長島忠美
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| 衆議院議員 長島 忠美 | |||
|---|---|---|---|
| 生年月日 | 1951年1月9日(58歳) | ||
| 出生地 | 新潟県古志郡山古志村(現・長岡市) | ||
| 出身校 | 東洋大学経済学部 | ||
| 学位・資格 | 学士 | ||
| 前職 | 長岡市 復興管理監 | ||
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所属委員会
内閣役職
|
衆・予算委員会委員 | ||
| 世襲 | 無 | ||
| 選出選挙区 | 北陸信越比例ブロック | ||
| 当選回数 | 1回 | ||
| 所属党派 | 自由民主党(伊吹派) | ||
| 党役職 | - | ||
| 会館部屋番号 | - | ||
| ウェブサイト | 長島忠美公式ホームページ | ||
長島 忠美(ながしま ただよし、男性、1951年1月9日 - )は新潟県山古志村(現長岡市)出身の政治家。新潟県立長岡高等学校、東洋大学経済学部卒業。山古志村議会議員、山古志村村長(2000年 - 2005年、2005年4月山古志村の長岡市への合併により失職)、長岡市復興管理監を経て2005年9月に衆議院議員初当選(自由民主党比例北陸信越ブロック)。新潟県中越地震の際に髭を生やしたまま防災服姿で飛び回る姿が話題となった。
目次 |
[編集] 略歴
- 1966年 山古志村立山古志中学校卒業。
- 1969年 新潟県立長岡高等学校卒業。
- 1973年 東洋大学経済学部卒業。東京都内で会社員となるも、後に実家を継ぐため帰郷する。
- 1990年 山古志村教育委員に就任。
- 1993年 山古志村議会議員当選。2期8年務める。
- 2000年 山古志村村長に就任。2期5年務める。
- 2004年10月23日 新潟県中越地震発生。山古志村村民全員が村外へ避難。
- 2005年4月1日 山古志村の長岡市編入に伴い村長失職、長岡市復興管理監に就任。
- 2005年9月11日 第44回衆議院議員総選挙で初当選。
- 平成18年豪雪の為、自民党雪害対策委員会事務局長に就任する。
- 2009年4月4日 母校である東洋大学の第31代理事長に就任。
- 議員活動の他、各地で開催される防災関連の行事や講演会・シンポジウムなどに連日参加。新潟県中越地震時の村長としての体験を語り、災害対策について提言している。また、県人会等で山古志の報告等精力的に活動している。
- 家業は(虫亀地区で代々続く)農業で牛の飼育も行っている。また民宿も経営している。なお3人娘(中尾ミエ、伊東ゆかり、園まり)が2004年の新潟県中越地震災害の被災者に対して自立支援目的で田畑を利用して米を植える際に使用した田畑を提供している。
- 新潟県中越地震発生後、長岡市内の仮設住宅から退去した最後の一人となった(2007年12月31日に帰郷)。これは、仮設住宅から最後に村に戻ることを決めていたからであった。
[編集] 著書
- 『国会議員村長―私、山古志から来た長島です』(長島忠美・石川拓治/共著) 2007年11月 小学館 ISBN 4093877491
- 自身のこれまでの経歴、震災時の村長としての体験、国会議員活動等について述べた著書。
[編集] 所属議員連盟
[編集] 外部リンク
- 長島忠美公式ホームページ
- 長島忠美(自由民主党)
- 東洋大学
- 理事長メッセージ(2009年4月5日閲覧)

