三枚橋城
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三枚橋城 (静岡県) |
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沼津城本丸址(沼津市大手町、中央公園)。周囲の石は、付近で工事の際に発見された、三枚橋城の石垣に使われていたもの。
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| 城郭構造 | 梯郭式平山城 |
| 築城主 | 武田勝頼 |
| 築城年 | 天正7年(1579年) |
| 遺構 | 石垣 |
| 位置 | 北緯35度5分56秒 東経138度51分34秒 |
三枚橋城(さんまいばしじょう)は、駿河国沼津(現在の静岡県沼津市大手町)にかつてあった城である。
[編集] 概要
天正7年(1579年)武田勝頼により築城された。永禄12年(1569年)、甲斐武田氏と相模北条氏との同盟関係が破綻し、駿河・伊豆国境付近が緊張した際に北条氏により砦が築かれていたが、その跡地に建設された。御館の乱により敵対することになった北条氏に対する、武田氏の駿河・伊豆国境の最前線の拠点である。城将は高坂源五郎、曽根昌長、堀内政豊等。武田氏滅亡の直前の天正10年(1582年)2月29日、近傍の武田氏の城戸倉城が北条氏の攻撃により落城したことを受け、守備兵が動揺し自落した。
慶長6年(1601年)に大久保治右衛門忠佐が城主となったが、慶長18年(1613年)忠佐死去後は大久保家断絶となり、翌慶長19年(1614年)に廃城となる。
旧国道1号沿いに位置していたが、今日では当時の姿を偲ばせるものはほとんどない。但し石垣等の遺構が見つかっていることから、武田氏滅亡後も整備が続けられ使用されたようである。
なお、同地付近での建築工事時に見つかった石垣用の石が、沼津東急ホテル前、アゴラ沼津前、沼津城本丸址で見ることができる。
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沼津東急ホテル前の石垣(復元)