学芸大学駅
| 学芸大学駅 | |
|---|---|
駅西口(2010年3月20日)
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| がくげいだいがく - Gakugei-daigaku | |
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◄祐天寺 (1.0km)
(1.4km) 都立大学►
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| 所在地 | 東京都目黒区鷹番三丁目2-1 |
| 所属事業者 | 東京急行電鉄(東急) |
| 所属路線 | ■東横線 |
| キロ程 | 4.2km(渋谷起点) |
| 駅構造 | 高架駅 |
| ホーム | 島式 1面2線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
70,094人/日 -2009年- |
| 開業年月日 | 1927年(昭和2年)8月28日 |
学芸大学駅(がくげいだいがくえき)は、東京都目黒区鷹番三丁目にある、東京急行電鉄東横線の駅である。
駅名の由来となった東京学芸大学は1964年に小金井市へ移転しているが、東京学芸大学附属高等学校は当駅を最寄り駅として現存している。
目次 |
[編集] 駅構造
島式ホーム1面2線を有する高架駅である。改札とホームを連絡するエレベーター・エスカレータが設置されている。トイレは1階改札口内にある。2006年3月までは駅構内にはなく、駅外にある目黒区設置の公衆トイレを使わなければならなかった。どちらも多機能トイレは設置されている。駅構内のものは乳幼児・オストメイト対応設備を備えている。
2012年度から予定されている東京地下鉄副都心線との相互直通運転開始に向け、10両編成の急行電車が停車できるようにするためホーム延伸工事が行われており、同時に耐震補強工事も進行中である。
[編集] のりば
| 1 | ■東横線 | 自由が丘・横浜・みなとみらい線 元町・中華街方面 |
|---|---|---|
| 2 | ■東横線 | 中目黒・渋谷・ |
[編集] 利用状況
2009年度の1日平均乗降人員は70,094人である[1]。近年の1日平均乗車人員は下記の通り。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
出典 |
|---|---|---|
| 1990年 | 36,918 | [2] |
| 1991年 | 37,014 | [3] |
| 1992年 | 36,227 | [4] |
| 1993年 | 35,545 | [5] |
| 1994年 | 35,290 | [6] |
| 1995年 | 35,202 | [7] |
| 1996年 | 35,167 | [8] |
| 1997年 | 34,584 | [9] |
| 1998年 | 33,110 | [10] |
| 1999年 | 33,033 | [11] |
| 2000年 | 32,751 | [12] |
| 2001年 | 32,823 | [13] |
| 2002年 | 32,575 | [14] |
| 2003年 | 32,464 | [15] |
| 2004年 | 32,704 | [16] |
| 2005年 | 33,364 | [17] |
| 2006年 | 34,356 | [18] |
| 2007年 | 35,120 | [19] |
| 2008年 | 35,203 | [20] |
| 2009年 |
[編集] 駅周辺
- 学芸大学東急ストア - 2008年3月より2年間の予定で改装のため旧店舗を閉鎖し、横浜側ガード下にて規模を大幅縮小し営業中だったが、2010年5月20日に改札前にリニューアルオープンをした。
- 碑文谷公園
- 東京学芸大学附属高等学校
- 放送大学東京世田谷学習センター - 東京学芸大学附属高等学校に隣接。
- 東京地方裁判所民事執行センター
- 目黒郵便局
- 東京法務局目黒出張所 - 目黒郵便局に隣接。
- ダイエー碑文谷店
- 駐日カザフスタン共和国大使館
- 駐日カメルーン共和国大使館
- 目黒星美学園小学校
- 目黒区役所中央地区サービス事務所
- 目黒区立目黒本町図書館
- 目黒鷹番郵便局
- 学芸大学前郵便局
- 円融寺
- カトリック碑文谷教会
[編集] バス路線
[編集] 歴史
- 1927年(昭和2年)8月28日 - 碑文谷駅として開業。
- 1936年(昭和11年)4月1日 - 青山師範駅に改称。
- 1943年(昭和18年)2月1日 - 第一師範駅に改称。
- 1952年(昭和27年)7月1日 - 学芸大学駅に改称。
[編集] 駅名・周辺地名
開業時の駅名「碑文谷」(ひもんや)は現在の目黒区南部一帯の広域名称。荏原郡碑文谷村が1888年(明治21年)衾村(ふすまむら。現在の目黒区環七通り以南)と合併して碑衾村(ひぶすまむら。1927年に町制を施行して碑衾町)となった際に大字となっていた。駅は碑衾村大字碑文谷字鷹番に設置されたので、大字を駅名として採用した。なお、字「鷹番」は現在の駅所在地名となっている。
「碑文谷」の由来には諸説あるが、一説には鎌倉街道端にあった碑文を刻んだ石(碑文谷八幡宮に現存。その他由来は諸説あり。)に因むとされている。「鷹番」は江戸幕府が設置した目黒鷹場の鷹番屋敷が置かれていたことにちなんでいる。
周辺の目黒区側には五本木や、三谷(さんや)、唐が崎(からがさき。三谷と唐が崎は住居表示からは消滅)、そして世田谷区側には下馬、さらに野沢がある。
1936年(昭和11年)、それまで赤坂区青山北町(当時)にあった東京府青山師範学校の世田谷下馬町への移転・誘致に東京横浜電鉄が成功、その最寄り駅として「青山師範駅」に改称された。以後、同校の改称に伴って駅名も「第一師範駅」、さらに「学芸大学駅」へと変更された。東京学芸大学は1964年(昭和39年)に小金井市に移転した。2000年の東急線内における一部の路線名・駅名・運転系統変更時や、2001年の特急運転開始時、2004年の横浜駅 - 桜木町駅間廃止及びみなとみらい線との相互直通運転開始時など、節目ごとに駅名を変更するかどうか議論されたが、地域住民の賛同が得られず現在に至っている。
[編集] その他
乗換駅でもなく、駅前にバスターミナルが無いにもかかわらず急行停車駅となっているのは、急行運転設定当時、この駅周辺が市街地と郊外の境界となっていたことが理由とされており、周辺は古くからの繁華街でもあった[21]。以前は目黒区役所の最寄り駅でもあったが、区役所が中目黒駅近くにある旧千代田生命保険本社ビルに移ってからも、通勤客が多いため、利用者はほとんど減っていない。そのため、朝のラッシュピーク時間帯に運行されている急行渋谷行には乗車できない場合がある。
[編集] 隣の駅
[編集] 脚注
- ^ 東急電鉄「各駅乗降人員」
- ^ 東京都統計年鑑(平成2年)226ページ
- ^ 東京都統計年鑑(平成3年)232ページ
- ^ 東京都統計年鑑(平成4年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成5年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成6年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成7年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成8年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成9年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成10年) (PDF)
- ^ 東京都統計年鑑(平成11年) (PDF)
- ^ 東京都統計年鑑(平成12年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成13年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成14年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成15年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成16年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成17年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成18年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成19年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成20年)
- ^ 急行運転開始当初から当駅が停車駅であったが、比較的規模の大きい中目黒駅は通過駅であったこともそのことを覗わせている。ちなみに隣の祐天寺駅はバスターミナルがあるが急行停車駅ではない。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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