習近平

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习近平
Xi jinping Brazil 2013.png

任期 2013年3月14日

任期 2013年3月14日

任期 2008年3月15日2013年3月14日

任期 2012年11月15日

任期 2012年11月15日

出生 1953年6月1日(61歳)
中華人民共和国の旗 北京市
政党 Flag of the Chinese Communist Party.svg 中国共産党
配偶者 彭麗媛
署名 Xi Jinping sign.svg
習近平
各種表記
繁体字 習近平
簡体字 习近平
拼音 Xí Jìnpíng
和名表記: しゅう きんぺい
発音転記: シー・チンピン
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習 近平(しゅう きんぺい、シー・チンピン、1953年6月1日 - )は中華人民共和国の政治家。中国共産党の第4世代の最高指導者であった胡錦濤の後任として、2012年より第5代[1]中国共産党中央委員会総書記、第6代中国共産党中央軍事委員会主席[2]2013年より第7代中華人民共和国主席、第4代中華人民共和国中央軍事委員会主席を務め[3]中華人民共和国の最高指導者の地位にある[4]太子党のひとりで、父は習仲勲(元国務院副総理)。

経歴[編集]

父・習仲勲が批判された文化大革命において反動学生とされ、1969年から7年間、陝西省延安市延川県に下放された。1974年中国共産党に入党、下放された同地で生産大隊の党支部書記を務めている。1975年国家重点大学清華大学化学工程部に入学。1979年に卒業した後、国務院弁公庁で副総理の耿飈の秘書を務めた。

廈門副市長、福州市党委員会書記を経て、2000年福建省長となる。2002年11月、張徳江に代わり49歳で浙江省党委書記に就任。2006年上海市で大規模な汚職事件が発覚し、当時の市党委書記陳良宇が罷免されると、翌2007年3月24日、書記代理を務めていた韓正(上海市長)に代わって上海市党委書記に就任。これにより、第17期の党中央政治局入りは確実とみられていたが、同年10月の第17期党中央委員会第1回全体会議(第17期1中全会)において、一気に中央政治局常務委員にまで昇格するという「二階級特進」を果たし、中央書記処常務書記・中央党校校長にも任命された[5]。上海市党委書記は兪正声が引き継いだ。2008年3月15日、第11期全国人民代表大会第1回会議で国家副主席に選出される。

第17期政治局常務委員には胡錦濤直系である中国共産主義青年団(共青団)出身の李克強も習と同じ第5世代の中核として選出され、習と李のいずれかがポスト胡錦濤となると見られたが、習が李よりも党内序列が上であること、また、胡自身も党総書記就任までの2期10年を中央書記処書記として経験を積んだことを考えると、習がポスト胡錦濤に一番近い存在であった。なお、習はかつて中央軍事委員会弁公庁秘書を務めており、第17期政治局常務委員で唯一軍歴を有する人物であった。このことは習と中国人民解放軍との結びつきを強める一因ともなった。

2010年10月18日、習近平は第17期5中全会で党中央軍事委員会副主席に選出された[6]。中国共産党中央軍事委員会は、共産党が国家を領導するという中国の政治構造上、事実上の最高軍事指導機関である。副主席として党中央軍事委員会に入ったことで、習は胡の後継になることが事実上確定した。さらに同月28日、全国人民代表大会常務委員会の決定によって国家中央軍事委員会副主席に就任した[7]。しかし、習が党中央軍事委員会副主席の地位を獲得するまでには紆余曲折があった。2009年9月の第17期4中全会で党中央軍事委員会副主席に選出されるという見方があったが、結局選出されなかった。その理由として、背後で胡直系の共青団出身の李克強を推そうとする勢力と、江沢民系の上海閥と呼ばれる勢力との間に生じた権力闘争が原因だとする見方があった[8]。これによると、習は上海閥の流れを汲む人物であり、共青団系の勢力が躍進している現在においては党内基盤が弱くなっているという見方もあった。結局、2010年10月の第17期5中全会で習は党中央軍事委員会副主席に選出され、胡の後継者としての地位を確立した[9]。これは、軍部や共産党内の保守派の強い支持を受けてのものとされる。

