国家主義

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国家主義 (こっかしゅぎ、: nationalism ナショナリズム[1]: nationalismeナシオナリスム。 étatismeエタティスムとも[2]) とは、 国家を第一義的に考え、その権威意志を第一だと考える立場[3]

概説[編集]

国家主義は、国家を「最高の価値あるもの」とか「人間社会の最高の組織」などと見なし、「個人よりも国家に絶対的な優位性がある」などとする思想である[4]。「国家に至上の価値がある」などと主張して、国家的な秩序や、国家による命令、自分の属する国家が軍事的に強いことなどを、他の全ての価値に優先させようとする政治的な主張を指す[2]全体主義的な傾向があり、偏狭な民族主義国粋主義になりがちである[3]。また、国家社会主義を指すこともある。

国家主義を貫く者を「国家主義者」と言う。

日本と国家主義[編集]

戦前日本は、国家主義的な傾向が強かったことはしばしば指摘されている[5]。戦前の日本では、人権が軽視され、人権侵害が行われていたことがしばしば指摘されている。

大日本帝国憲法』では、人権を保障するという考え・意識がすっかり欠落していた[6]。戦前の刑事訴訟法も、その人権を保障するという意識が乏しかった大日本帝国憲法の枠の中で制定されたものだったので[6]、人々の人権に対する配慮が全然足りず[6]、捜査する側の都合ばかりを優先するようなものになっていて[6]、たとえば被疑者への配慮も足りなかった[6]。そのため、被疑者の人権を平然と侵害するような捜査がまかり通り、“捜査官”の手で被疑者に対して拷問が加えられることもあった[6]。拷問を行って、無理やり“自白”をさせ、犯人に仕立て上げるというようなことも行われていた。また令状も無しに捜査官の判断で捜査したり逮捕するなどということも行われていたし、強制処分も国家機関に属する者が判断していた[6]。また、捜査官から疑われてしまった人が法的に適切な手続きをとろうと自分に弁護人をつけようとしても、拒絶された。[6]。この様に、戦前は捜査機関による深刻な人権侵害が行われていたのである[6]。戦後になって日本は、国家主義から人権尊重民主主義へと方向を転換し、刑事訴訟法も、戦前の人権侵害を反省しつつ全面改定作業が行われ[6]、ようやく令状主義強制処分法定主義の導入、弁護人依頼権の強化などが行われ[6]、昭和23年に現行の刑事訴訟法が成立し、翌年から施行された[6]

経済と国家主義[編集]

「経済的国家主義」とは、「国有企業や他の形態による政治機構によって、直接的に、または経済企画によって間接的に、国が経済に介入する重大で合法的な役割を持っている」とする見方を強調するものである[7][8]

「国家主義」という用語は時に国家資本主義を指すことがあり、また国家による多量の政治介入によって市場を管理する経済をさすこともある。(類義語あるいは ほぼ同義語:統制経済)(←→ 自由経済自由市場

また、企業・産業を国有化して、国家による統制を強めようとする方式の意味でも使われる。

脚註[編集]

  1. ^ プログレッシブ和英中辞典「国家主義」
  2. ^ a b ブリタニカ百科事典【国家主義】
  3. ^ a b 広辞苑 【国家主義】
  4. ^ 大辞泉【国家主義】
  5. ^ 堀幸雄 『戦前の国家主義運動史』1997
  6. ^ a b c d e f g h i j k l 高橋裕次郎『新はじめて学ぶ刑事訴訟法』三修社、2007。p.15
  7. ^ "statism" Routledge Encyclopedia of International Political Economy. Taylor & Francis, 2001. p. 1475
  8. ^ "statism". Merriam-Webster.

関連項目[編集]

外部リンク[編集]