郡和子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
日本の旗衆議院議員 郡 和子
生年月日 1957年3月31日(57歳)
出身地 宮城県仙台市
出身校 東北学院大学経済学部卒業
学位・資格 経済学士
前職 東北放送報道制作局部長
所属委員会 消費者問題に関する特別委員会(理事)
東日本大震災復興特別委員会
世襲
選出選挙区 比例東北ブロック宮城1区
当選回数 3回
所属党派 民主党横路グループ
党役職 遊説局次長
宮城県総支部連合会副代表
会館部屋番号 衆議院第2議員会館512号室
ウェブサイト 郡和子 公式ホームページ
テンプレートを表示

郡 和子(こおり かずこ、旧姓:高橋、1957年3月31日 - )は、日本政治家、元アナウンサー民主党所属の衆議院議員(3期)。元内閣府大臣政務官復興大臣政務官

概要[編集]

宮城県仙台市出身。仙台市立長町小学校卒業後、仙台市立長町中学校に入学。秋保町立秋保中学校(現在の仙台市立秋保中学校)を卒業。宮城県第二女子高等学校から東北学院大学経済学部にすすむ。大学卒業後の1979年東北放送にアナウンサーとして入社。2005年、報道制作局の部長をつとめる。

2005年9月11日第44回衆議院議員総選挙に、宮城1区から民主党公認で出馬。自由民主党土井亨に敗れるも、比例東北ブロックで復活し初当選した。

2009年8月30日第45回衆議院議員総選挙に、宮城1区から民主党公認で出馬。土井を破り2選。

2011年9月7日野田内閣内閣府大臣政務官に就任。併せて、東日本大震災復興対策担当大臣政務官、宮城県現地対策本部長に就任。2012年2月10日復興庁の設置に伴い復興大臣政務官(宮城復興局担当)を兼務。

同年12月16日第46回衆議院議員総選挙に、宮城1区から民主党公認で出馬。土井に敗れるも、比例復活で3選。

政策[編集]

  • 外国人参政権の付与については、賛成の立場である。2006年10月に在日本大韓民国民団中央本部および「定住外国人の地方参政権を実現させる日・韓・在日ネットワーク」が国会議員を対象に実施したアンケートにおいて、外国人地方参政権について「日本で実現しない理由は何だと思いますか?」という質問に対し、郡は「憲法は『国民』であって外国人をこのくくりに入れていないのがネックになっていると思われる。また残念ながら外国人に対する差別意識が国民の中にあるのではないか」と述べた[要出典]
  • 選択的夫婦別姓制度の導入については、個人と個人の選択権の尊重、男女の対等な関係を確立する観点から、賛成し、導入推進を図っている。95%以上の夫婦が、(妻の姓を選択することも可能なのに)夫の姓を選んでいる現状では、女性が「自分の性を変えたくない」と思っていても、事実上はその選択肢を選ぶことは非常に困難であり、個人の選択が社会的に制限されているのは問題、また、個人の選択権の問題ばかりではなく、例えば仕事をしている女性にとっては、姓を変えることで不利益が発生することもある。さらに少子化傾向によって一人っ子同士のカップルが増えるとともに、「自分が結婚すると、家族の姓がなくなってしまう」と、結婚をためらうケースも増えている。世論についても、選択的夫婦別姓制度に賛成する人が反対する人を上回るようになった。すぐにも、選択的夫婦別姓制度を実現するために民法を変えるべき、と述べている[1]

慰安婦問題[編集]

日本政府に対し、従軍慰安婦動員の事実と責任を認めること。従軍慰安婦問題が人権に反する問題であることを現在および次世代の日本国民に教育すること。慰安婦を否認するいかなる主張に対しても公に強く反論すること。日本政府の承諾の下で慰安婦に対して行われた、暴行、強制堕胎、性暴力、人身売買などの反人類的犯罪は、20世紀における最大規模の人身売買事件であり、その被害者は20万人に達するとの歴史学者の見解にも言及している。さて、新総裁に一番近い方は、戦争の歴史観が違っておられるようだが?(群和子 公式ホームページ 2006年9月19日 [4]

東日本大震災への対応[編集]

  • 2011年3月11日東日本大震災が発生すると、2012年2月11日に宮城復興局の局長に就任。自身のブログで、各省庁から送られてきた専門家を「専門家なるがゆえに視野が狭くなるという陥りやすい穴もそれぞれの足元に持っています」としながらも「経験のある復興庁復興局・支所の職員を多いに使って頂きたい。」と国民に訴えた[7]
  • 宮城県の「東日本大震災復興交付金」が岩手県などが申請額を満額で配分されている中で申請額の57%しか配分されなかったことに対する村井嘉浩知事からの抗議に対して、「重く受け止めたい」と述べた[8]

活動[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

発言[編集]

  • 2007年1月26日の日記で、安倍晋三の施政方針演説について『安倍さんの演説は、現場を知らない官僚の作った政策を「美しい国」というラップをかぶせ、現実を見ようとしない、はなはだいい加減、しかも、安倍さん自身の心が微塵も感じられないお粗末な演説だった』と述べている。
  • 2008年9月29日の日記で、麻生太郎所信表明演説について『明治以来歴代の総理を称賛し戦争への誤った道を歩んだ政権も是とするような、驚きの所信表明演説でした。』『驚きと合わせこの国の未来が危険にさらされるのではないかという気持ちを強くさせるものでした。』と述べている。

脚注[編集]

  1. ^ 別姓通信2005年8月
  2. ^ 群和子 公式ホームページ 2006年3月15日 [1]
  3. ^ 郡和子 公式ホームページ 2009年10月28日
  4. ^ 郡和子 公式ホームページ 2010年10月28日
  5. ^ 郡和子 公式ホームページ 2006年3月15日
  6. ^ 郡和子 公式ホームページ 2007年9月9日
  7. ^ 郡和子 公式ホームページ 2012年2月11日[2]
  8. ^ 東日本大震災:復興交付金で知事抗議 初回配分額、申請の57% 調整力不足の声も  毎日新聞 2012年03月04日 地方版[3]
  9. ^ http://news.liao1.com/newspage/2009/05/4286321.html

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
阿久津幸彦大串博志園田康博
日本の旗 内閣府大臣政務官
大串博志園田康博と共同
園田康博大串博志稲見哲男北神圭朗と共同
加賀谷健金子恵美稲見哲男岸本周平大野元裕本多平直高山智司と共同

2011年 -2012年
次代:
山際大志郎亀岡偉民島尻安伊子北村茂男平将明秋野公造