東急池上線

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東京急行電鉄 池上線
1000系 (五反田駅、2004年8月11日)
1000系 (五反田駅、2004年8月11日)
路線総延長 10.9 km
軌間 1067 mm
電圧 1500 V(直流
最高速度 80 km/h
停車場・施設・接続路線
tKRZ
STRq
JR東山手線
tKRZ
STRq
←JR東:埼京線湘南新宿ライン
0.0 IK01 五反田駅
tWSTR hWSTR WASSERq
目黒川
tSTR hBHF
0.3 IK02 大崎広小路駅
tSTR eBHF
桐ヶ谷駅 -1953年
tSTRlf KRZt tSTRlg
BHF tHST
1.4 IK03 戸越銀座駅 戸越駅
TUNNEL1 tSTRlf
都営:浅草線
tSTRa
tBHF
2.1 IK04 荏原中延駅
tSTRe
TUNNEL2
TUNNEL1
eBHF
旗ヶ岡駅 1951年旗の台駅に統合
STRq TBHFu hSTRq
3.1 IK05旗の台駅 大井町線
tSTRa
tBHF
3.7 IK06 長原駅
tSTRe
BHF
4.3 IK07 洗足池駅
BHF
4.9 IK08 石川台駅
WBRÜCKE
呑川
eBHF
雪ヶ谷駅 1933年5.6km地点に移設
eABZrf
目黒蒲田電鉄:新奥沢線
BHF
5.6 IK09 雪が谷大塚駅
KDSTl ABZrf
雪が谷検車区
eBHF
調布大塚駅 -1933年
BHF
6.4 IK10 御嶽山駅
KRZo
JR東海東海道新幹線
KRZo
←JR東:横須賀線
BHF
7.1 IK11 久が原駅
eBHF
光明寺駅 -1926年
BHF
8.0 IK12 千鳥町駅
BHF
9.1 IK13 池上駅
BHF
10.1 IK14蓮沼駅
STRlg STR
東急多摩川線
hSTRa hSTRa
10.9 IK15 蒲田駅
STRq
STRq
←JR東:京浜東北線
STRq STRq STRq
←JR東:東海道線
石川台 - 洗足池間(東京都大田区)
4月初旬、この切り通し区間は桜花に彩られて乗客の目を楽しませる(1997年撮影)。
蒲田駅で合流する池上線(右)と多摩川線

池上線(いけがみせん)は、東京都品川区五反田駅大田区蒲田駅とを結ぶ東京急行電鉄(東急)が運営する鉄道路線

路線図駅ナンバリングで使用される路線記号はIK

路線データ[編集]

  • 路線距離:10.9km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:15駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:全線
  • 電化区間:全線(直流1500V)
  • 閉塞方式:自動閉塞式

運行概況[編集]

列車種別各駅停車のみであり、東急多摩川線(以下、多摩川線)と共通の18m車体、3扉の3両編成で運転される。1998年平成10年)3月16日からはワンマン運転を実施している。ワンマン運転の安全確保のため、ホーム柵とホームセンサーを用いており、乗客が乗降するホーム柵の位置にあわせて列車を所定停止位置に停止させるための支援装置としてTASCを採用している[1]

2000年(平成12年)8月6日以降のダイヤでは、五反田駅 - 蒲田駅間の全線通し運転のほか、朝ラッシュ時や夜間、始発・終電時間帯を中心に車両基地(雪が谷検車区)のある雪が谷大塚駅と五反田・蒲田両駅間の区間運転がある[2] 。なお、2014年(平成26年)3月14日までは平日の夕方と夜間の帰宅ラッシュ時間帯に五反田駅 - 雪が谷大塚駅間の区間列車が多数運転されていたが、翌3月15日のダイヤ改正で19時台1本、21時台1本、23時台1本、24時台3本を除いて運転区間が全て終点の蒲田駅まで延長され、五反田駅からの夕方と夜間の区間列車は激減した。また、東急多摩川線には車両基地がないため、同線への車両出入庫も池上線の営業列車として行われており、蒲田駅でスイッチバックして多摩川線へ乗り入れる列車が1日に数本設定されている[2][3] 。ただし、時刻表上や駅の発車案内板はこれらの列車も全て蒲田行きとなっており、実際の列車の行き先も一部の車両(新7000系や1000系1500番台)で「多摩川線直通」と表示される以外は全て蒲田行きの表示となっている。

