元住吉駅
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 元住吉駅 | |
|---|---|
改札口(2008年10月23日撮影)
|
|
| もとすみよし - Motosumiyoshi | |
|
◄武蔵小杉 (1.3km)
(1.5km) 日吉►
|
|
| 所在地 | 川崎市中原区木月一丁目36-1 |
| 所属事業者 | 東京急行電鉄(東急) |
| 所属路線 | ■東横線 ■目黒線*(路線所属は東横線) |
| キロ程 | 12.1km (渋谷起点) 10.4km(目黒起点) |
| 駅構造 | 高架駅 |
| ホーム | 島式 2面4線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
(東横線)51,529人/日 (目黒線)10,620人/日 (合計)62,149人/日 -2008年- |
| 開業年月日 | 1926年(大正15年)2月14日 |
| 備考 | * 共用区間 |
元住吉駅 配線図 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
元住吉駅(もとすみよしえき)は、神奈川県川崎市中原区木月一丁目にある東京急行電鉄の駅である。
目次 |
[編集] 利用可能な鉄道路線
備考 線路名称上は、当駅を通る路線は東横線のみである。詳細は各路線の記事および鉄道路線の名称等を参照。
[編集] 駅構造
外側には東横線の特急・通勤特急・急行の通過線が2線あり、ホームは設置されていない。
2007年8月22日まで当駅での列車の待避は一部の時間帯のみで行われ、地平駅時代は外側待避線で、現在の駅になってからは東横線ホームで行われた。しかし、翌23日から目黒線延伸準備のために日吉駅での待避もすべて当駅に移行された。
駅舎や改札口のある改札階は渋谷方の3階(ホームの上)で、改札階 - 出入口間は長いエスカレータやエレベーターなどで連絡されている。但し、階段とエレベーターは西口側に存在しているが、東口側にはない。出入口は東口と西口の2ヶ所があり、踏切の脇に出る構造になっている。3階は開放的な造りのコンコースで植栽もされ、飲食店などの店舗も営業し、改札前広場のガラス張りの壁から階下の線路や列車を眺める事ができる。改札内も広々と造られており、同じくガラス張りの壁からホームを見下ろせる。ホームは2階にあり、階段・エスカレータ・エレベーターで接続する。
また、トイレは旧駅舎時代、駅外に公衆トイレがあった事から構内には設置されていなかったが、駅舎改築に際して改札内に新設された。ユニバーサルデザインの一環として、多機能トイレも併設されている。
[編集] 環境に優しい駅
当駅は、環境に配慮した駅を謳っているのが特徴に挙げられる。
ホーム及びコンコースの屋根部分に鉄道駅で最大級となる太陽光発電システムを導入しており、最大出力時に駅で使用する電力の約14%程度を賄えるという。改札内・外コンコースに液晶ディスプレイがそれぞれ1台設置され、発電量を表示するだけでなく、地域の既存ネットワークを活用した天気予報や企業広告などの表示も視野に入れている。なお、このディスプレイは大井町線の各駅などに設置されている「東急お知らせモニター」とは別物である。
発電パネルには田園都市線の南町田駅でも実績のある透過(採光)型建材一体型パネルが採用され、従来型パネルのバックシートを透過(採光)型に変更する事で製品重量の増加を避けた。駅舎部のトップライトは耐火性が要求されるのでパネルの下面(室内側)に網入りガラスを取り付けた二重構造である。これは透過型で、日中はセルの隙間から太陽光を透過させて照明負荷の軽減を図りつつ、シルエットで太陽光発電の存在を認めうる。夜間はモジュール裏面(駅舎は網入りガラス裏面)に貼り付けた乳白色フィルムに室内照明光が反射し、内観は間接照明風で、昼夜で表情が異なる。パネル全体の透過率は約15%で、夏場のホームの暑さ対策を行っている。発電出力はホーム上家部で約100kW、コンコース部で約40kWである。今回は新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO) の太陽光発電新技術フィールドテスト事業の建材一体型システムの共同研究として設置され、太陽光発電システム事業費の50%の助成を受けている。太陽電池モジュールは単位面積当たりの変換効率の高い単結晶セルを強化ガラスと透過性のあるバックシートでラミネートした構造である。発電した直流電流を系統交流電力に変換するパワーコンディショナーは、プラットホーム上下線を区分けして50kWを2台、コンコース用に40kW1台の構成で、故障時に備えた。交流に変換した電力は高圧一般配電線に系統連係され、駅構内の他負荷設備に供給される。この設備で年間約121000kW/hの発電量が期待され、重量換算で約73tの二酸化炭素削減の効果がある[要出典]。
