大岡山駅
| 大岡山駅 | |
|---|---|
東急病院併設の駅舎(2010年5月4日)
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| おおおかやま - Ōokayama | |
| 所在地 | 東京都大田区北千束三丁目 |
| 所属事業者 | 東京急行電鉄(東急電鉄) |
| 駅構造 | 地下駅 |
| ホーム | 島式 2面4線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
(目黒線)19,853人/日 (大井町線)25,408人/日 (合計)45,261人/日 -2009年- |
| 開業年月日 | 1923年(大正12年)3月11日 |
| 乗入路線 2 路線 | |
| 所属路線 | ■目黒線 |
| 駅番号 | MG 06 |
| キロ程 | 4.3km(目黒起点) |
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◄洗足 (1.0km)
(1.2km) 奥沢►
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| 所属路線 | ■大井町線 |
| 駅番号 | OM 08 |
| キロ程 | 4.8km(大井町起点) |
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◄北千束 (0.8km)
(0.5km) 緑が丘►
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大岡山駅(おおおかやまえき)は、東京都大田区北千束三丁目にある、東京急行電鉄の駅である。
目次 |
[編集] 利用可能な鉄道路線
[編集] 駅構造
島式ホーム2面4線を有する地下駅[1]で、外側を目黒線、内側を大井町線が使用する。日吉方面と溝の口方面、大井町方面と目黒方面は同一ホームで乗り換えが可能である。なお、奥沢・緑が丘寄りには乗り換え用の地上連絡通路が設置されている。
大井町線の北千束寄りに引き上げ線が1本あり、東横線・目黒線・東急多摩川線・池上線の車両がこの引き上げ線を使って方向転換し、長津田車両工場に入場する際、また東京地下鉄日比谷線で運用されている03系も鷺沼工場に入場する際に使用される。また臨時列車などの留置線として使われている。2007年11月16日に自由が丘車庫が廃止されてから、2008年3月28日に実施された大井町線ダイヤ改正までは平日の朝、夕に大井町線の車両が定期で留置されることがあった。
現行の構造になる前は3面4線のホームを有する地上駅で、大井町線が変則相対式(上り・下りとも南側にホームがあった)、目蒲線が島式であった。
[編集] のりば
| 1 | ■目黒線 | 田園調布・武蔵小杉・日吉方面 |
|---|---|---|
| 2 | ■大井町線 | 自由が丘・二子玉川・溝の口・田園都市線直通 鷺沼・中央林間方面 |
| 3 | ■大井町線 | 旗の台・中延・大井町方面 |
| 4 | ■目黒線 | 武蔵小山・目黒・ 埼玉高速鉄道線直通 浦和美園・ |
[編集] 駅舎
| 東急大岡山駅上東急病院 | |
|---|---|
| 情報 | |
| 用途 | 駅舎、病院 |
| 設計者 | 東急電鉄一級建築士事務所、大建設計 |
| 施工 | 東急建設 |
| 建築主 | 東京急行電鉄 |
| 構造形式 | S造 |
| 敷地面積 | 6,127.60m2 |
| 建築面積 | 4,682.13m2 |
| 延床面積 | 13,810.80m2 |
| 階数 | 地上5階 |
| 高さ | 23.21m |
| 着工 | 2006年(平成18年)8月 |
| 竣工 | 2007年(平成19年)10月 |
| 備考 | デザインアーキテクトは東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻安田幸一研究室 |
1997年に当駅が地下化された当時から、当駅から5分ほど離れた場所にあった東急病院を当駅上に移転する計画があった。実現に当たっては、列車による振動を低減させるために地下化工事の際にレール下部にコイルバネを設置していた[2]。
開業する前には、TSUTAYA大岡山駅前店が駅舎2階に出店していたが、2006年5月17日限りで閉店した(2011年6月15日に再出店が決定。ただし場所は駅舎ではない)。また、正面改札横に設置されていたコンビニエンスストア・am/pmも閉店した。その後ヴィ・ド・フランスとLAWSON + toksが開店している。
2006年から本格的に病院の建設が始まり、2007年11月3日に開業した。正面改札を出ると左側に病院入口がある。また、駅の直上に病院が設けられるのは日本初のことであった。
[編集] 利用状況
2009年度の1日平均乗降人員は以下の通りである。
目黒線の数値のみを見ると、急行通過駅の西小山駅より利用者が少ない。当駅は主に目黒線と大井町線の相互間の乗り換えがメインであるため、改札を通らないことから乗降人員に数えられていない[5]。近年の1日平均乗車人員は下記の通り。
| 年度 | 目黒線[6] | 大井町線 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 1990年 | 28,151 | 29,666 | [7] |
| 1991年 | 28,055 | 30,117 | [8] |
