江渡聡徳

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日本の旗 日本の政治家
江渡 聡徳
えと あきのり
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生年月日 1955年10月12日(58歳)
出生地 日本の旗青森県十和田市
出身校 日本大学法学部
日本大学大学院法学研究科公法学専攻
前職 社会福祉法人至誠会職員
八戸短期大学講師
所属政党 自由民主党大島派
称号 法学修士(日本大学)
公式サイト 江渡あきのり

選挙区 青森2区
当選回数 5回
任期 1996年10月21日 - 2000年6月2日
2003年11月10日 - 現職
所属委員会 安全保障委員長
議員会館 衆議院第2議員会館1021号室
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江渡 聡徳(えと あきのり、1955年10月12日 ‐ )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(5期)、衆議院安全保障委員長

防衛副大臣安倍改造内閣福田康夫内閣第2次安倍内閣)、内閣府大臣政務官第2次小泉改造内閣第3次小泉内閣)等を務めた。

来歴[編集]

青森県十和田市生まれ。青森県立青森東高等学校日本大学法学部法律学科卒業。日本大学大学院法学研究科修士課程(公法学専攻)修了。1984年から社会福祉法人至誠会に勤務する傍ら、光星学院八戸短期大学講師を務める(~1995年)。1988年、至誠会副理事長に就任。

1996年第41回衆議院議員総選挙自由民主党公認で青森2区から出馬し、新進党公認の三村申吾を破り初当選。しかし、2000年第42回衆議院議員総選挙では、前回下した三村(無所属の会公認)に敗れ、比例復活もならず落選。落選後、至誠会理事長に就任。

2003年第43回衆議院議員総選挙に再び青森2区から出馬し、3年ぶりに返り咲く(前回当選した三村は青森県知事へ転じた)。2004年第2次小泉改造内閣内閣府大臣政務官に任命され、第3次小泉内閣まで務める。2005年第44回衆議院議員総選挙で3選。

2006年自由民主党総裁選挙では麻生太郎の推薦人に名を連ねる(ただし高村派会長の高村正彦安倍晋三を支持)が、麻生は安倍に敗れた。2007年安倍改造内閣で、自身が所属する高村派会長の高村正彦防衛大臣の下、防衛副大臣に任命され、福田康夫内閣でも再任された。

2008年自由民主党総裁選挙では再び麻生太郎の推薦人に名を連ね、麻生が自由民主党総裁に選出された。

2009年第45回衆議院議員総選挙では、与党に猛烈な逆風が吹き荒れる中、民主党公認の中野渡詔子を約12,000票差で破り、青森2区で4選(中野渡も比例復活で当選)。選挙に際し、青森県建設業協会の推薦を受けた。

2012年第46回衆議院議員総選挙に青森2区から出馬し、5選。同年12月26日に成立した第2次安倍内閣において、再度防衛副大臣に就任した。2013年10月、防衛副大臣を退任し、衆議院安全保障委員長に就任。なお前任の安全保障委員長であった武田良太は、入れ代わる形で防衛副大臣に任命された。

政策・理念[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f “2012衆院選 青森2区”. 毎日新聞. (2012年12月4日). http://senkyo.mainichi.jp/46shu/kaihyo_area_meikan.html?mid=A02002003003 2014年6月12日閲覧。 
  2. ^ 国会議員懇談会会員リスト”. 神道政治連盟 (2013年10月25日). 2014年6月12日閲覧。

外部リンク[編集]

公職
先代:
木村隆秀
長島昭久
日本の旗 防衛副大臣
2007年 - 2008年
2012年 - 2013年
次代:
北村誠吾
武田良太
先代:
西川公也森元恒雄宮腰光寛
日本の旗 内閣府大臣政務官
木村勉西銘順志郎と共同

2004年 - 2005年
次代:
山谷えり子平井卓也後藤田正純
議会
先代:
武田良太
日本の旗 衆議院安全保障委員長
2013年 -
次代:
(現職)