また、ホームや線路に降った雨水を線路下の貯水タンクに貯めて浄水し、トイレの洗浄水として利用している。従来、駅構内トイレの様に水道使用量が多大で、雨水利用による節水効果が高い施設での採用事例は少ない。当駅でのトイレ洗浄水量は1日約19ℓ程度で、雨水利用による節水効果が高いと見られる。ホーム上家の雨水を雨水貯留タンク(約50ℓ)に貯水し、濾過器で濾過した後、トイレ洗浄水として利用している。上水代替率年間約25%が目標である。鉄道駅の場合、大容量雨水貯留タンクをどこに設置するかが問題になるが、当駅はホーム下に置かれた。また、トイレ洗浄水系統の給水ポンプも地上階ではなくホーム階レベルに設置する事により、搬送動力削減も実現した[要出典]。
[編集] 駅構造の推移
2006年9月23日まで当駅は地上駅であり、島式ホーム2面4線で、内側が本線、外側が待避線であった。同日まで使用されていたホームは2代目であり、開業時から1963年頃までの初代のホームは現行の高架駅とほぼ同じ位置にあったが、ホーム及び元住吉検車区の拡張によりホームを渋谷方に移動した。なお、ホームの数は初代から現行の3代目まで同じである。また、出入口は西口と東口の2ヶ所で、それぞれ踏切の東西の脇に出るようになっていた。これは開業時からほぼ同位置である。
通常は特急・通勤特急・急行が通過するが、前記したように駅の南側に車両基地(元住吉検車区)があり、地上駅時代は駅から直接出・入庫が可能だったため、当駅発元町・中華街(桜木町)行及び渋谷行や元町・中華街(桜木町)発当駅行の急行が設定されていた[1]。高架後も当時の行先表示は字幕式の行先表示器に残されている。
- 初代ホーム(1926年2月14日~1963年頃)
- 改札:橋上式、階段:それぞれのホームの渋谷方の端、改札口:橋上の1ヶ所のみ
- 2代目ホーム(1963年頃~2006年9月22日)
- 改札:地下式、階段:それぞれのホームの横浜方の端、改札口:地下の1ヶ所のみ
- 3代目ホーム(2006年9月23日~)
- 改札:高架式、階段・エスカレータ・エレベーター:それぞれのホームの渋谷方の端(階段とエレベーターは西口側に存在し、東口側にはない)、改札口:ホーム上の1ヶ所のみ
[編集] のりば
| 通過線 | ■東横線 | 特急・通勤特急・急行が使用する |
| 2 | ■東横線 | 菊名・横浜・みなとみらい線 元町・中華街方面 |
| 3 | ■目黒線 | 日吉行き |
| 4 | ■目黒線 | 武蔵小杉・大岡山・目黒方面 ○南北線 赤羽岩淵・埼玉高速鉄道線 浦和美園方面 ○都営三田線 西高島平方面 |
| 5 | ■東横線 | 武蔵小杉・自由が丘・中目黒・渋谷方面 ○日比谷線 北千住方面 |
| 通過線 | ■東横線 | 特急・通勤特急・急行が使用する |
- 備考
- 3・4番線ホームは2008年6月22日の目黒線の日吉延伸時より使用を開始した。ホームドア(6両分)は設置済みであるが、現在のところ目黒線の8両化は予定されていないため、日吉方2両分にガラス柵が設置されている。
- 通過線にホームはないが、下りが1番線、上りが6番線である。そのため、ホームの番線表示は2~5番線が振られている。
- ホームの有効長は20m級車両8両分である。
- 駅名標には、新駅舎完成から平仮名・ローマ字表記に加えて東急では初めて中国語や韓国語の併記もなされた。その後も田園調布や武蔵小杉などで順次導入されている。
- 東横線の武蔵小杉寄りに非常用の渡り線が設置されている。
[編集] 元住吉検車区
2006年9月23日までの地上駅時代は当駅から元住吉検車区に出入りできる構造になっており、上下線双方から当駅始発・終着列車が朝ラッシュ時や夜間に多数存在していた。
しかし、当駅が高架化されてからは駅舎が200m程日吉寄り、すなわち元住吉検車区の直上に移設されたため、当駅から同検車区には直接出・入庫できない構造となっている。このため、出・入庫列車は隣の武蔵小杉発着となり、目黒線の線路を経て検車区まで回送する。検車区から出庫する電車は同駅が始発駅となるが、横浜方面へ向かう電車については下り出庫線を使用して隣の日吉始発となる電車がほとんどである。なお、東京地下鉄(東京メトロ)日比谷線からの直通電車が元住吉検車区に出・入庫する場合は全列車が武蔵小杉駅発着となる。
前述の通り、地上駅時代は上下線双方から当駅発着の電車が多数存在していたが、元町・中華街方面からの武蔵小杉行(検車区へ入庫する電車)は減少し、終電間際の一部電車に限られており、渋谷方面からの武蔵小杉行が多い。これは、元町・中華街方面から入庫する場合、武蔵小杉まで客扱いをし、一旦同駅で方向転換をして検車区に向かわなければならないので、運行ダイヤを円滑に進めるためにこのようなダイヤ構成となっている。