毎年10月12日の夜には、池上駅が最寄り駅である池上本門寺で行われるお会式万灯行列への参拝・見物客輸送のため臨時ダイヤとなり、列車が増発される。

車両の夜間停泊は五反田駅と蒲田駅で行われている(五反田駅、蒲田駅とも1本ずつ停泊する)[3][2]

車両や駅の老朽化が課題であり、現在新型車両の導入を年度ごとに1編成のペースで行っている。駅設備は依然として古いものが多く、木造の旅客上屋や上屋と一体化した木製ベンチなどが今も現役で残っている。池上駅を除き構内踏切は廃止され、ホームごとに簡素な改札口が設けられた駅が多い。このような駅では片側のホームにしかトイレがなく、構内通路も無いため反対側のホームからは利用することができない。ただ近年は一部の駅で老朽化対策への動きも見られ、2013年度までに山手通りの鉄橋架け替え工事と共に駅施設の一部を更新した大崎広小路駅や、同年度までにバリアフリー化としてJR連絡通路にエレベーター・エスカレーター設置済の五反田駅では、2014年7月現在、ホーム屋根掛け替え工事等駅設備改良がアナウンスされている。

沿線風景[編集]

品川区の商業の中心地である五反田と、大田区の行政・商業の中心地である蒲田とを、各区の郊外にあたる内陸部を経由して結ぶ路線である。五反田 - 雪が谷大塚間では中原街道と、雪が谷大塚 - 蒲田間では環八通りとおおむね並行している。各駅に小規模な駅前商店街が形成されている。

西側に目黒線多摩川線(旧東急目蒲線)が通り、約1km前後の間隔を保ちながら終点の蒲田で合流する。両線の駅同士で最も近いのは千鳥町駅と下丸子駅の約500mで、徒歩でも7 - 8分程度で到達できる。

五反田 - 旗の台[編集]

五反田から戸越銀座までは、概ね商業地を走る。五反田駅は、「レミィ五反田」4階に直結してホームがある。接続する山手線を見下ろす高い位置である。山手線との連絡通路にはエスカレーター・エレベーターが設置され、乗り換え客は連絡用改札を、都営地下鉄浅草線利用者や五反田駅で降りる客は「レミィ五反田」直結の改札口を利用する。電車は4階ホームから南へ向けて出発し、すぐに目黒川を渡る。高架のまま山手通りを跨ぐと、ゆうぽうとが隣接する大崎広小路駅に着く。大崎広小路駅を出た列車は左右に急なカーブを抜け池上線で最初の踏切である大崎広小路1号踏切道を越えて切り通しに入る。この地点から国道1号の高架橋までわずか数十メートル程度だが鉄道用地が若干広くなるが、ここはかつて桐ヶ谷駅があった跡である。頭上を国道1号が越え、左カーブを抜けると戸越銀座駅へ到着する。同駅前には直線で約1.6km続く戸越銀座商店街が伸びる。戸越銀座を過ぎると商業地は住宅地にかわり、商店等も少なくなる。住宅地は旗の台まで続く。荏原中延駅とその前後は1989年3月に地下化された。地上の旧線路敷は公園などとなっている。旗の台駅では高架となっている大井町線の下を立体交差する。同駅では東急大井町線へ乗り換えるための連絡通路が長原寄りにある。昭和大学昭和大学病院)の最寄り駅である。

旗の台 - 雪が谷大塚[編集]

池上線における列車運行の境界は雪が谷大塚駅であるが、旗の台駅を境に周囲は緑地と宅地の混在した地域となり、これが千鳥町まで続く。旗の台駅を出た池上線は、長原駅の手前で再度地下にもぐる。これは環七通りとの交差のためで、同駅は1972年に地下化された。周辺は武蔵野台地の突端部に近く、急坂の多い複雑な地形である。このおかげで1957年8月10日、架線電圧が600Vから1500Vに昇圧された。地上に出ると洗足池駅があり、駅前を通る中原街道を渡ると洗足池が広がっている。桜の名所でもあり、花見シーズンは多くの人で賑わう。石川台駅までは切り通し区間となっている。両脇の土手には桜が植えられ、こちらも春には乗客の目を楽しませる。石川台を出て呑川を渡り、築堤を走ると雪が谷大塚駅である。

