吉村剛太郎
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よしむら ごうたろう
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| 生年月日 | 1939年1月3日(74歳) |
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| 出身校 | 早稲田大学第一政治経済学部 |
| 前職 | 福岡県議会議員、参議院議員 |
| 所属政党 | (自由民主党→) 国民新党 |
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| 選挙区 | 福岡県選挙区 |
| 当選回数 | 3回 |
| 任期 | 1992年7月 - 2010年7月 |
吉村 剛太郎(よしむら ごうたろう、1939年1月3日 - )は、日本の政治家で、国民新党副代表。参議院議員を通算3期務めた。国土審議会委員。
目次 |
経歴 [編集]
1939年、ハルピン(旧満州)に生まれる。1946年、引き揚げ帰国し福岡市で少年時代をすごす。福岡教育大学附属福岡中学校、福岡県立修猷館高等学校を卒業して、1962年には、早稲田大学第一政治経済学部を卒業した。同年ブリヂストンタイヤ株式会社に入社 1973年退社。1975年、福岡県議会議員に初当選。以後連続3期当選する。所属する派閥は津島派。1986年と1990年の二度、衆議院選に出馬するが落選。1992年、第16回参議院議員通常選挙で福岡県選挙区に自民党公認で出馬し初当選。以後3期連続当選。1995年には郵政政務次官、2002年には国土交通副大臣に就任。1997年、自由民主党福岡県連会長に就任。
2005年8月8日の郵政国会では郵政民営化法案の参議院本会議採決では反対票を投じた。
2007年8月30日、参議院自由民主党政策審議会長に就任。9月12日引退した陣内孝雄の後任として津島派副会長(参院会長)に就任。
第22回参議院議員通常選挙福岡県選挙区(改選数2)を巡り北九州市八幡東区選出の福岡県議会議員だった大家敏志との公認争いに敗れ、2009年12月30日、自民党を離党[1]。選挙には当初無所属で立候補する意向であったが、北九州を地盤とする自見庄三郎の誘いを受け、2010年2月17日付で国民新党へ入党し、副代表に就任。同党公認で福岡県選挙区より出馬する方針を表明した[2]。しかし選挙では大家はおろか落選した他の有力候補にも差をつけられ、供託金返還点にも届かない完敗であった。
政治資金 [編集]
主な所属議員連盟 [編集]
- 日韓議員連盟
- 日朝国交正常化推進議員連盟(委員)
脚注 [編集]
- ^ “参院・福岡は保守分裂 現職吉村氏が自民離党”. 47NEWS (共同通信社). (2009年12月30日) 2010年1月1日閲覧。
- ^ “吉村氏 国民新入りへ 参院福岡 党公認で出馬方針”. 西日本新聞. (2010年2月16日) 2010年2月16日閲覧。
- ^ http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b169030.htm
外部リンク [編集]
- 吉村剛太郎ホームページ 現在は閉鎖状態。
| 議会 | ||
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| 先代: 新設 |
1998年 |
次代: 須藤良太郎 |
| 先代: 木宮和彦 |
1997年 |
次代: 廃止 |
| 官職 | ||
| 先代: 佐藤静雄 月原重明 |
中馬弘毅と共同 2002年 - 2003年 |
次代: 林幹雄 佐藤泰三 |
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