日蓮本宗
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日蓮本宗(にちれんほんしゅう)は、日蓮を宗祖とし、富士門流の日尊を派祖とする、日蓮門下の一派である。本山要法寺は興門派八本山の一つ。
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[編集] 宗祖
[編集] 派祖
- 日尊は第4代である。
[編集] 本山
- 要法寺(京都府)
[編集] 概要
日興の法脈を継承し、所依の法華経を本迹に二分し、それぞれに勝劣をたてる。〔寛政の法難〕によって、一致派、像仏派の思想を強要されたが、現在は曼荼羅を本尊とする富士門流の化儀に回帰している。
[編集] 沿革
- 1339年(暦応2年)に日尊は上行院(京都府)を建立する。
- 1550年(天文19年)に日辰は上行院(京都府)と住本寺(京都府)を合併し、要法寺(京都府)と改称する。
- 1872年(明治5年)に一宗一管長制により、日尊門流は日蓮門下の諸門流と連合する。
- 1874年(明治7年)に日尊門流は、勝劣派の統一教団である日蓮宗勝劣派に属する。
- 1876年(明治9年)日蓮宗勝劣派は門流ごとに解体、日尊門流は富士門流の他の本山末寺とともに統一教団を結成、管長を設置し、日蓮宗興門派(興門派)と公称する。
- 1899年(明治32年)に興門派は本門宗と改称する。
- 1941年(昭和16年)に宗教団体法により、本門宗は、勝劣派の顕本法華宗、一致派の日蓮宗とともに三派合同を行い、日蓮宗と公称する。
- 1950年(昭和25年)足立日城貫首代に要法寺(京都府)と末寺50ヶ寺は日蓮宗から独立し、日蓮本宗と公称して現在に至る。
- 旧末寺35ヶ寺は日蓮宗にとどまり、そのうち島根県内の旧末寺二十数ヶ寺は「興統法縁会島根尊門会」を組織している。