田村耕太郎
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たむら こうたろう
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| 生年月日 | 1963年7月23日(48歳) |
| 出生地 | 鳥取県鳥取市職人町 |
| 出身校 | 早稲田大学商学部 慶應義塾大学経営大学院 イェール大学大学院 デューク大学法律大学院 |
| 前職 | 会社役員 |
| 所属政党 | (自由民主党→) 民主党 |
| 称号 | MBA 経済学修士 法学修士 |
| 公式サイト | 元参議院議員・田村耕太郎 |
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| 選挙区 | 鳥取県選挙区 |
| 当選回数 | 2回 |
| 任期 | 2002年 - 2010年 |
| 議員会館 | 参・議員会館335号室 |
田村 耕太郎(たむら こうたろう、1963年7月23日 - )は日本の政治家。民主党所属の元参議院議員(2期)。元自由民主党、平成研究会(額賀派)所属。
目次 |
[編集] 経歴
鳥取市立遷喬小学校、鳥取市立北中学校、鳥取県立鳥取西高等学校、早稲田大学商学部卒業、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBAを取得)。山一證券企業開発部(国内外のM&A仲介業務担当)、新日本海新聞社取締役編集局長などを経て、大阪日日新聞取締役社長に就任。この間、イェール大学大学院(国際経済学科・開発経済学科)を修了し経済学修士、デューク大学ロースクール(証券規制・会社法専攻)を修了し法学修士を取得、オックスフォード大学にて上級管理者養成プログラムを修了している。その他ハーバード大学、スタンフォード大学など各国の大学のエグゼクティヴプログラムなどで学び、中欧国際商工学院(上海)やシンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院の名誉顧問も勤めた。また、デューク大学ロースクールでは在学中に特別講師を、慶應義塾大学大学院法学研究科でも非常勤講師を勤めた[1]。
[編集] 政界への転身
1998年、第18回参議院議員通常選挙の鳥取県選挙区より無所属で出馬。自民党現職の坂野重信に挑んで10万1403票を獲得するも、2万6682票差で落選。1999年、鳥取県知事選挙に出馬。西尾邑次知事の事実上の後継候補である片山善博に挑んで12万5618票を獲得するも、8万3539票差で落選。2000年に第42回衆議院議員総選挙の鳥取県第1区より無所属で出馬。自民党現職の石破茂に挑み6万2811票を獲得するも、2万8352票差で落選。
2002年、坂野重信参議院議員死去に伴う参議院鳥取県選挙区補欠選挙では自民党本部によって擁立されるが、それに反発した坂野系の自民党鳥取県議が中心となって元鳥取県議会議長であった藤井省三を候補を擁立し、自民党本部と坂野系の自民党鳥取県議が対立。自民党系無所属として選挙戦を戦って9万274票を獲得し、3712票差の僅差で藤井を破り、4度目の選挙で初当選を果たして政界入りをする。
政界入り前のこれらの選挙戦において義父がオーナーであり鳥取県内のシェア約80%である日本海新聞の記者職在職のまま、選挙戦予定候補として署名記事を書き続けたことで、公職選挙法で禁止されている事前活動の疑いがあるとして問題となった。
参院選当選後に自民党に入党し、橋本派に所属。2004年の第20回参議院議員選挙では自民党公認候補として立候補し、民主党候補の土屋正秀を相手に再選。2006年、内閣府大臣政務官(経済財政政策・金融・再チャレンジ)に就任[1]。2008年自民党総裁選挙ではかつて自身が戦った地元選出の石破茂の推薦人に名前を連ねた。
2009年6月、自民党鳥取県連が公募をしたが田村以外の応募がなかったため、次回参院選の公認候補として申請する動きを固めていた。しかし、8月の第45回衆議院議員総選挙を受けて9月に政権交代による下野したことを受けて、自民党鳥取県連が信任投票をする方針を示したが、田村はブログで「自民党員に支持されていないと選挙にならないというが、大いなる時代錯誤」「今の自民党でも支持するような人たちが信任する候補者が無党派の心をつかめるだろうか」と県連の信任投票を批判した。田村の批判に対して「無党派層を取り込まなければ勝てないとの主張は理解できるが、 党員の支持がいらないとの趣旨の発言は公認候補としては不適切」などの意見が鳥取県連青年部を中心に出たため、鳥取県連は信任投票取り止めの代わりとして田村に対して信任投票批判のコラムの削除と謝罪を要求する事態となり、田村と自民党鳥取県連との関係が悪化した。
[編集] 自民党離党後
2009年12月、自民党から離党[2][3][4]。これは、自民党の下野後で初めての自民党現職国会議員の離党として注目された[5]。自民党を離党した理由として、自民党の国会での審議拒否戦術や、経済政策の不一致をあげた[6]。もっとも、自民党離党後に入党した民主党も野党時代には審議拒否を繰り返しており、安全保障問題などについても党内の政策的不一致が存在している。
