龍口寺
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 龍口寺 | |
|---|---|
本堂、後背部は五重塔 |
|
| 所在地 | 神奈川県藤沢市片瀬3-13-37 |
| 位置 | 北緯35度18分42.17秒 東経139度29分21.69秒 |
| 山号 | 寂光山 |
| 宗派 | 日蓮宗 |
| 寺格 | 本山(霊跡寺院) |
| 本尊 | 日蓮聖人像 |
| 創建年 | 延元2年(建武4年、1337年) |
| 開基 | 日法 |
| 別称 | 片瀬のお祖師様(おそっすさま) |
| 札所等 | 日蓮上人霊跡 |
龍口寺(りゅうこうじ)は神奈川県藤沢市片瀬の龍口刑場跡に建つ日蓮宗の本山(霊蹟寺院)。山号は寂光山(じゃくこうさん)。略字体を用いて「竜口寺」と称す場合もある。
目次 |
[編集] 縁起
この地はかつて刑場跡で文永8年(1271年)9月12日に日蓮宗の開祖日蓮が処刑されそうになった。この事件を日蓮宗では龍ノ口法難と呼ぶ。
その後延元2年(建武4年、1337年)に日蓮の弟子、日法がこの地を「龍ノ口法難霊蹟」として敷皮堂という堂を建立し、自作の祖師像(日蓮像)と首敷皮を置いたのが龍口寺の始まりと伝わる。
なお本格的な寺としての格式を整えたのは津村の国人で日蓮宗の信奉篤い島村采女が慶長6年(1601年)に土地を寄進して以来の事とされている。 明治16年頃までは選任住職を置かず、片瀬腰越八ヶ寺(通称片瀬八ヶ寺)が輪番で維持していた。片瀬八ヶ寺の山号は全て龍口山。文化財指定なし。
- 現住は15世本間日恩貫首(台東区善慶寺より晋山)、池上法縁五本山の一つ。
[編集] 伽藍・史蹟
- 本堂
- 天保3年(1832年)竣工。法難時に日蓮が足元に敷いていた敷皮が安置されているため、敷皮堂ともよぶ。木造欅造り。
- 五重塔
- 明治43年(1910年)竣工。木造ケヤキ造で五重塔としては神奈川県で唯一。建造には竹中工務店が携わった。彫刻は一元流(藤沢彫川)の一元安信。全国的にも数少ない明治期の五重塔だが、近年老朽化が目立つ。
- 仏舎利塔
- 昭和45年(1971年)9月12日竣工。龍口法難700年を記念し日本山妙法寺(藤井日達上人)が建立。塔内には仏舎利が安置されている。龍口寺裏山(龍口山)の高台にあり、かつては江ノ島や相模湾を一望のもとにできたが、国道134号・国道467号沿いに複数の高層ビルが建って以降、視界がビルにさえぎられるようになった。
- 御霊窟
- 龍ノ口法難の際に日蓮が入れられていたとされる土牢。中には祖師像が安置されている。
- 島村采女墓
- 龍口寺に寺領を寄進した島村采女はじめ、島村家代々の墓。本堂すぐ脇にある。
大書院 :昭和初年長野県(信濃国)松代藩の藩邸を移築、(通称:養蚕御殿)現在は大書院として使用。
- 七面堂
- 光松妙見堂(旧法善坊)
- 萬人歯骨塚
明治14年、水野房吉という入歯師が、歯・入歯の供養と入歯師の技術向上を願って建立したもの (社)藤沢市歯科医師会では10年前に整備し、以来毎年6月の第一日曜日に供養祭を開催している
- 輪番片瀬八ヶ寺
- 龍口山本蓮寺(元大光山本圀寺末)、藤沢市片瀬
- 龍口山常立寺(元身延山久遠寺末)、藤沢市片瀬
- 龍口山本成寺(元妙厳山本覚寺末)、鎌倉市腰越
- 龍口山勧行寺(元経王山妙法華寺末)、鎌倉市腰越
- 龍口山妙典寺(元長興山妙本寺末)、鎌倉市腰越
- 龍口山東漸寺(元正中山法華経寺末)、鎌倉市腰越
- 龍口山本龍寺(元長興山妙本寺末)、鎌倉市腰越
- 龍口山法源寺(元正中山法華経寺末)、鎌倉市腰越
- 腰越に龍松山本行寺があるが昭和39年創建に付き八ヶ寺ではない。
[編集] 行事・イベント
- 龍口法難会
- 日蓮の龍ノ口法難を記念して毎年9月11日~13日に行われる。12日の夜18時、13日の夜0時に大法要が営まれ、参拝者には難除け牡丹餅が振舞われる。万灯練供養は12日夜に行なわれる。
- 湘南龍の口大骨董市
- 毎月第三日曜日に境内で開かれる骨董市。近辺の骨董品店を中心に出店している。
- 毎年8月27日の片瀬諏訪神社例大祭ではパレード前の夕刻に片瀬の山車、屋台、下社神輿が龍口寺門前に集結する。
[編集] 交通
[編集] 鉄道
[編集] バス
- 京浜急行バス
- 江ノ島電鉄(江ノ電バス)
- 「龍口寺」下車徒歩すぐ