2012年11月の第18回党大会を以て胡錦濤・温家宝ら第4世代の指導者は引退し、11月15日に開催された第18期1中全会において習近平は政治局常務委員に再選され、党の最高職である総書記と軍の統帥権を握る党中央軍事委員会主席に選出された[4]。2013年3月14日、第12期全人代第1回会議において国家主席・国家中央軍事委員会主席に選出され、党・国家・軍の三権を正式に掌握した[10]。翌日、李克強を国務院総理首相)に任命し、中国共産党の第5世代である習・李体制を本格的に始動させた[11]

2014年1月24日に開催された党中央政治局会議において、「中国共産党中央国家安全委員会」の設置と習の同委員会主席就任が決定された。この組織は国家安全に関する党の政策決定と調整を行い、国内治安対策も掌握する[12]。そのため、党中央国家安全委員会は外交・安全保障・警察・情報部門を統合する巨大組織となり、同委員会主席を兼任した習に権力が一層集中することとなる。一方、李克強が主導する国務院は権限を奪われることとなり、党内対立の激化の招来を推測する指摘もある[13]

政治姿勢[編集]

中国共産党の関係者によれば、習は「周囲の意見を聞きながら政策を実行するタイプの人物」であるという[14]。中国国内における習の政治姿勢はリベラルであり、党員、官僚の腐敗に対しては厳しく臨み、政治的にも経済的にも開放的な姿勢をもった指導者として評価されている[15]。現在の中国共産党幹部の演説や文章を、「冗漫、空虚、偽り」で覆われているとし、文章や演説をもっと判り易くし、国民に理解できるよう改革する必要性を主張している。「一般大衆は歴史を作る原動力だ。腹を割って話さなければ、大衆は理解できない」と述べ、自身の持つリベラルさの片鱗を見せた[16]

習をリベラル派とみなす見解があるのに対し、対米・対日強硬派とする見解もある。人権問題を巡る米国を中心とした諸外国からの中国批判に対し、習は2009年に外遊先のメキシコにて、「腹いっぱいでやることのない外国人(これは米国人を指す)が、中国の欠点をあげつらっている」と愛国心を全面に押しだし、米国による人権問題批判に反論し、物議を醸した[17]。中国国内では、愛国的発言と受け止められたが、国外の海外メディアには批判的に取り上げられた[18]

2013年には、共産党機関紙の廈門市の記者が、習近平の名前を一文字間違えたという理由で、停職処分を受けている[19]。2014年6月18日には、習近平指導部が「正しく世論を導くシステムを整える」として「記者の資格制度を厳格にする」という方針を発表するなど、メディアへの圧力、言論弾圧を強めている[20][21]。海外メディアに対する厳しさも強くなっており、NHKによれば、取材の妨害や記者の一時拘束などが非常に増えているという。また、弁護士浦志強ウイグル独立の主張には賛同しない穏健派ウイグル人学者のイリハム・トフティジャーナリスト高瑜中国語版など、理性的な方法で社会改革を訴えてきた者たちの逮捕が続出しており、無期懲役などの厳しい判決を受けている[22]

習が党中央軍事委員会副主席に就任して以降、中国はアメリカや日本との対決姿勢を強め始めており、また北朝鮮の核開発を批判しなくなるなど[23]、中国の外交に明らかな変化が現れたとされる。例えば、胡錦濤政権において国務院総理(首相)を務める温家宝は、様々な外交問題で保守派から「弱腰」と批判されたり、また、政治改革の断行を訴えたことなどで党内で温は白眼視され、孤立してしまっていると言う。温自身それを理解しているようで、2010年11月中旬にマカオを訪問した際、「また一緒に太極拳をやりたいですね。私の引退後またみんなで北京に遊びに来てください」と、任期を半期残した段階で自身の引退について述べており、「権力闘争に敗れ、意気消沈していることの現れである」とする香港紙もある。また、習が副主席に就任して以降は、北朝鮮ミャンマーなどといった世界の独裁国家を擁護したり、豊富な資源を有する発展途上国と「国益」と言う観点から結びつきを強めているとされる[24]

