旗の台駅

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旗の台駅
大井町線ホーム(2008年3月29日)
大井町線ホーム(2008年3月29日)
はたのだい - Hatanodai
所在地 東京都品川区旗の台二丁目13番地1
所属事業者 東京急行電鉄
駅構造 高架駅(大井町線)
地上駅(池上線)
ホーム 2面4線(大井町線)
2面2線(池上線)
乗降人員
-統計年度-
(大井町線)23,209人/日
(池上線)14,559人/日
(合計)37,768人/日
-2013年-
開業年月日 1927年昭和2年)7月6日(大井町線)
1927年(昭和2年)8月28日(池上線)
乗入路線 2 路線
所属路線 大井町線
駅番号  OM 06 
キロ程 3.2km(大井町起点)
OM05 荏原町 (0.5km)
(0.8km) 北千束 OM07
所属路線 池上線
駅番号  IK 05 
キロ程 3.1km(五反田起点)
IK04 荏原中延 (1.0km)
(0.6km) 長原 IK06

旗の台駅(はたのだいえき)は、東京都品川区旗の台二丁目にある、東京急行電鉄である。

大井町線池上線が乗り入れており、相互の乗換が可能である。

歴史

開業当初、当駅は目黒蒲田電鉄大井町線の東洗足駅池上電気鉄道旗ヶ岡駅に分かれており、乗換駅ではなかった。前者は現在より二子玉川寄り、後者は五反田寄りにあった。

  • 1927年昭和2年)
    • 7月6日 - 目黒蒲田電鉄大井町線東洗足駅開業。
    • 8月28日 - 池上電気鉄道旗ヶ岡駅開業。
  • 1951年(昭和26年)
    • 3月1日 - 東洗足駅を旗の台駅と改称し、現在の位置に移設。
    • 5月1日 - 旗ヶ岡駅が旗の台駅と合併し、池上線駅設備を現在の位置に移設。
  • 2006年平成18年)3月26日 - 大井町線上りホームを切り替え、島式ホームに一旦集約。北口改札を廃止。
  • 2007年(平成19年)5月27日 - 大井町線上りホームを池上線五反田寄りに移設。この同年月にバリアフリー化。

駅構造

大井町線と池上線は立体交差しており、上部に大井町線の島式ホーム2面4線、下部に池上線の相対式ホーム2面2線のホームを有する。

駅は斜面にあり、大井町線ホームは二子玉川方はほぼ地平だが、大井町方が高架となっている。池上線ホームは斜面の下部に斜面に沿うように設置され、蒲田方で大井町線の高架をくぐっている。同線上下ホームと大井町線ホームはそれぞれエスカレータエレベーターで連絡している。乗り換えサインは、大井町線ホーム - 池上線五反田方面ホーム間が赤、大井町線ホーム - 池上線蒲田方面ホーム間が青で、エレベーターのドアや階段・エスカレータ入口外側に施している。

改札口は大井町線の高架下(池上線上りホーム蒲田方)に1か所と、池上線の上下ホーム五反田方に1か所ずつの計3か所が設置されている。

定期券うりばは、池上線五反田方面の駅舎の入口右側に設置されていたが、2009年11月30日をもって廃止された。

大井町線ホームは2008年3月28日に実施された急行運転開始に伴い、2面4線となった。改良後は3・6番線が待避線で4・5番線が本線となり、当駅に急行が停車して終日緩急接続が行われている。

池上線は隣の荏原中延駅が地上駅時代だった頃は五反田方に上下渡り線が設置されていた。これはかつて五反田 - 旗の台間で折り返し運転を行っていた頃の名残で、旗の台折り返し運用が廃止された後も渡り線は撤去されずに非常用設備として残り、運行障害などで旗の台 - 五反田間または旗の台 - 蒲田間が長時間抑止された際にこの渡り線を使用して折返し運転を行っていた。しかし荏原中延駅が1989年に地下駅化された際に撤去された。

のりば

番線 路線 方向 行先
1 池上線 下り 雪が谷大塚蒲田方面
2 池上線 上り 五反田方面
3・4 大井町線 下り 大岡山自由が丘二子玉川溝の口方面
5・6 大井町線 上り 大井町方面

※大井町線ホームは、4番線と5番線が主本線、3番線と6番線が待避線である。

駅改良工事

田園都市線の混雑を緩和するために大井町線に都心までのバイパスルートとしての機能を持たせる一環として、当駅についても改良工事を施工した。具体的には、同線の急行運転のために当駅を急行待避可能な構造とし、また併せてバリアフリー対応の構造とするものである[1]。なお、大井町線改良工事当初は当駅の改良は含まれておらず、2000年の計画変更で新たに改良に含まれたという経緯がある(上記外部リンク参照)。

2009年現在、大井町線急行運転対応の工事は概ね完了し、駅の老朽化対策に関して改良工事中である。また、池上線ホームは大井町線との乗り換えがスムーズにできるように蒲田方に数メートル移動される予定である。

改良工事前

かつての当駅は3・4番線も相対式ホームで、池上線ホーム1・2番線からの連絡階段は4番線と直結するのみであった。池上線から大井町線自由が丘・二子玉川方面(3番線)に向かうには一度4番線のホームを経由し、再び階段を上下する必要があり、バリアフリーにも全く対応していなかった。これらの問題点は駅改良により解消された。また、4番線の二子玉川寄りには北口改札も設置されていた。

利用状況

2013年度の1日平均乗降人員は以下のとおりである[2]

  • 大井町線 - 23,209人
  • 池上線 - 14,559人

近年の1日平均乗車人員は下記のとおり。

年度 大井町線 池上線 出典
1990年 29,455 29,770 [3]
1991年 30,098 30,664 [4]
1992年 29,104 28,370 [5]
1993年 27,838 27,175 [6]
1994年 9,367 8,792 [7]
1995年 8,918 8,749 [8]
1996年 8,830 8,767 [9]
1997年 8,627 8,507 [10]
1998年 8,392 8,115 [11]
1999年 8,219 7,956 [12]
2000年 8,153 8,107 [13]
2001年 7,742 8,244 [14]
2002年 7,767 8,022 [15]
2003年 8,161 7,790 [16]
2004年 8,255 7,663 [17]
2005年 8,304 7,504 [18]
2006年 8,515 7,351 [19]
2007年 9,232 7,609 [20]
2008年 9,838 7,603 [21]
2009年 10,205 7,422 [22]

駅周辺

駅名の由来

源頼信平忠常追討(平忠常の乱)の際にこの地で旗揚げをして祠に戦勝を祈願したところ成就した故事による。この祠は後に旗岡八幡神社が祀られ、地名も荏原郡荏原町大字中延字旗ヶ岡で、池上電気鉄道開業時に設置された駅も「旗ヶ岡駅」だった。

「旗の台」は大井町線の「東洗足駅」と池上線の「旗ヶ岡駅」を統合した時に誕生した駅名であり、1965年住居表示実施の際に地名も駅名にちなんで「旗の台」と名付けられた。

ギャラリー

隣の駅

東京急行電鉄
大井町線
急行
大井町駅 (OM01) - 旗の台駅 (OM06) - 大岡山駅 (OM08)
各駅停車(二子新地・高津は通過)・各駅停車(二子新地・高津に停車)
荏原町駅 (OM05) - 旗の台駅 (OM06) - 北千束駅 (OM07)
池上線
荏原中延駅 (IK04) - 旗の台駅 (IK05) - 長原駅 (IK06)

脚注

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関連項目

外部リンク