多摩川駅
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| 多摩川駅 | |
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駅全景(2008年3月5日撮影)
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| たまがわ - Tamagawa | |
| 所在地 | 東京都大田区田園調布一丁目53-8 |
| 所属事業者 | 東京急行電鉄 |
| 駅構造 | 高架駅(東横線・目黒線) 地下駅(東急多摩川線) |
| ホーム | 島式 2面4線(東横線・目黒線) 島式 1面2線(東急多摩川線) |
| 乗降人員 -統計年度- |
(東横線)13,411人/日 (目黒線)2,884人/日 (東急多摩川線)3,195人/日 (合計)19,490人/日 -2008年- |
| 開業年月日 | 1923年(大正12年)3月11日 |
| 乗入路線 3 路線 | |
| 所属路線 | ■東横線 ■目黒線*(路線所属は東横線) |
| キロ程 | 9.0km(渋谷起点) 7.3km(目黒起点) |
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◄田園調布 (0.8km)
(1.3km) 新丸子►
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| 所属路線 | ■東急多摩川線 |
| キロ程 | 0.0km(多摩川起点) |
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(0.9km) 沼部►
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| 備考 | * 共用区間 |
多摩川駅(たまがわえき)は、東京都大田区田園調布一丁目にある東京急行電鉄の駅である。
目次 |
[編集] 利用可能な鉄道路線
備考 線路名称上は、当駅を通る路線は東横線と東急多摩川線である。詳細は各路線の記事および鉄道路線の名称等を参照。
[編集] 駅構造
高架に島式ホーム2面4線、地下に島式ホーム1面2線がそれぞれ設置されている。高架の外側2線を東横線、内側2線を目黒線、地下の2線を東急多摩川線が使用する。目黒線ホームにはホームドアが設置されている。
トイレは改札内にあり、多機能トイレも設置されている。 エレベーターはホームの横浜・蒲田寄りに設置されていて高架ホームから地下ホームまで直結する。
改札は1か所だが、東口、西口、南口の3方向から出入りすることが可能である。
[編集] のりば
| 1 | ■東横線 | 武蔵小杉・菊名・横浜・ みなとみらい線直通 元町・中華街方面 |
|---|---|---|
| 2 | ■目黒線 | 武蔵小杉・日吉方面 |
| 3 | ■目黒線 | 田園調布・大岡山・目黒・ ○南北線直通 赤羽岩淵・埼玉高速鉄道線直通 浦和美園・ ○都営三田線直通 西高島平方面 |
| 4 | ■東横線 | 自由が丘・中目黒・渋谷・ ○日比谷線直通 北千住方面 |
| 5・6 | ■東急多摩川線 | 下丸子・蒲田方面 |
[編集] 駅舎改良
1988年11月から1997年6月にかけて、東横線複々線化事業の一環として田園調布 - 多摩川(旧・多摩川園)間改良工事が行われた。それに伴い、当駅についても駅舎の大規模改造工事が行われた。これは閑静な住宅街の中での工事で、夜間工事はできず、長期にわたる難工事となった。
改良工事前までは開業当時からの駅舎であり、改札口は現在の南口にしかなかった。現行の駅舎は旧駅の面影を全く留めていない。東横線と目蒲線は別線で、田園調布と多摩川(当時・多摩川園)の両駅間の土塁を複々線で走っており、田園調布駅とともに3面4線の形態であったが、改良工事着手後は2面4線に改められた。目蒲線は当駅から沼部方面になだらかに坂を下って多摩川第一踏切で平面となり、駅を出てすぐのところに多摩川園への入口となるコンクリート製のガードがあった。東横線は横浜方面のホームが多摩川橋梁への急カーブにかかっており、下り横浜方面の線路はホームと車両が離れているのでカントがつけられず、上り線よりカーブが外側にも位置するにも関わらず駅を通過する急行は徐行運転を余儀なくされていた。また上り線は最後尾車両が傾いたまま停車するため、朝ラッシュ時にはドアが開くと人が降ってくるような状況で、いずれにせよ乗降に危険な駅であった。
複々線化事業に伴い目蒲線は当駅で分断され、目黒方面は東横線と同方向・同一ホーム2面4線の高架ホームとして50m程田園調布寄りに移動して急曲線ホームを解消させた他、蒲田方面は新たに1面2線の地下ホームでの営業となった。目蒲線の地下への線路付け替え工事は終電後始発電車までの間に行われ、一夜にして切り替わった。
