愛知治郎

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日本の旗参議院議員 愛知治郎
生年月日 1969年6月23日(45歳)
出身地 宮城県[1]
出身校 中央大学卒業
学位・資格 法学士
前職 愛知和男事務所
所属委員会 財政金融委員会(理事)
東日本大震災復興特別委員会
地方創生に関する特別委員会
憲法審査会(幹事)
世襲 3世
祖父・愛知揆一(元衆議院議員、元外務大臣)
父・愛知和男(元衆議院議員)
選出選挙区 宮城県選挙区
当選回数 3回
所属党派 自由民主党(無派閥)
党役職 政調、環境部会科学部質対策小委員会委員長
政調、水産部会副部会長
政調、農林水産部会経営対策P.T
広報本部写真映像局次長
自民党青年局局長代理
組織本部環境関係団体副委員長
組織本部運輸交通関係団体副委員長
自由民主党憲法起草委員会
党改革実行本部、シンクタンク創設部会幹事
党改革実行本部、「無党派層」対策の強化部会幹事
会館部屋番号 参議院議員会館623号室
ウェブサイト 愛知治郎公式サイト
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愛知 治郎(あいち じろう、1969年6月23日 - )は、日本政治家自由民主党所属の参議院議員(3期)。

来歴・人物[編集]

1969年(昭和44年)、日本鋼管の社員だった愛知和男の次男として、ニューヨーク州に生まれた。日本に帰国後は日本女子大学附属豊明幼稚園東京都文京区)に入園したが、大蔵大臣を務めていた祖父・愛知揆一の急逝と父・和男の政界入りに伴って仙台市に転居した[2]仙台市立片平丁小学校仙台市立五橋中学校宮城県仙台第一高等学校を経て、中央大学法学部政治学科を卒業[1]。大学卒業後には法律事務所勤務などを経て[1]衆議院議員を務めていた父・和男の議員事務所(愛知和男事務所)に勤めた[2]

2001年(平成13年)、第19回参議院議員通常選挙に無所属(自由民主党公明党保守新党の3党推薦)で立候補し初当選、参議院議員となった。同選挙には自由民主党公認として前参議院議員の亀谷博昭も立候補しており、いわゆる保守分裂選挙となったが、仙台市部の保守票をまとめた愛知が競り勝った。当選後には自由民主党から追加公認され、党職として参院国会対策副委員長、遊説局長、青年局長代理を歴任した。また、公職としては参議院財務金融委員会理事、環境委員会理事、憲法調査会幹事、予算委員会理事等を経て、2005年(平成17年)9月には防衛庁長官政務官に就任、翌年9月まで務めた。

2007年(平成19年)の第21回参議院議員通常選挙では公明党の推薦も受けて再選。財政金融委員会筆頭理事だった同年11月、全会一致の慣例を破るかたちで野党が現職財務大臣証人喚問を議決したが、その際愛知は憤怒して退席、採決を棄権した。また、同職在任中の2008年(平成20年)3月31日にはガソリン税暫定税率適用期間の終了に直面した。同年9月、内閣委員会委員長に就任。

2013年(平成25年)、第23回参議院議員通常選挙において3期目の当選。同年9月30日、財務副大臣に就任(2014年9月、退任)。

政策[編集]

選択的夫婦別姓法案[編集]

選択的夫婦別姓法案の導入に賛同している。「夫婦はそもそも他人であり、別人格である。その個人の権利は尊重されるべきと考える」と述べている[3]

自民党の派閥に対する批判[編集]

自民党の派閥体制を批判しており、当選当初より現在まで派閥に属していない[4]

エピソード[編集]

主な所属団体・議員連盟[編集]

家族[編集]

父親は元衆議院議員で環境庁長官などを務めた愛知和男、祖父は元衆議院議員で大蔵大臣などを務めた愛知揆一、曽祖父は物理学者の愛知敬一(祖父、曽祖父に血縁関係はなし)。兄は、愛知太郎。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f プロフィール 愛知治郎公式ウェブサイト、2010年5月20日閲覧
  2. ^ a b c d フォトギャラリー 愛知治郎公式ウェブサイト、2010年5月20日閲覧
  3. ^ 別姓通信63号
  4. ^ 祖父・揆一、父・和男は吉田茂の流れをくむ派閥に所属していた(揆一は吉田→佐藤栄作田中角栄派、和男は自民党離党まで田中→竹下登羽田孜派にそれぞれ所属)

外部リンク[編集]


議会
先代:
森雅子
日本の旗 参議院行政監視委員長
2012年 - 2013年
次代:
江口克彦
先代:
岡田広
日本の旗 参議院内閣委員長
2008年 - 2009年
次代:
河合常則
公職
先代:
小渕優子
山口俊一
日本の旗 財務副大臣
古川禎久と共同
2013年 -
次代:
現職
先代:
北村誠吾
柏村武昭
日本の旗 防衛庁長官政務官
北村誠吾高木毅と共同
2005 - 2006
次代:
大前繁雄
北川イッセイ