奥山恵美子
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おくやま えみこ
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青葉体育館で、2010年8月29日
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| 生年月日 | 1951年6月23日(60歳) |
| 出生地 | 秋田県秋田市 |
| 出身校 | 東北大学 |
| 前職 | 地方公務員(仙台市) 仙台市副市長 |
| 所属政党 | 無所属 |
| 称号 | 経済学士 |
| 配偶者 | 夫・奥山忠信[1] (埼玉学園大学教授) |
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| 当選回数 | 1回 |
| 任期 | 2009年8月22日 - 現職 |
奥山 恵美子(おくやま えみこ、1951年6月23日 - )は、日本の政治家。仙台市長(1期)。
目次 |
[編集] 人物
[編集] 経歴
秋田県秋田市生まれ[2]。幼少期には国家公務員だった父親の転勤に伴い、北海道の小樽市や札幌市、北陸地方の金沢市や福井県など、各地を転々とした[3]。
学歴は秋田市立秋田南中学校から秋田県立秋田高等学校へ進学、さらに、高校2年生から転入した岩手県立盛岡第一高等学校を経て、東北大学経済学部を卒業した[3]。
[編集] 市役所職員
奥山は大学卒業後、仙台市役所に就職した。市役所では後に生涯学習課長、女性企画課長、せんだいメディアテーク館長、市民局次長、教育長を歴任した。
2007年(平成19年)には当時の仙台市長・梅原克彦の下での副市長に起用されたが、2009年3月に辞職した。
[編集] 仙台市長
2009年(平成21年)7月、奥山は民主党や社会民主党の支援を受けて仙台市長選挙に立候補した[4][5]。この選挙で奥山は、市長現職だった梅原克彦が支持する元仙台市副市長で医師の岩崎恵美子ら5人を破って当選(この選挙では自由民主党、公明党、日本共産党など、いずれも自主投票であった)、政令指定都市では初めての女性市長となった。
[編集] 東日本大震災
奥山が市長在任中の2011年(平成23年)3月には東日本大震災が発生、仙台市は沿岸部の宮城野区を中心に甚大な被害を受けた。この際、窮状を報告していた被災地の各市町村長や、陣頭指揮をとりながら東日本大震災復興構想会議の委員も務める宮城県知事・村井嘉浩らとは対照的に奥山のリーダーシップは仙台市民に伝わらず、奥山が自身の後援者らに対して、「『知事はテレビに映るのに、市長が出てこないのは何故か』、『市長は病気でもしているのか』との苦情が市役所に寄せられている」と明かすに至った[6]。実際の震災対応について奥山は、「対策はどこにも負けないスピードで、確実に進めていることを、自信がある。テレビでは仙台市の動きをあまり取り上げてはくれない。」と説明した[6]。 「パンダを仙台動物園に」と謳い野田首相に対して訪中時に中国に要請してほしいと要望を出したが、「パンダの借用代、えさ代、飼育費より仮設住宅の寒さ対策をすべき」とこれに対しては反対する意見がある。
[編集] 私生活
夫と子供二人がいるが、いずれも関東地方に別居している。 夫の奥山忠信は東北大学経済学部出身の経済学者であり、埼玉大学経済学部長、上武大学学長を経て埼玉学園大学経営学部経営学科長を務める[1]。二人の子供は、ともに研究職に就いている。
[編集] 脚注
- ^ a b 教員紹介(奥山忠信) 埼玉学園大学経営学部経営学科、2010年4月20日閲覧
- ^ 税配分 都市に配慮を 奥山・新仙台市長に聞く 『河北新報』 2009年7月28日
- ^ a b 奥山氏は秋田市出身 仙台市長選で初当選 『さきがけ on The Web』 2009年7月27日
- ^ 奥山氏優位、岩崎氏追う 仙台市長選26日投票 『47ニュース』 2009年7月24日、2010年4月21日閲覧
- ^ 仙台市長選 『産経新聞』 2009年7月28日、2010年4月21日閲覧
- ^ a b 緑と風の会のみなさんへ 奥山恵美子後援会ウェブサイト、平成23年3月下旬頃掲載、平成23年4月26日閲覧
[編集] 関連項目
- 政令指定都市市長一覧
- 林文子 - 横浜市長。史上2人目の政令指定都市の女性市長
[編集] 外部リンク
- 奥山恵美子 仙台 みどりと風の会 奥山恵美子後援会のウェブサイト
- 市長室へようこそ 仙台市のウェブサイト
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