、社会的整備を抜きに女性に対し一方的に子育てを押しつける社会のあり方に疑問を投げかけた。「気にしている」のは、「子供がいない女性」ではなく、政府・財界だと説明したのである。この上野の著作が嚆矢(初め)となって様々な著作が書かれている。

なお、女性の人工中絶を禁止することが少子化対策になるのではないかという意見もあるが、人工中絶を悪しきものとする倫理観が高いカトリック国のイタリアドイツも、人工中絶数が多いロシアも、ともに日本並みに出生率が低く、人工中絶数と少子化の度合いに直接の関連性はみられない。

[編集] 人口密度の減少は望ましいか

日本の人口密度は、世界的に見ても高いので、人口の減少による人口密度の低下は望ましい、との意見がある。都市部の過密解消、地価下落、住環境や自然環境の改善などに寄与するとされる。

これに対し、近代の社会システムは労働力と資本の集約を前提としており、都市部への人口集中が続く限り、人口の減少は過疎地の増大と地方都市の荒廃をもたらすだけだ、との反論がある。また人口密度の適正化は望ましいが、移行期に社会保障や経済などの面で圧迫される世代が生じるため、急激な少子化は容認できないとする意見もある。

ピラミッド型の人口分布を未来永劫維持しようとすれば無限の人口増加を続けなければならず、資源に限りのある地球上でこのような状態が維持できることはあり得ない。まして、ただでさえ国土の狭い日本で人口増加を追求すれば、ほどなく破綻に至るのは明らかである。逆に、日本の人口減少によってもたらされる自然環境への負荷軽減や食料自給率の向上といったメリットを見据えつつ、人口減少により過剰となるインフラを廃棄・縮小したり、山間部の農地を山野に戻したり、過度に郊外化した市街地を集約して山林や農地に変えていくなど「縮小社会」への転換を積極的に目指していくべきであるとの意見もある。

[編集] 晩婚化と出産との関係

これまで、晩婚化高齢出産につながり、女性の出生能力が減少するという観点から、女性の早期結婚が特に奨励されがちであった。そのため、男性の晩婚化については問題視されていなかった。しかし、近年の欧米の研究では、高齢により男性の精子の質も劣化し、子供ができる可能性が低下し染色体異常が発生しやすくなる[37]ことなどが報告されている[38]

実際、日本の夫婦の平均年齢差は2歳であるが、不妊の理由は男性側・女性側の原因が概ね半々となっている。この観点からは、男性・女性ともに早期に結婚し子供を作ることが、少子化対策としては望ましいといえる。

[編集] 世界各国・地域の合計特殊出生率

世界各国・地域の合計特殊出生率
国名・地域名 調査年 合計特殊出生率 出典
日本 2009年 1.37 [出典 1]
アメリカ 2007年 2.12 [出典 2]
フランス 2008年 2.00 [出典 2]
スウェーデン 2008年 1.91 [出典 2]
イタリア 2007年 1.37 [出典 2]
ドイツ 2008年 1.38 [出典 2]
タイ 2007年 1.80 [出典 2]
シンガポール 2008年 1.28 [出典 2]
香港 2008年 1.06 [出典 2]
カナダ 2005年 1.54 [出典 3]
ブルガリア 2007年 1.42 [出典 3]
デンマーク 2007年 1.85 [出典 3]
ハンガリー 2007年 1.32 [出典 3]
スペイン 2007年 1.40 [出典 3]
スイス 2007年 1.46 [出典 3]
イギリス 2009年 1.94 [出典 4]
オランダ 2009年 1.790 [出典 5]
アイルランド 2005年 1.99 [出典 6]
ノルウェー 2009年 1.98 [出典 7]
フィンランド 2009年 1.86 [出典 8]
ベルギー 2010年 1.65 [出典 9]
オーストリア 2009年 1.39 [出典 10]
オーストラリア 2009年 1.90 [出典 11]
台湾 2010年 0.909 [出典 12]
韓国 2009年 1.15 [出典 13]
ポルトガル 2004年 1.40
ギリシャ 2004年 1.32
カナダ 2003年 1.61
スイス 2004年 1.42
ニュージーランド 2006年 2.05
アイスランド 2006年 2.05
中華人民共和国 2004年 1.75
ブラジル 2005年 1.87
ロシア 2005年 1.34
インド 2003年 3.11
フィリピン 2003年 3.41
ベトナム 2003年 3.11
アルゼンチン 2001年 2.70
南アフリカ 2000年 2.61
エジプト 2000年 2.84
スーダン 2000年 6.70
エチオピア 2000年 5.70
ブルンジ 2002年 6.80
  1. ^ 平成21年(2009)人口動態統計(確定数)の概況 第1表 人口動態総覧 2011年1月23日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h 平成22年版 子ども・子育て白書 3諸外国における合計特殊出生率の推移 2011年1月23日閲覧。
  3. ^ a b c d e f 人口統計資料集(2010) 表4-5 主要先進国の合計特殊出生率:1950~2007年 2011年1月23日閲覧。
  4. ^ POPULATION Fertility UK fertility remains high 2011年1月23日閲覧。
  5. ^ CBS StatLine Birth; key figures 2011年1月23日閲覧。
  6. ^ いきいき健康 フランスの05年出生数、3年連続増加・出生率1.94に 2011年1月23日閲覧。
  7. ^ Statistical Yearbook of Norway 73 Total fertility rate1, by county 2011年1月23日閲覧。
  8. ^ Statistics Finland Birth rate highest in 40 years 2011年1月23日閲覧。
  9. ^ CIA The World Factbook 2011年1月23日閲覧。
  10. ^ STATISTIK AUSTRIA Ergebnisse im Überblick: Geborene Geborene 2011年1月23日閲覧。
  11. ^ Australian Bureau of Statistics FERTILITY RATES 2011年1月23日閲覧。
  12. ^ 時事ドットコム 出生率、初の1人以下に=少子高齢、深刻化-台湾 2011年1月23日閲覧。
  13. ^ Birth Statistics in 2009 (statistical korea) 2011年1月23日閲覧。