2012年11月15日の第18期1中全会終了後、党総書記として初の記者会見に臨んだ習は就任スピーチで、深刻化している党員の汚職問題に取り組み[25]、社会保障の改善など民生を重する姿勢をアピールした[26]。しかし、トランスペアレンシー・インターナショナルが2014年12月3日に発表した2014年の腐敗認識指数で、中国は2013年の80位から100位に後退した。トランスペアレンシー・インターナショナルは、腐敗摘発が「政敵の追い落としを目的にしている」と指摘している[27]

一方、外交政策については「われわれは偉大な民族だ。5千年にわたる文明発展の歴史の中で、中華民族は人類の文明の進歩に不滅の貢献をしてきた」と「覇権主義」的な姿勢を示した[28]。翌日、習は第18期として初の党中央政治局会議を主宰し、胡錦濤前指導部のスローガンであった「『小康社会』(いくらかゆとりのある社会)の建設」を全面的推進を確認して、前指導部の路線継承を示した[29]。同日、中央軍事委員会拡大会議に出席した習は、軍に対し「軍事闘争の準備が最も重要という立場を堅持し、国家主権、安全、発展の利益を断固守らなければならない」と強調した[30]

2013年3月17日、第12期全人代第1回会議の閉会式において習は国家主席として就任演説を行い、「中華民族の偉大な復興という中国の夢を実現するため引き続き奮闘、努力しなければならない」と述べて国家の富強と民族の振興、人民の幸福を実現すると訴えた。さらに「人民の監督を受けることを自覚し、全国人民の信託と重い使命に背かない」と表明して、共産党の指導を堅持しながら、人民の民主を拡大するとも訴えた。一方、軍に対して「断固として国家主権、安全、発展の利益を守らなければならない」と要求した[31]

ウイグル統治[編集]

ウルムチ虐殺事件の責任者とされている[32]が、習は当時解放軍の指揮権を有する中央軍事委員会、武装警察の指揮権を有する中央政法委員会ともポストを持っておらず、軍事行動の指揮は取れないため、責任者が何を指すのかは不明である。

この事件では、ウイグル人住民が漢族住民および武装警察と衝突し、中国当局の発表(2009年7月19日現在)では、死者197名、負傷者1,721名に上る犠牲者が出たとしている[33][34]。一方、亡命ウイグル人組織の世界ウイグル会議の発表(2009年7月10日現在)で、中国当局や漢族の攻撃により殺されたウイグル人は最大3,000人と発表している[35]

2013年4月には、警官とウイグル人の衝突が発生し、21人が死亡する事件があった。世界ウイグル会議ラビア・カーディル主席は2013年6月20日、東京で会見を開き、習近平の最高指導者就任後、「中国政府の民族政策は以前より厳しくなった」と批判した[36]

訪日[編集]

2009年12月14日に日本を訪問し、中国側は天皇との会見を要請。12月15日には会見が行われた。以下はその経緯である。

経緯[編集]

