日蓮宗

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日蓮宗(にちれんしゅう)は、鎌倉時代中期日蓮によって興された仏教宗派法華宗とも称する。浄土真宗とともに一向宗的な趣きもある。(この点については一時期、他の宗派の寺院を破壊したり、認めなかった点で一つの方に向かう宗派と言える。普通、一向宗といえば通常は浄土真宗のことを指す。)

日蓮を宗祖とする諸宗派の最大宗派で、宗務院を池上本門寺東京都大田区池上総本山身延山久遠寺(くおんじ)に置く57本山の連合宗派で、「釈迦本仏論一致派」、「釈迦本仏論勝劣派」、「宗祖本仏論勝劣派」など教義の異なる諸門流を包含する日蓮系諸宗派中の最大宗派。寺院数5,200ヶ寺、直系信徒330万人。

用語の意義として、「日蓮正宗」他教義を異とする分派を含む場合がある。 また日蓮宗と歴史的に関連が深く、「南無妙法蓮華経」の題目を唱える新宗教系の信徒団体として立正佼成会霊友会佛所護念会教団等があり、直系とは別にこれら信徒団体在籍の400万世帯前後の信徒が存在する。

目次

[編集] 教義

釈迦の説いた法の極意が法華経にあるという中国天台大師教相判釈に基づき、鳩摩羅什(くまらじゅう)訳『妙法蓮華経』を所依の経典とする。

日蓮は、いかなる凡夫にも「仏性」が秘められており、「南無妙法蓮華経」(なむ・みょうほうれんげきょう)と題目を唱える「唱題」のを行えば「仏性」が顕現するという思想を説いた。

宗祖日蓮以降、本仏の位置付けや、所依の妙法蓮華経に対し勝劣の別を設けるかどうかなどの点から、思想面では大別して3つの分派が成立した。

本仏について
釈迦をもって本仏とするか、日蓮をもって本仏とするか
一致派勝劣派
所依の妙法蓮華経を構成する二十八品(28章)を前半の「迹門」、後半の「本門」に二分し、本門に法華経の極意があるとするのが勝劣派、二十八品全体を一体のものとして扱うべきとするのが一致派

現在、日蓮宗を構成している祖山1(総本山)、霊蹟寺院14(大本山7、本山7)、由緒寺院42(本山42)については上記各門流を抱合している。

[編集] 歴史

明治維新直後の廃仏毀釈の後、明治政府は仏教各派に対し一宗一管長制を打ち出し、統一教団の結成を要求。日蓮系の諸門流は、1872年(明治5年)、日蓮宗を形成した。この日蓮宗は、1874年(明治7年)、教義の違いから日蓮宗一致派日蓮宗勝劣派に二分した。1876年(明治9年)、一致派は日蓮宗と改称、「釈尊を本仏とする一致派」(日向門流日常門流など)の統一教団として再組織された。その際、日奥門流の不受不施派不受不施講門派が独立したが、その一方で、「釈尊を本仏とする勝劣派」や「日蓮を本仏とする勝劣派」の諸派にも大同団結を働きかけた。1941年(昭和16年)、時局緊迫を理由に政府当局が教祖、宗祖や教義を同じくする諸宗教、諸宗派に統合を迫るという時勢の後押しを受け、「釈尊を本仏とする勝劣派」である顕本法華宗日什門流)「日蓮を本仏とする勝劣派」である本門宗日興門流)と、日蓮宗が、形式上、それぞれの宗派を解消して対等の立場で合併(三派合同)、中世期に成立していた門流の多くと、思想的潮流の相当部分を包含する新生日蓮宗が結成された。終戦により「統合を強要する圧力」が消滅したりするのに伴い、旧顕本法華宗、旧本門宗に属する本山、末寺には日蓮宗より独立するものもあったが、旧顕本法華宗の改革派である本山妙國寺、本山本興寺、本山玄妙寺、本山妙立寺、や、旧本門宗の大本山重須本門寺、本山小泉久遠寺、本山柳瀬実成寺とそれらの末寺は引き続き、日蓮宗の内部で固有の教義を維持し続けている。 国柱会日本山妙法寺なども連合している。

[編集] 日蓮に対する天台教学の影響

仏性という用語は妙法蓮華経にはみえないが、これは仏性が初めて説かれる中期大乗経典大般涅槃経を依経とする涅槃宗中国天台宗が吸収したことによるものと考えられる。

  • 法華経の位置付け

法華経の位置付けは、中国天台宗の流れを汲む日本の最澄の開いた比叡山延暦寺での修行の影響とされる。
そもそも仏教は、開祖である釈迦の教えをその死後に弟子達が書き顕した膨大な量の経典に基づいており、一般には、それらを全て読破することは勿論、ましてや全ての意味を正確に理解することなどはきわめて困難である。中国では、さまざまな宗派が乱立していく中で、「一体どの仏典が仏教の一番肝心な教えなのか」という論点が仏教者の間で次第に唯一最大の関心事となっていったことは、ある意味、時代の必然であったと言える。天台大師智顗(ちぎ)は長年にわたる経典研究の結果、法華経サンスクリット語名「サッダルマ・プンダリーカ・スートラ」(「正しい法"白き蓮の花"」の意)を、釈迦が七十数歳にして到達した最高の教えであると結論付け、とりわけ鳩摩羅什(くまらじゅう)の手が入ったと言われる漢訳「妙法蓮華経」を最もすぐれた翻訳とした。

こうした天台大師智顗の思想の影響を受けて日蓮は法華経を最高の経典とした、という見方が一般的である。と同時に日蓮の心理的内面に即して言えば、何よりも彼は、法華経に書かれている行者の姿と自身の人生の軌跡が符合したことに最大の根拠を見出して、上行菩薩(本佛釈尊より弘通の委嘱を受けた本化地涌菩薩の上首)としての自覚を得るに至ったのである(上行応生)。

[編集] 主要寺院

日蓮宗は現在祖山、霊蹟寺院、由緒寺院、一般寺院に分けられておりかつての総本山、大本山、本山は祖山、霊蹟、由緒寺院となっている。 祖山、霊蹟、由緒寺院は「日蓮宗全国本山会」を組織している。総裁は身延山法主猊下(現在は内野日總猊下、潮師法縁)、会長は小町本覚寺永倉日侃貫首(潮師法縁)、事務局長は柳瀬實成寺曽根日包貫首(興統法縁)。

[編集] 宗務院

[編集] 大学

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[編集] 布教機関・新聞社


[編集] 関連項目

[編集] 宗祖日蓮と宗派をめぐる人々

[編集] 教義と門流

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[編集] 法華経について

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