羽咋市

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羽咋市
はくいし
日章旗 日本
地方 中部地方北陸地方
都道府県 石川県
団体コード 17207-3
面積 81.96km²
総人口 23,567
推計人口、2009年5月1日)
人口密度 288人/km²
隣接自治体 志賀町中能登町
宝達志水町氷見市
市の木 クロマツ
市の花 サツキ
市の鳥 ハクチョウ
羽咋市役所
所在地 〒925-8501 石川県
羽咋市旭町ア200番地
電話番号 0767-22-1111
外部リンク 羽咋市

羽咋市位置図(石川県)

:市 / :町
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羽咋市(はくいし)は北陸地方の西部に位置するである。

能登一ノ宮気多大社が鎮座する。UFOの目撃情報が絶えず、「UFOに会えるまち」として有名である。また、UFOに関する最古の資料もある。

目次

[編集] 地理

能登半島の西の付根に位置し、七尾市に向かって延びる邑知潟地溝帯に沿って市域が広がる。西は日本海に面し、千里浜と呼ばれる砂浜が南北に連なる。東は富山県氷見市と接する。北は羽咋郡志賀町、鹿島郡中能登町と接し南は羽咋郡宝達志水町と接する。

[編集] 歴史

気多大社・神門

古代の能登国羽咋郡の地であり、海浜の寺家集落に延喜式名神大社・能登国一ノ宮気多大社が鎮座する。寺家は7世紀から14世紀にかけての祭祀遺跡である「汀の正倉院」として有名な寺家遺跡でも名高い。また周辺には全長50メートルの山伏山古墳(前方後円墳)など古墳も多く、古代豪族・羽咋君に関わるとされる。

なお羽咋の地名の由来は垂仁天皇の皇子磐衝別命がこの辺の領民を苦しめていた怪鳥を退治し、このとき皇子の連れてきた3匹の犬が怪鳥の羽を食い破ったという伝説がもととなっているとされる。それが「羽喰」の地名が起こりであり、現在の「羽咋」になったのではないかと伝えられる。

1889年4月1日、町制施行。1954年11月3日、羽咋町・粟ノ保村・富永村・一ノ宮村・越路野村・千里浜村・上甘田村(甘田地区を除く)の1町6村と下甘田村上中山地区が合併し「小羽咋町」になる。さらに1956年9月1日、この「小羽咋町」・邑知町・余喜村・鹿島路村の2町2村が合併し「大羽咋町」が誕生。この「大羽咋町」が1958年7月1日市制施行し、羽咋市が誕生。

2005年には押水町と志雄町(現・宝達志水町)との1市2町合併を目指していたが、実現には至らなかった。

[編集] 人口

羽咋市と全国の年齢別人口分布図(比較) 羽咋市の年齢・男女別人口分布図
紫色は羽咋市
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 28,784人
1985年 28,789人
1990年 27,517人
1995年 26,502人
2000年 25,541人
2005年 24,517人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 行政

[編集] 経済

[編集] 産業

主な事業所

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 国内

[編集] 海外

[編集] 地域

[編集] 教育

[編集] 交通

[編集] 鉄道

[編集] 道路

[編集] 船舶

  • 滝港(地方港湾)

[編集] バス

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

千里浜なぎさドライブウェイ
妙成寺
雪の多い北陸地方では、唯一の五重塔である。

[編集] 観光

[編集] 祭り

  • 千里浜砂まつり
  • 羽咋まつり
  • 唐戸山神事相撲(垂仁天皇の皇子磐衝別命の命日をしのび、相撲大会をしたことが始まりだと伝えられる)

[編集] 名産品

[編集] 羽咋市を舞台とした作品

[編集] 出身有名人

[編集] 歴代市長

[編集] 歴代市長

  • 初代:上井彦之焏(うわい ひこのじょう) - 19581968年 3期
  • 2代:西橋義一(にしはし よしかず) 1968~1972年 1期
  • 3代:本吉二六(もとよし にろく) 1972~1988年 4期
  • 4代:塩谷一雄(しおたに かずお) 1988~1996年 2期
  • 5代:本吉達也(もとよし たつや) 1996~2004年 2期
  • 6代:橋中義憲(はしなか よしのり) 2004~2008年 1期

[編集] 市長選挙結果

  • 第1回 - 1956年11月1日:投票率87.23%(前述の「大羽咋町」の町長選挙として実施)
    • 上井彦之焏(元冨永村長):8,534票、西外居(羽咋町長):6,584票
  • 第2回 - 1960年10月2日:投票率/%
    • 上井彦之焏:無投票
  • 第3回 - 1964年10月5日:投票率60.65%
    • 上井彦之焏:6,734票、疋島忠順:4,236票
  • 第4回 - 1968年10月20日:投票率92.24%
    • 西橋義一:8,731票、岩田一朗:8,221票
  • 第5回 - 1972年10月15日:投票率93.80%
    • 本吉二六:10,867票、稲村建男:7,235票
  • 第6回 - 1976年:投票率/%
    • 本吉二六:無投票
  • 第7回 - 1980年:投票率/%
    • 本吉二六:無投票
  • 第8回 - 1984年10月7日:投票率93.43%
    • 本吉二六:11,225票、酒井甚市:8,008票
  • 第9回 - 1988年:投票率88.86%
    • 塩谷一雄:11,183票、本吉奨:7,113票
  • 第10回 - 1992年:投票率/%
    • 塩谷一雄:無投票
  • 第11回 - 1996年:投票率84.10%
    • 本吉達也:9,359票、塩谷一雄:8,391票
  • 第12回 - 2000年:投票率/%
    • 本吉達也:無投票
  • 第13回 - 2004年:投票率82.38%
    • 橋中義憲:8,645票、本吉達也:8,442票
  • 第14回 - 2008年10月5日:投票率77.44%
    • 山辺芳宣:8,135票、橋中義憲:7,479票

[編集] 関連項目

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