雪が谷大塚 - 蒲田[編集]

雪が谷検車区を右に見ながら左に大きくカーブし、直線を少し走ると御嶽山駅に着く。駅北西側のイオン御嶽山駅前店裏に御嶽神社が鎮座しているため、この名がある。駅の南端直下を東海道新幹線横須賀線湘南新宿ライン品鶴線)がくぐっている。これはJRを除く普通鉄道(鉄道からモノレール・新交通システムなどを除いたもの)事業者の路線が新幹線をオーバーパスしている数少ない例である[4]久が原駅、千鳥町駅と短い間隔で駅が続く。周囲は緑地と宅地の混在地であり、千鳥町駅前には区民農園がある。千鳥町駅を出ると左に大きくカーブしながら上り、再度国道1号の上を跨ぐ形で立体交差する。国道1号を越えると商業エリアとなり、五反田 - 戸越銀座間と同様に再び商店等が増えるが、旗の台 - 千鳥町間に見られるような宅地は少なくなる。勾配を下り、右にカーブしながら池上駅に進入する。池上本門寺の門前町で、駅から参道を徒歩10分で総門に着く。駅前のバスターミナルに面して名物の葛餅を売る店も見られる。池上を出てすぐ右に急カーブし、踏切で多摩堤通りを越えると蓮沼駅に着く。左に急カーブし、右手から多摩川線が寄り添うと両路線の複線が揃って頭端式の蒲田駅に滑り込んでいく。

使用車両[編集]

現在運用されている車両[編集]

  • 7600系 - 3両編成1本(3両)。1989年(平成元年)3月中旬池上線に就役[5]
  • 7700系 - 3両編成8本(24両)。1995年(平成7年)3月以降池上線に就役[6]
  • 1000系 - 3両編成9本(27両)。1993年(平成5年)1月以降池上線に就役[7]
    • 1000系は目蒲線からの転用車と池上線用の新車が混在している。なお、池上線では従来は他路線で使用した中古の車両ばかりが使用されてきており、同線に直接新車を導入するのは池上電気鉄道時代の1930年(昭和5年)6月に導入したモハ200系以来、実に63年ぶりとなるものであった[7]
  • 7000系 - 3両編成7本(21両)。
    • 5000系をベースとした多摩川線と共通の新型車両。2007年度は3両編成2本(計6両)を導入。第1編成は同年12月25日から営業運転を開始。2011年度までに大幅な増備を行い、3両編成19本(計57両)となる予定であった[8]が、2011年度末時点の在籍車両数は予定増備数を大幅に下回っている[9]

過去に運用された車両[編集]

  • 7200系 - 池上線に導入された初の高性能車・冷房車であった。1984年(昭和59年)5月9日より池上線に就役した[10]。その後、1995年(平成7年)10月までに目蒲線に転属し、池上線において運転を終了した[11]
  • 3000系 (初代)

歴史[編集]

概要[編集]

池上本門寺参詣客輸送を目的に、池上電気鉄道の手によって開業した。

同社は後に川崎財閥の傘下に入り、中央本線国分寺駅への延伸を目指し、雪ヶ谷駅(現在の雪が谷大塚駅)から分岐して新奥沢駅に至る新奥沢線1928年(昭和3年)に開業させている。しかし、目黒蒲田電鉄(後の東急、当時東急目蒲線を運営)の五島慶太によって買収された。これは五島が自社線のテリトリーを侵すものとして国分寺延伸計画を阻止し、さらには買収を行うに至ったとされている。買収後、新奥沢線は不採算路線ということもあって1935年昭和10年)に廃止する。

元々、対立する会社同士の経営だった名残りで、大井町線との交点には長らく連絡駅が設けていなかった。しかし、1951年(昭和26年)に当路線の旗ヶ岡駅を大井町線旗の台駅に統合する形で接続を図っている。

戦後の一時期には、未成線の泉岳寺線を経由して東京都交通局都営地下鉄三田線への相互乗り入れ計画もあったが、東急が田園都市線建設への専念を理由に中止され、破談となった。なお、三田線は後年になって帝都高速度交通営団(営団地下鉄)、後の東京地下鉄(東京メトロ)南北線とともに同じ東急の目黒線と相互直通運転を開始した。