[編集] 歴史が示す少子化問題(古代ローマの事例)

今に始まったことでは無く、少子化問題は2000年以上の古代ローマ時代にもあったようである。アウグストゥスは紀元前18年に「ユリウス正式婚姻法」を施行した。現代の考え方とは違って既婚女性の福祉を図るというより、結婚していない場合様々な不利益を被らせるというものであった。すなわち女性の場合、独身で子供がいないまま50歳をむかえると遺産の相続権を失う、さらに5万セステルティウス(現在の約700万円)以上の資産を持つことが出来ない、又独身税というのもあって2万セステルティウス(現在の約280万円)以上の資産を持つ独身女性は、年齢に関わらず毎年収入の1パーセントを徴収された。男性の場合にも元老院議員等の要職につく場合既婚者を優遇し、さらに子供の数が多いほうが出世が早い制度を作っていた。それがために中には売春婦と偽装結婚してまで法の目を潜り抜けようとした者もいたという。いずれにしてもこの少子化のいう問題は社会が成熟してくると起きてくる問題だったようではある。

[編集] 脚注

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  1. ^ 有史以来の日本の人口の変化”. 平成16年版 少子化社会白書. 内閣府 (2004年). 2008年7月26日閲覧。
  2. ^ 出産に関係する統計は生物学的に出産可能な年齢の幅がほぼ限定されている女性に対して調査が行われることが普通である。「女性一人あたりの」とはこうした統計の都合によるもので基本的には男性一人あたりの子供の数も減少していると考えてよい。
  3. ^ a b c d e 藻谷浩介 『実測!ニッポンの地域力』 日本経済新聞出版社、2007年9月。ISBN 9784532352622
  4. ^ a b Kőgel, Thomas. 2004. “Did the Association between Fertility and Female Employment within OECD Countries really Change in Sign?” Journal of Population Economics 17;45-65.
  5. ^ 西岡八郎 (2005年1月). “超低出生・南欧諸国の出生変動の研究:日本の少子化への示唆”. 早稲田大学. 2008年7月26日閲覧。
  6. ^ 少子化の国際比較”. 平成16年版 少子化社会白書. 内閣府 (2004年). 2008年7月26日閲覧。
  7. ^ 多様な結婚の形態と子育て支援-オランダ、フランス、スウェーデンの例から (PDF)”. 平成17年版 国民生活白書. 内閣府. pp. 66-67 (2005年8月12日). 2008年7月26日閲覧。
  8. ^ 人口減少進むロシアの州政府、「家族計画の日」を制定”. 2011年10月10日閲覧。
  9. ^ 図録 ロシアの人口ピラミッド”. 2011年8月10日閲覧。
  10. ^ World Development Indicators 2011”. THE WORLD BANK. 2011年8月10日閲覧。 2.19 Reproductive health
  11. ^ 各国の少子化対策”. 平成17年版 少子化社会白書. 内閣府 (2005年). 2008年7月26日閲覧。
  12. ^クーリエ・ジャポン』2010年5.6月号
  13. ^ a b c d 池上彰の学べるニュース 2010年10月13日放映
  14. ^ a b c d 平成21年(2009)人口動態統計(確定数)の概況”. 厚生労働省. 2011年6月13日閲覧。
  15. ^ ただし、丙午であった1966年は出生数138万人、合計特殊出生率は1.58であった。
  16. ^ “2000年には出生数半減”. 東奥日報: p. 3. (1989年10月30日) 