また、多摩川橋梁のところで交差する東京都道11号大田調布線(多摩堤通り)のガードの高さが3.3mしかなく、トラックが衝突して死亡事故も発生していたため嵩上げされたので、当駅も旧駅より高くなった。
当初は田園調布駅とともにエレベーターを設置する予定はなかったが、地元住民の運動により設置が決定され、その後の日本の鉄道駅の本格的なバリアフリー化の嚆矢となった。
この工事は多摩川橋梁架替・増設工事(1997年12月完成)と新丸子⇔武蔵小杉間線増工事(2000年9月完成)に先行して行われたため、2000年8月6日の目黒線営業開始までの間、目蒲線は新しい地下駅を利用し、そこから田園調布方面に直通していた。この線路はその後も連絡線として使われており、田園調布駅から当駅に向かってすぐ、地下へのトンネルを見ることができる。なお、目黒線開業までは現・目黒線に線路が敷設されていなかった。
[編集] 構内施設
- 梅もと(立ち食いそば・うどん店)
- 神戸屋(ベーカリー)
[編集] 利用状況
- 各線の1日平均乗降人員は以下の通りである。
- 東横線 - 13,208人(2007年度、東横線内21駅中20位)
- 目黒線 - 2,618人(2007年度、目黒線内最下位)
- 東急多摩川線 - 2,943人(2007年度、東急多摩川線内最下位)
東横線と目黒線の急行停車駅で、東急の3路線が集結する重要な駅にもかかわらず、3路線とも乗降人員の少ない駅である。これは主な利用形態が各路線(主に多摩川線⇔東横・目黒線)相互間の乗り換えであり、改札を通らないことから乗降人員に数えられていないためである。そのため、実際には当駅乗降人員よりもはるかに多い乗り換え利用者がいる。
[編集] 駅周辺
- 田園調布一郵便局
- 多摩川台公園
- 田園調布せせらぎ公園(多摩川園遊園地・多摩川園ラケットクラブ跡地)
- 東急スイミングスクールたまがわ
- 多摩川浅間神社
- 多摩川緑地広場硬式野球場(旧巨人軍多摩川グラウンド)
- 丸子橋
- 東京都道2号東京丸子横浜線(中原街道)
[編集] 路線バス
駅前の道路が狭隘で、折り返し場や駅前広場も確保できないため、南口より先の多摩堤通り交差点近辺の東急スイミングスクール駐車場前に広場があり、東急バスが運行している路線バスが乗り入れている。
[編集] 歴史
- 1923年(大正12年)3月11日 - 目黒蒲田電鉄・目黒 - 丸子駅(現・沼部)間開通と同時に多摩川駅として開業。
- 1926年(大正15年)2月14日 - 駅名を丸子多摩川駅に改称。
- 1931年(昭和6年)1月1日 - 近くにある「多摩川園遊園地」の名前を取って駅名を多摩川園前駅に改称。
- 1977年(昭和52年)12月16日 - 駅名を多摩川園駅に改称。その多摩川園遊園地は1979年6月に閉園した。
- 2000年(平成12年)8月6日 - 目蒲線の東急多摩川線・目黒線への分割を契機に、駅名を再び多摩川駅に改称。東横線の急行停車駅に追加される。
[編集] その他
- 多摩川沿いには、他にも「多摩川」を名称に含む駅(小田急小田原線和泉多摩川駅と京王相模原線京王多摩川駅)がある。ともに、その路線において東京都側の多摩川に最も近い駅の一つである。他に近い駅としては田園都市線と大井町線の二子玉川駅がある。
- 目蒲線分離の見返りとはいえ、東横線の急行が当駅に停車したことにより、菊名以北で実質的に「隔駅停車」(当駅 - 自由が丘駅間は3駅連続停車)となった。そのような事情もあり、東急多摩川線との連絡駅であるが、当駅は特急・通勤特急の通過駅となった。
- 目黒線経由東横線直通の臨時列車「みなとみらい号」の停車駅でもある。2006年8月運転分までは目黒線ホームに停車していたが、同年12月運転分から目黒線 - 東横線間の転線が田園調布駅に変更されたため、東横線ホームに停車する。
- 当駅での遺失物は目黒駅に収集される。
[編集] 多摩川アートラインプロジェクト本部
2007年11月3日から同年11月11日まで実施された多摩川アートラインプロジェクトでは、蒲田駅とともに本部が設置された。また、アートが施された駅では最も多く施された。
- 逢坂卓郎「Rainbow Steps - 虹の階段」
- アトリエ・ワン+山崎徹也「インフォトンネル」
- 内田繁「山居」
- 枯山水サラウンディング「八水響」
- 渡辺元佳「多摩川“猿” たまがわえん」
[編集] 隣の駅
- 東京急行電鉄
- ■東横線
- ■目黒線
- 急行
- 田園調布駅 - 多摩川駅 - 武蔵小杉駅
- 各駅停車
- 田園調布駅 - 多摩川駅 - 新丸子駅
- 急行
- ■東急多摩川線
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- 多摩川駅 - 沼部駅
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[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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