| 1992年 | 27,132 | 28,921 | [9] |
| 1993年 | 25,995 | 28,052 | [10] |
| 1994年 | 9,041 | 10,896 | [11] |
| 1995年 | 8,962 | 10,833 | [12] |
| 1996年 | 8,934 | 10,268 | [13] |
| 1997年 | 8,825 | 9,986 | [14] |
| 1998年 | 8,496 | 9,647 | [15] |
| 1999年 | 8,568 | 9,680 | [16] |
| 2000年 | 9,321 | 9,578 | [17] |
| 2001年 | 9,899 | 9,279 | [18] |
| 2002年 | 8,438 | 10,912 | [19] |
| 2003年 | 8,560 | 11,497 | [20] |
| 2004年 | 8,493 | 11,671 | [21] |
| 2005年 | 8,590 | 11,762 | [22] |
| 2006年 | 8,666 | 11,940 | [23] |
| 2007年 | 9,538 | 12,074 | [24] |
| 2008年 | 9,786 | 12,518 | [25] |
| 2009年 |
[編集] 駅周辺
当駅は大田区にあるが、目黒区と接しており、「大岡山」の地名は目黒区側にある。
[編集] 歴史
- 1923年(大正12年)3月11日 - 目黒蒲田電鉄線(現・目黒線)開業。
- 1927年(昭和2年)7月6日 - 目黒蒲田電鉄大井町線開業。
- 1997年(平成9年)6月27日 - 地下化、方向別ホーム化工事完成。
- 2000年(平成12年)8月6日 - 目蒲線が目黒線と東急多摩川線に分割され、当駅は大井町線と目黒線の駅となる。
- 2002年(平成14年)2月25日 - 東急病院口新設。
- 2007年(平成19年)11月3日 - 駅直上に東急病院が移転、東急病院口を東口に改称。
[編集] 駅名の由来
地名の「大岡山」に由来する。
昔からある地名で、明治時代はこの地は荏原郡碑衾村大字衾字平南大岡山・平北大岡山であった事から「大岡山」と命名された。しかし、その由来は諸説があってはっきりしない。
大岡山駅周辺の大地主である岡田家が所有していた山から付けられたとする姓氏説と、この近辺が昔から狭くて小高い丘や小さな山、谷が多かった事を意味する「大岡」と「山」が合わさって「大岡山」になったとする地理説がある。
[編集] 隣の駅
- 東京急行電鉄
- ■目黒線
- ■大井町線
[編集] 脚注
- ^ 2000年のスタンプラリー冊子には半地下という記述もある。
- ^ 日経アーキテクチュア2008.01.14、pp90 - 95、「REview 東急大岡山駅上東急病院」
- ^ 東急電鉄「各駅乗降人員」
- ^ 東急電鉄「各駅乗降人員」
- ^ 東急の駅で接続路線がある駅のほとんどは同様の例で、乗降人員に数えられていない(中目黒駅などを除く)。
- ^ 2000年8月5日までは目蒲線
- ^ 東京都統計年鑑(平成2年)226ページ
- ^ 東京都統計年鑑(平成3年)232ページ
- ^ 東京都統計年鑑(平成4年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成5年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成6年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成7年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成8年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成9年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成10年) (PDF)
- ^ 東京都統計年鑑(平成11年) (PDF)
- ^ 東京都統計年鑑(平成12年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成13年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成14年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成15年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成16年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成17年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成18年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成19年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成20年)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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