土井亨

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日本の旗 日本の政治家
土井 亨
どい とおる
生年月日 1958年8月12日(55歳)
出生地 宮城県黒川郡富谷町
出身校 東北学院大学
前職 宮城県議会議員
所属政党 自由民主党町村派
公式サイト 土井とおる オフィシャルサイト

日本の旗 衆議院議員
選挙区 宮城1区
当選回数 2回
任期 2005年 - 2009年
2012年12月17日 - 現職
所属委員会 内閣委員会
総務委員会
議員会館 衆議院第1議員会館1120号室
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土井 亨(どい とおる、1958年8月12日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(2期)。

経歴[編集]

1958年昭和33年)、宮城県黒川郡富谷町生まれ。東北工業大学電子工業高等学校(現・東北工業大学高等学校)を経て、1981年昭和56年)に東北学院大学法学部を卒業した。

宮城県議会議員[編集]

1993年平成5年)に宮城県議会議員に初当選し、その後は1995年平成7年)と1999年平成11年)にも再選され、合計3期に渡って同議会議員を務めた。2003年平成15年)、第43回衆議院議員総選挙に自民党公認として宮城1区から立候補したが落選した。

衆議院議員[編集]

2005年平成17年)の第44回衆議院議員総選挙で再び立候補し初当選、衆議院議員に就任した。この際、いわゆる「小泉チルドレン」のひとりとされた。歴史事実委員会名義のアメリカ合衆国下院121号決議全面撤回を求める全面広告「THE FACTS」の賛同者として名を連ねた[1]

2009年平成21年)の第45回衆議院議員総選挙に再選を目指し立候補、公明党の推薦も受けた[2]が、郡和子に敗れ、重複立候補していた比例東北ブロックでの復活もならず、落選した。

2012年平成24年)の第46回衆議院議員総選挙では、前回敗れた郡を破り、国政に復帰した。2013年平成25年)、国土交通大臣政務官に就任。

所属団体・議員連盟[編集]

主な役職[編集]

  • 自民党宮城県連元幹事長

その他[編集]

県連幹事長時代に、主婦が党の事務所に「これなら私が総理大臣をやった方がマシよ!」と抗議電話をかけるコマーシャルを企画した。このコマーシャルは県連への意見募集を目的とするものだったが、当時の森喜朗政権が余りに不人気だったことから党本部が放映直前で待ったをかけ、実際の放映では「総理大臣」の部分が自主規制音になった。

選択的夫婦別姓制度[編集]

選択的夫婦別姓制度導入に賛成。「本人の選択を重視」と述べる[3]

脚注[編集]

  1. ^ 歴史事実委員会の全面広告画像
  2. ^ 衆院選小選挙区 自民128人推薦 2009年8月7日公明新聞
  3. ^ 別姓通信75

関連項目[編集]

外部リンク[編集]