最上稲荷
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| 最上稲荷 | |
|---|---|
本殿(霊光殿) |
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| 所在地 | 岡山県岡山市北区高松稲荷712 |
| 位置 | 北緯34度42分32.24秒 東経133度50分0.28秒 |
| 山号 | 稲荷山 |
| 宗派 | 最上稲荷教総本山 |
| 本尊 | 最上位経王大菩薩 |
| 創建年 | 天平勝宝4年(752年) |
| 開基 | 報恩大師 |
| 正式名 | 最上稲荷教総本山妙教寺 |
| 文化財 | 登録有形文化財 |
最上稲荷(さいじょういなり)は、岡山県岡山市北区にある最上稲荷教の寺である。正式名称は、最上稲荷教総本山妙教寺。所在地が岡山市高松地区であることから高松稲荷(たかまついなり)と称されることもある。なお稲荷および高松稲荷の名称は、最上稲荷所在地区の地名としても使われている。
なお、寺院としての最上稲荷は歴史があるが、宗教法人としての最上稲荷教は新宗教に分類される。
目次 |
[編集] 縁起・概要
岡山県内で唯一、明治初年の廃仏毀釈の被害を逃れた所といわれ、日蓮宗系「神仏習合」の祭祀形態を現在も残す。
寺伝によれば、報恩大師が天平勝宝4年(752年)に孝謙天皇の病気平癒の勅命を受けて、吉備山中の八丈岩で修法し、最上位経王大菩薩を感得、天皇は全快したことに始まる。
また後に桓武天皇の病気平癒祈願の功徳により、寺院建立の寄進申し出があった。これにより大師が霊地を求めていたある日、最上位経王大菩薩より「備中国、龍王山麓に堂宇を定むるべし」との宣告があり、このことを天皇に進言。天皇はその祈願所としてさっそく龍王山神宮寺を寄進創建した。これが現在の妙教寺である。
その後、羽柴秀吉の中国進攻の際に戦火により焼亡するも、江戸時代初期の慶長6年(1601年)この地を治めた旗本の花房職之が関東地方より日円聖人を招聘し、「稲荷山妙教寺」として再興した。このときに天台宗から日蓮宗へ改宗した。
寛保元年(1741年)に建立された旧本殿(霊応殿)の最奥部は岡山市重要文化財に指定されている。現在の本殿(霊光殿)は昭和54年 (1979年) に建造された。明治14年(1881年)に建立された根本大堂は老朽化の為、平成18年(2006年)に移転、修復された。2009年、本堂など33件が国の登録有形文化財に登録された。
なお、昭和26年の宗教法人法の施行に伴い、信徒や有識者の勧めにより、妙教寺の第23世の稲荷日宣の代にして昭和29年7月に、宗教法人・最上稲荷教として日蓮宗から独立、包括法人を組織した。日本三大稲荷の一つとして数えられ民衆の崇敬を集めていて、初詣シーズンには毎年岡山県下最大の参拝客(約60万人)で賑わう。
[編集] 周辺施設
- 稲荷山健康センター
- 備中高松駅
- 大鳥居(画像参照)
- 高松稲荷交差点(国道180号と岡山県道241号長野高松線の交点)近くの最上稲荷への参道に昭和47年(1972年)に建立され、高さ27.5m、柱の直径4.6m、総重量2800トンで、全国でも屈指の規模を誇る。
[編集] 交通アクセス
- JR吉備線で備中高松駅下車、約2km。徒歩30分。タクシーで5分。
- JR岡山駅より中鉄バス稲荷山線に乗車、約40分。終点の稲荷山で下車。なお、この路線は正月三が日のあいだは運休となり、代わりにJR吉備線の備中高松駅と稲荷山のあいだで臨時便がピストン運行される。
- 岡山自動車道・岡山総社ICより国道180号を岡山方面へ約5km、車で10分。大型駐車場有り(有料)。なお、初詣シーズンは周辺道路が非常に渋滞するので、車で現地に向かう際には、毎年年末に岡山県警のウェブで予告される交通規制に従って、迂回することが望ましい。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 岡山 最上稲荷総本山(小さく鐘の音がなるので注意)

