荒井広幸

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日本の旗参議院議員 荒井 広幸
生年月日 1958年5月15日(55歳)
出身地 福島県田村郡船引町(現田村市
出身校 早稲田大学社会科学部
学位・資格 社会学士
前職 徳永正利参議院議員秘書
福島県議会議員
所属委員会 経済産業委員会
決算委員会
世襲
選出選挙区 旧福島2区→)
福島3区→)
比例区
当選回数 2回(衆3回)
所属党派 自由民主党→)
新党日本→)
無所属→)
(改革クラブ→)
新党改革
党役職 代表
会館部屋番号 参議院議員会館721号室
ウェブサイト あらい広幸 草の根 on WEB
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荒井 広幸(あらい ひろゆき、1958年5月15日 ‐ )は、日本政治家新党改革所属の参議院議員(2期)。新党改革代表(第3代)。

衆議院議員(3期)、福島県議会議員(1期)、新党日本幹事長、改革クラブ幹事長、新党改革幹事長を歴任。

経歴[編集]

福島県田村郡船引町(現田村市)生まれ。両親は旧電電公社職員。福島県立安積高等学校早稲田大学社会科学部卒業。早大在学中から参議院議員徳永正利参議院議員の公設第二秘書を務める。

1987年、29歳の誕生日直前に福島県議会議員選挙に出馬し、得票数トップで初当選(20代での当選は、福島県では26年ぶり)。1990年、福島県議を任期途中で辞職し、第39回衆議院議員総選挙旧福島県第2区(定数5)から無所属で出馬したが、全立候補者9人中、得票数8位で惨敗する。

1993年第40回衆議院議員総選挙自由民主党公認で旧福島2区から再度出馬し、得票数は最下位の5位ながら初当選。派閥は三塚派に属し、1995年自由民主党総裁選挙では小泉純一郎選対の中核となった。

1996年第41回衆議院議員総選挙では、小選挙区比例代表並立制導入に伴い福島県第3区から出馬し、旧民主党玄葉光一郎を3,533票差で破り再選(玄葉も比例復活)。2000年第42回衆議院議員総選挙では、コスタリカ方式により比例東北ブロックから出馬し3選。同年、衆議院議事進行係に就任。2年弱無派閥だったが志帥会(江藤・亀井派)に入会。

2003年自由民主党総裁選挙で志帥会会長代行の亀井静香の推薦人となる。第43回衆議院議員総選挙では福島3区から出馬するが、玄葉に2万票弱の大差をつけられ、比例復活も出来ずに落選。翌2004年第20回参議院議員通常選挙比例区から出馬し、当選した。

2005年郵政国会では、参議院で率先して郵政民営化法案成立反対を主張。新党日本の結党に参加し、同党幹事長に就任した。10月、自民党から除名処分を受ける。

2006年9月26日、小泉純一郎首相の退陣に伴う首班指名選挙では、統一会派を組む国民新党綿貫民輔代表ではなく、自由民主党総裁に選出されたばかりの安倍晋三に投票。新党日本は、党首の田中康夫が当時は国会議員でなかったため首班指名に関しては自主投票を決定していたが、国民新党側が荒井の安倍への投票を問題視し、結局統一会派を両院で解消した。

第21回参議院議員通常選挙を目前に控えた2007年7月、滝実と共に新党日本のマニフェストを党首の田中康夫が役員会での議決を経ずに独断で改定し、特に日本国憲法第9条に関する部分について議論が尽くされなかった点を批判。田中による党の私物化を非難し、新党日本の解党を要求したが、田中がこれを拒絶したため、荒井は記者会見で新党日本の「解党」を宣言した。以後、改革クラブに参加するまでは無所属であった。なお、党幹事長である荒井が「解党」を宣言したものの新党日本は存続し、第21回参議院議員通常選挙での得票により、政党助成金も受け取るための政党要件をクリアした。

参院選終了後の8月、統一会派「自由民主党・無所属の会」を結成。2007年12月に参議院本会議で採決が行われた郵政民営化見直し法案には反対票を投じた。

2008年8月、民主党を離党した渡辺秀央を党首に改革クラブ(後の新党改革)を結党し、同党幹事長に就任。2010年7月、第22回参議院議員通常選挙に比例区から出馬し、再選。

2013年7月22日、新党改革の代表に就任[1]

主な所属議員連盟[編集]

人物[編集]

  • 第39回衆議院議員総選挙で落選後、1992年から地元福島のラジオ局でキャスターを務めた。荒井が当時担当していた番組は今でも放送されている。
  • 身長155cm[2]で、綽名は「政界の一寸法師」[2][3]
  • 安倍晋三とは清和研新人候補時代からの親友。自民党除名後も安倍シンパであることを公言し、安倍を側面から支援している[3]。現在も安倍が会長を務める創生「日本」の会員。

政治献金[編集]

しんぶん赤旗消費者金融業界の政治団体「全国貸金業政治連盟」(全政連)からパーティー券購入などにより資金提供を受けていると報道されたが、本人は無回答である[4]

著書[編集]

  • 単著
    • 「扶桑の国に来たりし友と語る」(行研、1995年
    • 「拝啓 小泉純一郎様「あなたは間違っている」─財投・郵政解体論に反撃」(麻布出版、1996年
    • 「弱者の論理―郵政三事業が生活・地方・金融・情報弱者を救う」(NEAR総合研究機構、1998年
    • 「ワレ抵抗勢力ト言ワレドモ…」(情報センター出版局、2001年
    • 「郵便局をアメリカに売り渡すな―郵政民営化を狙うグローバリズムの罠」(飛鳥新社、2002年
    • 「改革ってそういうことじゃないんじゃないか会議」(情報センター出版局、2007年
  •  共著
    • 荒井広幸、山崎養世「だまされるな!郵政民営化―金持ちを優遇して、貧乏人にツケを回す社会がやってくる」(新風舎、2005年

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]

党職
先代:
舛添要一
新党改革代表
第3代:2013 -
次代:
(現職)
先代:
(結成)
改革クラブ/新党改革幹事長
初代:2008 - 2013
次代:
(空席)
先代:
(結成)
新党日本幹事長
初代:2005 – 2007
次代:
(空席)