2010年2月、小沢一郎民主党幹事長と会談を経て、自身の経済政策の考え方を与党に反映させるためとして民主党へ入党[7]。2009年の政権交代後に自民党に所属していた国会議員が民主党に移籍したのは2012年3月現在に至るまで田村のみである[8]。これにより民主党は参議院で社民党を除いても過半数超えを達成、以後の政権運営に与える影響も少なくないと予想されたため、大きな話題となった。民主党は2010年参院選鳥取県選挙区で坂野重信の孫娘である坂野真理を擁立することが決まっていたため、鳥取県選挙区ではかつて自身が戦った坂野重信の孫娘を支援しつつ、自身は比例区からの当選を目指すことになった。
2010年7月、第22回参議院議員通常選挙では自身のゆかりのある大阪府や東京都と有力支援者から紹介された九州などでも支援を求めつつ、地元の鳥取県を最も重視して選挙戦を戦って6万688票を獲得したが、民主党比例代表の当選ラインである10万票余りには遠く及ばず落選。また鳥取県選挙区では、皮肉にも田村の後任として公募を勝ち抜いた自民党新人の浜田和幸が坂野を敗って勝利した。田村の離党・民主党入りが、とかく内紛続きだった自民党県連を「反田村」で一致団結させ、結束強化につながったことが背景にあると指摘されている[9]。
[編集] 人物像
趣味は、キックボクシングとラテンダンス。ファッションにおいては派手なスーツやネクタイを着用することが多くまた自身のウェブサイトで毎日のコーディネートを紹介していた。高校時代の同期に田子譲治がいる。日本版政府投資会社の設立を提唱し、ディスカッションに参加している。
2009年までは、Twitterを利用している数少ない自民党国会議員として知られていた。自民党離党後の2010年2月6日には、あるTwitterユーザーが民主党入りについて説明したらどうかと議論した際に「(自身の今後について)まだ決めていないって言ってるだろ。本名も名乗らずに無礼な発言する卑怯者はブロック当たり前だ!お前らこそ卑怯者だ!本名名乗ってから文句いえ![10][11]」との発言し、匿名でTwitterを利用しているユーザーを批判した。後に同つぶやきは自分で削除したが、この「逆ギレ」がネット上で批判を浴びていると新聞で報じられた[12]。民主党への入党に際して、Twitterにて「今の民主党がいいなんて全然思っていない[13]」と発言、また、同じ日に「政治生命いつ終ってもいい!生業と思っていないから[14]」とも発言した。
[編集] 所属団体
[編集] 脚注
- ^ a b 田村耕太郎. “参議院議員 田村耕太郎 公式ホームページ プロフィール”. 2010年2月8日閲覧。
- ^ 宇多川はるか (2009年12月18日). “自民党:田村耕太郎参院議員が離党を表明”. 毎日新聞 2009年12月20日閲覧。
- ^ “田村議員離党「県連に何の相談もない」と地元・鳥取県連不快感”. 産経新聞. (2009年12月18日) 2009年12月18日閲覧。
- ^ “理不尽なケンカ買わせていただきます”. 田村耕太郎公式ブログ 2009年12月20日閲覧。
- ^ “田村参院議員が自民離党届 野党転落後初、民主入り模索か”. 共同通信. (2009年12月18日) 2010年1月15日閲覧。
- ^ “田村耕太郎参院議員が自民に離党届”. 参院中央新聞. (2009年12月18日)
- ^ 自民離党の田村耕太郎参院議員が民主入党 参院で過半数を確保
- ^ ただし、民主党に入党はしなくても、自民党を離党して民主党政権や与党入りした例はある。
*吉村剛太郎が自民党離党して国民新党に入党。
*与謝野馨が自民党離党(受理されず除名)やたちあがれ日本を経て2011年に民主党内閣閣僚及び無所属として衆議院民主党会派所属という形で、民主党政権に参加。
*浜田和幸が自民党離党(受理されず除名)して、無所属として民主党内閣政務官に就任という形で民主党政権に参加。 - ^ 2010参院選:鳥取選挙区 支持基盤・戦略、自民が上手/鳥取
- ^ 田村耕太郎 (2010年2月6日). “田村耕太郎 (kotarotamura) on Twitter”. 2010年2月7日閲覧。
- ^ “民主入り・田村参院議員のつぶやきがネット上で騒然”. 産経新聞 (2010年2月8日). 2010年2月9日閲覧。
- ^ 産経新聞 (2010年2月9日). “民主入り・田村参院議員のつぶやきがネット上で騒然”. 2010年2月9日閲覧。
- ^ 田村耕太郎 (2010年2月8日). “田村耕太郎 (kotarotamura) on Twitter”. 2010年2月8日閲覧。
- ^ 田村耕太郎 (2010年2月8日). “田村耕太郎 (kotarotamura) on Twitter”. 2010年2月8日閲覧。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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