オランダ国家社会主義運動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| オランダ国家社会主義運動 Nationaal-Socialistische Beweging in Nederland |
|
|---|---|
| 200px
党旗
|
|
| 指導者 | アントン・ミュッセルト |
| 成立年月日 | 1931年12月14日 |
| 解散年月日 | 1945年3月6日 |
| 解散理由 | 第二次世界大戦敗戦 |
| 後継政党 | なし |
| 本部所在地 | ユトレヒト |
| 政治的思想・立場 | ナチズム ファシズム ナショナリズム 国家社会主義 反ユダヤ主義 反共主義 |
| 国際組織 | N/A |
オランダ国家社会主義運動(オランダこっかしゃかいしゅぎうんどう、蘭: Nationaal-Socialistische Beweging in Nederland 、略称: NSB)は、かつて存在したオランダのファシズム政党。のちにナチズムに方針転換した。1930年代に議会で急速に勢力を伸ばし、第二次世界大戦中にはドイツ占領下のオランダにおける唯一の合法的政党となった。1945年のドイツ敗戦により解党。
党歴 [編集]
1931年12月14日、オランダ国内での極右政党の活発化を受け、アントン・ミュッセルト、コルネリス・ファン・ヘールカーケンらによってユトレヒトにて結成された。イデオロギーとしてはファシズム、ナチズムの影響を受けているが、設立当初は反ユダヤ主義ではなく、ナチスに急接近した1936年まではユダヤ人の党員もいた。 1933年、初の党大会を開く。35年には第一院選挙に出馬し、8パーセントの得票で2議席を獲得した。1945年のドイツ敗戦後、党員のほとんどが逮捕されたが、うち有罪判決となったのはミュッセルトを含む数名だけだった。ミュッセルトは翌年死刑が執行され、以降同様の極右政党が生まれることは無かった。
出典 [編集]
- Jong, Loe de (1956). German Fifth Column In the Second World War. Routledge & Kegan Paul.
- Quisling