1976年(昭和51年)に池上線を舞台にした歌『池上線』(作曲・唄:西島三重子 作詞:佐藤順英)が大ヒットし、その名が日本全国に広がった。しかし、この歌詞に池上線の車両の古さや状態の悪さを思わせる箇所があり、東急がそれらを否定するコメントを出す事態となった。ただ、当時の池上線を走っていた車両はほとんどが戦前製のデハ3450形を始めとした旧型車の初代3000系で、車体の更新工事は始まっていたものの、製造から40年以上が経過したものがあったことは確かである。その初代3000系も1989年(平成元年)3月11日をもって撤退し、同月12日 - 18日の1週間を目蒲線で運用した後、全車が運用を離脱し、3月19日より新性能ステンレス車(当時は7200系・7600系)のみの運行となった。

その後2007年(平成19年)には「池上線開通80周年」企画の一環として「池上線の名前を全国に広めた」ということで特別列車「名曲池上線号」が運転され、この曲を歌った西島三重子も乗車してイベントが行われた。

年表[編集]

  • 1922年大正11年)10月6日 池上電気鉄道により蒲田 - 池上間 (1.8km) 開業[12]
  • 1923年(大正12年)5月4日 池上 - 雪ヶ谷間 (3.5km) 開業[13]
  • 1926年(大正15年)
    • 8月[14] 末広(現・久が原) - 池上間の光明寺駅を廃止。
    • 8月6日 慶大グラウンド前駅(現・千鳥町駅)開業。
  • 1927年昭和2年)
    • 8月19日 雪ヶ谷 - 御嶽山前間に調布大塚駅開業。
    • 8月28日 雪ヶ谷 - 桐ヶ谷(現在廃止、大崎広小路 - 戸越銀座間)間(4.7km)開業[15]
    • 10月9日 桐ヶ谷 - 大崎広小路間 (0.6km) 開業[16]
  • 1928年(昭和3年)
    • 4月13日 石川駅を石川台駅に、末広駅を東調布駅(現・久が原駅)に改称。
    • 6月17日 大崎広小路 - 五反田間 (0.3km) 開業(全通)[17]
  • 1933年(昭和8年)6月1日 雪ヶ谷駅に調布大塚駅を統合し雪ヶ谷大塚駅に、御嶽山前駅を御嶽山駅に改称。
  • 1934年(昭和9年)10月1日 池上電気鉄道が目黒蒲田電鉄(東京急行電鉄の前身)に吸収合併される。
  • 1936年(昭和11年)1月1日 東調布駅を久ヶ原駅に、慶大グラウンド前駅を千鳥町駅に改称。
  • 1945年(昭和20年)7月25日[14] 桐ヶ谷駅を休止。
  • 1951年(昭和26年)5月1日 旗ヶ岡駅が大井町線との交差位置に移転し、大井町線東洗足駅が移転・改称した旗の台駅に統合。
  • 1953年(昭和28年)8月12日[14] 桐ヶ谷駅を廃止。
  • 1957年(昭和32年)8月10日 架線電圧を600Vから1500Vに昇圧。
  • 1966年(昭和41年)1月20日 雪ヶ谷大塚駅を雪が谷大塚駅に、久ヶ原駅を久が原駅に改称。
  • 1972年(昭和47年)6月 長原駅地下化。
  • 1984年(昭和59年)5月9日 7200系による冷房車両の運転開始(7200系池上線で使用開始)[10]
  • 1989年平成元年)
    • 3月11日 旧性能電車の運用この日限りで終了。
    • 3月19日 荏原中延駅地下化。
  • 1993年(平成5年)
    • 1月30日 目蒲線から転属した1000N'系が営業運転を開始[7]
    • 3月15日 池上線における63年ぶりの新車となる1000N'系が営業運転を開始[7]
  • 1995年(平成7年)
    • 3月 7700系が池上線において営業運転を開始[6]
    • 10月 7200系が池上線において営業運転を終了[11]
  • 1998年(平成10年)
    • 3月16日 ワンマン運転開始。ただし、4月28日までは試行期間[18]
    • 4月29日 ワンマン運転の本実施を開始[18]
  • 2007年(平成19年)12月25日 7000系(2代)営業運転開始。
  • 2014年(平成26年)5月10日 1000系1500番台営業運転開始。