この事から、検車区への入庫も兼ねた東京地下鉄03系或いは東急1000系による菊名始発当駅行は消滅し、当駅高架化以降は回送扱いで武蔵小杉に到着した後、目黒線に転線した後に検車区に入庫する、という方法が採られている。
但し、高架化後も東横線の上下線双方の終電(各駅停車)1本だけは従来通り当駅止まりであり、当駅終着後そのままホームに滞泊し、翌日午前5時発の当駅始発列車(元町・中華街行と渋谷行)として運行する。なお、目黒線の当駅止まり・始発の列車はない。
[編集] 臨時運行による特例
- ゴールデンウィークや夏休み、クリスマスシーズンなどに運行される臨時急行「みなとみらい号」のうち、北千住発着列車は従来日吉で特急の通過待ちを行っていたが、同駅への目黒線乗り入れで同駅での待避が不可能になった関係で2006年12月運行分より当駅に停車し、通過待ちを行うようになった。なお、2008年7月運行分より高島平発着列車が、同年12月運行分より浦和美園発着列車がそれぞれ当駅に停車するようになった。
- 2007年6月30日と7月1日に運転された臨時列車「リバイバル急行8000系号」で、上り一方向のみだが「急行 元住吉行」が復活した。当駅の5番線に乗客を降ろした後、回送扱いで武蔵小杉で折り返し、出・入庫線を通って元住吉検車区に入庫した[2]。
- 2007年7月12日に運転された東横線開業80周年記念の祝賀列車は渋谷からの片道運転で、当駅到着後日吉へ回送し、折り返し当駅を通過して武蔵小杉まで回送、さらに折り返して出・入庫線を通って元住吉検車区に入庫した。
- 2008年1月13日に運転された8000系のさよなら運転[3]が実施された際は、今まで設定された事のなかった「特急 元住吉行」が運行され、特急停車駅の他に通常特急が停車しない当駅にも停車した。また、当駅で定期列車の特急渋谷行及び元町・中華街行の通過待ちをするという特急が特急の通過待ちという珍しい光景も見られた。
[編集] 利用状況
2007年度の1日平均乗降人員は61,425人(東横線内第10位)である。目黒線が延伸するまでは東横線の各駅停車しか停車しない駅の中で最も多かった。
[編集] 駅周辺
「元住吉」も参照
当駅から2つの商店街に直結している。西口からはブレーメン通り商店街、東口からはオズ通り商店街が伸び、駅前の踏切で結ばれている。
元住吉検車区の南にある綱島街道と尻手黒川道路との交差点である木月四丁目交差点は、四つ角の4ヶ所に焼肉店があったため(現在は3店)、通称「焼肉交差点」と呼ばれる事もある。なお、同交差点の近くでは2006年9月24日に東横線と尻手黒川道路の逆立体化工事が行われ、それまで東横線が地平、尻手黒川道路が橋上であったのを、東横線が高架、尻手黒川道路が地平になるように切り替えられた。
- 住吉神社
- 労働者健康福祉機構関東労災病院
- 東京都道・神奈川県道2号東京丸子横浜線(綱島街道)
- 神奈川県道14号鶴見溝ノ口線(尻手黒川道路)
- 東京急行電鉄元住吉検車区
- 東急教習所・動力車操縦者養成所
- 神奈川県立住吉高等学校
- 法政大学第二中・高等学校
- 中原平和記念公園
- 川崎市平和館
- 川崎市国際交流センター
- 住吉書房本店
- 川崎木月郵便局
- 川崎ブレーメン通郵便局
- 川崎木月大町郵便局
[編集] 路線バス
[編集] 元住吉駅前
[編集] 元住吉(綱島街道、東口から徒歩2分)
- 川崎市交通局・川崎鶴見臨港バス
- 1番乗り場
- 2番乗り場
- 3番乗り場
- <川63・川64・川66> 上平間・川崎駅西口(市営)※朝のみ
- <原62> 新川崎駅入口(臨港)※朝のみ
[編集] 歴史
- 1926年(大正15年)2月14日 - 開業。当時は橋上駅舎。
- 1963年(昭和38年) - 駅を渋谷方に移動し、駅舎を地下化。
- 2006年(平成18年)
- 2007年(平成19年)8月23日 - 日吉駅2・3番線ホームの東横線から目黒線への発着路線変更に関する工事に伴い、従来同駅で行っていた待避をすべて当駅に移転。
- 2008年(平成20年)
[編集] 駅名の由来
かつてこの辺りは橘樹郡住吉村であったが、1925年(大正14年)に中原町に合併され、「住吉」の地名がなくなった事から、翌1926年(大正15年)の東京横浜電鉄開業時にこの地に設置する駅の名称を地元からの要望にて「元住吉」と命名した事による。「元の住吉村」という意味である。なお、現行の地名の木月は住吉村となる前の木月村に由来する。
[編集] 川崎縦貫高速鉄道線計画
川崎縦貫高速鉄道線は、当初の計画では新百合ヶ丘駅から当駅を介して川崎駅までを結ぶ予定だった。しかし、採算性を理由に2005年(平成17年)に川崎市が当駅から武蔵小杉駅への接続に計画を変更している。
[編集] 隣の駅
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
|
|||||
|
|||||