  17. ^ 出生率 東京1.0割る”. YOMIURI ONLINE (2004年6月11日). 2010年7月10日閲覧。
  18. ^ 「30年に1070万人減=労働力人口、昨年比で - 厚労省」 時事通信、2007年11月28日。
  19. ^ 平成22年人口動態統計月報年計(概数)の概況”. 厚生労働省. 2011年6月13日閲覧。
  20. ^ 第2章 人口・世帯 2-22 出生,死亡,死産,婚姻及び離婚数、2-25 標準化人口動態率及び女性の人口再生産率(統計局)
  21. ^ a b 「少子化社会に関する国際意識調査」結果の概要(図解版) (PDF)”. 内閣府 (2006年3月). 2008年7月26日閲覧。
  22. ^ 年少人口(14歳以下)のこと
  23. ^ 平成17年 人口動態統計の年間推計”. 厚生労働省 (2005年12月22日). 2008年7月26日閲覧。
  24. ^ 小林明子 (2008年7月7日). “ハケンは産むな、というのか? 出産、非正社員の格差”. AERA』2008年7月7日号. 朝日新聞出版. 2008年7月16日閲覧。
  25. ^ マイケル・ジーレンジガー 『ひきこもりの国』 河野純治訳、光文社、2007年3月23日。ISBN 9784334961961
  26. ^ 核家族率そのものは1920年に55%と過半数を占めており、1960年代に急激に上昇したものの、1975年の約64%を頂点としてその後は徐々に低下し始めている。むしろ居住の構造変化に着目すべきであり、1975年以降、単独世帯、特に高齢者の単独世帯が急激に増加しており、これは産業構造の変化や人口の都市化、転勤などの物理的事情により、子ども世代が長寿化してきた親夫婦と同居が困難になっている現状を示している。宮坂靖子 (1998年). “少子化と家族”. 『岐阜を考える』1998年秋号 Vol.99. 岐阜県産業経済研究センター. 2008年7月26日閲覧。
  27. ^ 第14回出生動向基本調査 2.夫婦の出生力
  28. ^ 平成22年人口動態統計月報年計(概数)の概況 第2表 人口動態総覧(率)の年次推移
  29. ^ 高齢者医療制度等改革推進本部事務局 (2001年3月5日). “医療制度改革の課題と視点”. 厚生労働省. 2008年7月26日閲覧。
  30. ^ 総合計画局 (2000年6月). “「人口減少下の経済に関する研究会」中間報告書 (PDF)”. 経済企画庁. 2008年7月27日閲覧。
  31. ^ 年金制度改正について(厚生労働省)
  32. ^ 1990年代後半、テレビアニメが高年齢層向けにシフトしたのは、本来スポンサーであった玩具メーカーが、少子化により玩具が売れなくなったことが原因である。渡辺由美子 「アニメの制作、それぞれの思惑」『アニメ批評』創刊準備号、マイクロマガジン社、1999年2月9日、10-11頁。
  33. ^ 竹崎孜 『スウェーデンはなぜ少子国家にならなかったのか』 あけび書房、2002年11月。ISBN 9784871540421
  34. ^ スウェーデンの家族と少子化対策への含意-「スウェーデン家庭生活調査」から-”. 内閣府経済社会総合研究所 (2004年4月). 2008年7月26日閲覧。
  35. ^ 本川裕 (2005年3月11日). “図録▽少子化対策と出生率の推移(日本など6カ国)”. 社会実情データ図録. 2008年7月26日閲覧。
  36. ^ 人口問題審議会 (1999年6月28日). “少子化に関連する諸外国の取組みについて”. 厚生労働省. 2007年7月26日閲覧。
  37. ^ 例えば、精子染色体異常により、自閉症小人症に罹患する可能性が増大する。
  38. ^ [1]

[編集] 参考文献

[編集] 関連項目

[編集] オンライン記事

[編集] 外部リンク

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