駅一覧[編集]

駅番号 駅名 駅間キロ 累計キロ 接続路線 所在地
IK01 五反田駅 - 0.0 東日本旅客鉄道山手線
都営地下鉄A 浅草線 (A-05)
品川区
IK02 大崎広小路駅 0.3 0.3  
IK03 戸越銀座駅 1.1 1.4  
IK04 荏原中延駅 0.7 2.1  
IK05 旗の台駅 1.0 3.1 東京急行電鉄:大井町線 (OM06)
IK06 長原駅 0.6 3.7   大田区
IK07 洗足池駅 0.6 4.3  
IK08 石川台駅 0.6 4.9  
IK09 雪が谷大塚駅 0.7 5.6  
IK10 御嶽山駅 0.8 6.4  
IK11 久が原駅 0.7 7.1  
IK12 千鳥町駅 0.9 8.0  
IK13 池上駅 1.1 9.1  
IK14 蓮沼駅 1.0 10.1  
IK15 蒲田駅 0.8 10.9 東京急行電鉄:東急多摩川線 (TM07)
東日本旅客鉄道:京浜東北線

廃駅[編集]

  • 桐ヶ谷駅(大崎広小路 - 戸越銀座間)…1945年7月25日休止、1953年8月12日廃止[14]
  • 調布大塚駅(雪が谷大塚 - 御嶽山間)…1933年6月1日に雪ヶ谷駅と統合され雪ヶ谷大塚駅(現・雪が谷大塚駅)となる。
  • 光明寺駅(久が原 - 千鳥町間)…1926年8月廃止[14]

その他[編集]

  • 線内の遺失物は五反田駅に収集されるが、旗の台駅分は大井町駅に収集される。
  • 2007年12月16日に池上線開業80周年記念の貸切列車が運転された。午前は「大相撲尾上部屋号」として、午後は「名曲池上線号」としてそれぞれ1000系が充当された[20]

脚注[編集]

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  1. ^ TOKYU NEWS 1999/07/26 多摩川園〜蒲田間において池上線方式のワンマン運転を計画
  2. ^ a b c 鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」2004年7月臨時増刊号特集「東京急行電鉄」145・146頁記事。
  3. ^ a b 鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」2000年11月号「東京急行電鉄 運行系統変更に伴う運転と車両の動向」記事。
  4. ^ 他に京浜急行電鉄本線品川駅 - 北品川駅間、静岡鉄道静岡清水線古庄駅 - 県総合運動場駅間、神戸市営地下鉄西神・山手線名谷駅 - 総合運動公園駅間がある。
  5. ^ 弘済出版社「鉄道ダイヤ情報」2001年2月号41頁。
  6. ^ a b 交友社「鉄道ファン」1996年10月号「東急ニュース’96」記事。
  7. ^ a b c d 鉄道ジャーナル社「鉄道ジャーナル」1993年5月号94頁 RAILWAY TOPICS「東急池上線に1000N'系を3両編成で新造投入」
  8. ^ PDFファイルによる公式発表 (PDF)
  9. ^ 交友社「鉄道ファン」2012年8月号付録「大手私鉄車両ファイル2012」。
  10. ^ a b 交友社「鉄道ファン」1984年7月号「東急田園都市線中央林間延長」内の車両配置の記事。
  11. ^ a b 鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」1996年10月号臨時増刊号新車年鑑1996年版93頁。
  12. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1922年10月10日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  13. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1923年5月8日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  14. ^ a b c d e 今尾恵介『日本鉄道旅行地図帳 4号 関東2』新潮社、2008年、p.42
  15. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1927年9月16日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  16. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1927年10月14日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  17. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1928年6月28日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  18. ^ a b 鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」1999年5月号特集「大手民鉄のワンマン運転」内「東急池上線のワンマン運転」
  19. ^ 東急線全駅で駅ナンバリングを導入します - 東京急行電鉄、2012年1月26日、2012年1月26日閲覧。
  20. ^ 東横線・池上線・大井町線80周年「Information」

関連項目[編集]