都立大学駅

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都立大学駅
とりつだいがく - Toritsu-daigaku
学芸大学 (1.4km)
(1.4km) 自由が丘
所在地 東京都目黒区中根一丁目5-1
所属事業者 東京急行電鉄(東急)
所属路線 東横線
キロ程 5.6km(渋谷起点)
駅構造 高架駅
ホーム 相対式 2面2線
乗降人員
-統計年度-
47,883人/日
-2008年-
開業年月日 1927年(昭和2年)8月28日

都立大学駅
配線図

学芸大学駅

2 1


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自由が丘駅

ホーム

都立大学駅(とりつだいがくえき)は、東京都目黒区中根一丁目にある、東京急行電鉄東横線である。

「都立大学」という駅名ではあるが、隣駅の学芸大学駅と同様に、同名の大学は最寄りに存在しない(後述)。ただし、附属高校は最寄りに存在する。

目次

[編集] 駅構造

相対式ホーム2面2線を有する高架駅である。ホームと改札との間にはエレベーターが設置されている。トイレはホーム行きエレベーターの手前にある。下り(元町・中華街方面)ホーム行きエレベーターの手前に女性用が、上り(渋谷方面)ホーム行きエレベーターの手前に男性用がある。多機能トイレは男女各トイレに1室ずつ用意されている。

[編集] のりば

1 東横線 自由が丘武蔵小杉菊名横浜
みなとみらい線直通 元町・中華街方面
2 東横線 中目黒渋谷日比谷線直通 北千住方面

[編集] 駅周辺

[編集] 路線バス

[編集] 歴史

[編集] 駅名の由来

開業時は荏原郡碑衾村大字衾の字柿ノ木坂に立地していたことから、そのまま地名を採用し柿ノ木坂駅となった。

1930年、東京横浜電鉄の事実上の創業者である五島慶太の沿線開発策の一環として、碑衾村大字衾の地(現在の目黒区八雲一丁目)を買収して、都立大・都立大附属高校の前身である旧制府立高等学校を赤坂区(現在の港区)山王下から誘致することが決まり、翌年駅名もこれに合わせて府立高等前駅に変更になった。実際の移転はさらにその翌年7月だった。以降、同校の名称変更に伴い駅名も変更された。

1991年、東京都立大学八王子市南大沢一丁目へ移転したが、駅名は変更されなかった。なお、東京都立大学附属高等学校は目黒区八雲の都立大学跡地に隣接して存在する。

東京都立大学の移転時や、目黒線東急多摩川線などの路線名変更の際、みなとみらい線への直通運転開始時などに、駅名を変更するかどうか議論が起こった。実際に1999年5月、東京急行電鉄は地域住民に、駅名を「都立大学」から変更することについてアンケートをとった。結果、投票数1066票、改称賛成630票、反対436票で賛成が反対を上回っていたものの「改称賛成が3分の2に達しない」という理由で、改称が見送られた[1]。地域商店街マンション名にも使用されているなど、長年にわたって周辺地域名としても定着しており、変更されないまま現在に至っている。

学芸大学駅と同様に、入学試験当日に東京都立大学の受験生が間違えて当駅に下車することがあった。ただし、東京都立大学は2005年に首都大学東京として改称・再編され、「都立大学」の学生募集も停止され、2011年3月に閉学する予定である。そして付属高校も統合されて「都立大学」を冠した校名が完全に消滅すると、西武新宿線都立家政駅のように存在しない学校名を掲げた駅名となる。

[編集] 隣の駅

東京急行電鉄
東横線
特急・通勤特急・急行
通過
各駅停車
学芸大学駅 - 都立大学駅 - 自由が丘駅

[編集] 備考

  • 乗客に券売機の使用法を質問された当駅の駅員が、この乗客に暴言を浴びせるうえ負傷させるという不祥事が2000年1月30日に発生した。
  • 2000年9月に当駅構内で当時タレントだった田代まさしが不祥事を起こした。詳細は「田代まさし#芸能活動の休止と謹慎」を参照。

[編集] 脚注

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  1. ^学芸大学駅周辺情報 駅名の沿革」によると、学芸大学駅の駅名変更アンケートと同時期に実施された。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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