  • 11月20日、楊潔篪中国外交部長外務大臣に相当)が民主党幹事長小沢一郎に訪日成功のための協力を要請。小沢は党サイドからサポートすると回答[37]
  • 11月26日、中国側が会談を要請。宮内庁では日程調整と天皇の健康管理の観点から「1ヶ月ルール」と呼ばれる慣例が設けられており、1ヶ月前までに文書で正式要請することを求めているため、日本側は「訪問まで1ヶ月を切っている」として一旦は断ったが、中国側は「習副主席訪日の成否がかかっている」と重ねて会談を要請。
  • 12月7日、崔天凱在日中国大使が国会内で小沢に天皇との会談の実現を要請、小沢が平野博文官房長官に電話で伝え、平野は、10日夕方に、羽毛田信吾宮内庁長官に中国大使の要請を伝達[38]
  • 鳩山由紀夫内閣総理大臣は宮内庁に会談実現を要請、会談が実現することとなる。
  • 宮内庁は、「苦渋の選択。二度とこういうことがあってほしくない」と不快感をあらわにし[39]、『産経新聞』は、中国側の要求と、会談実現を要請した小沢と鳩山の対応を批判した[40]
  • 12月10日、小沢率いる民主党代表団と第16次長城計画友好交流使節団600人が中国を訪問[41]
  • 12月13日:小沢訪中団帰日。
  • 12月14日:習近平来日。
  • 12月15日:皇居周辺で朝から警察が厳戒態勢。天皇と習近平の会談に反対する抗議活動が皇居周辺各所で大規模に行われる。習近平を招いて朝食会が開かれた大手町日本経団連前では男性が抗議活動により逮捕される。主要メディアは報道せず。天皇と会談した習は会談実現に感謝の意を表明するも一度もお辞儀をせず。その映像がニュースで報道される。しかし池上彰によると、カメラの1つが部屋に入る前の習近平の影が一度立ち止まり、ドアの手前で深々と頭を下げていた様子を影の動きとして見えていたのを写していたことが分かった[42]
  • 12月16日:中国外交部姜瑜報道副局長(中国外務省スポークスマン)が日本側の周到な手配について評価すると発言[43]
  • 12月24日:中曽根康弘首相は、記者との懇談の中で、今回の天皇特例会見について「(政府は)慎重に処理してきたと思う。あの程度の時間的ズレは(30日ルールの)原則の枠内のことなので、認めていい」と述べた。自らが官邸に天皇特例会見を要請した点については、「ノーコメント」として答えなかった[44]

夫婦で「皇室の政治利用」[編集]

習の妻で、中国人民解放軍の有名な軍隊歌手(国家一級演員)である彭麗媛中国人民解放軍総政治部所属・少将)が11月に東京の学習院大学で公演した際にも、皇太子徳仁親王が私的に会場を訪れて2階VIP席で皇太子と隣り合わせの席で観劇し[45]、言葉を交わしたという。中国にとって天皇との外交は「政治」そのものであり、中国は、今回、様々な手を打って準備した[46]。これは、習と同様に、「皇室の政治利用」にて内政上の宣伝意図があったものとみられている。皇太子を呼んだ指揮者の堤俊作宮内庁側から報道自粛の要請があったという(宮内庁側は否定)[45][46]

発言[編集]

  • 2009年2月11日に、外遊先のメキシコで、「腹がいっぱいになって暇になった外国人がわれわれの欠点をあれこれあげつらっている」、「中国は革命も輸出せず、飢餓貧困も輸出せず、外国に悪さもしない。これ以上いいことがあるか」と述べた。この発言はインターネット上の動画サイトなどに広く出回り、「国家指導者にふさわしくない発言」などの批判を呼んだ[47]
  • 2010年10月25日 - 朝鮮戦争60周年の記念行事で「朝鮮戦争は平和を守り侵略に立ち向かった正義の戦争」と発言し韓国から反発を招いた[48]

人物[編集]

家族[編集]

習近平は駐英大使であった柯華の娘である柯玲玲と結婚したものの、その後離婚し[51]1987年9月に現妻の彭麗媛と再婚している。彭との間に、アメリカハーバード大学ケネディスクール [52]に留学中[53][54]のひとり娘、習明沢(1992年生[55]浙江大学外国語学院卒業)がいる。

脚注[編集]

  1. ^ 1982年の総書記制導入以降。
  2. ^ 中国共産党第18期中央委員会第1回全体会議コミュニケ」人民網日本語版、2012年11月15日付配信記事(2012年11月16日閲覧)。
  3. ^ 全人代、習近平氏を国家主席に選出」人民網日本語版、2013年3月14日付配信記事(2013年3月17日閲覧)。「全人代、習近平氏を国家中央軍事委主席に選出」人民網日本語版、2013年3月14日付配信記事(2013年3月17日閲覧)。
  4. ^ a b 川越一「中国共産党、習近平氏を総書記に選出 対日強硬姿勢加速に懸念」『産経新聞』2012年11月15日付記事(2012年11月16日閲覧)。
  5. ^ 2007年12月21日、中央党校で行われていた新任党中央委員・中央候補委員の研修修了式に校長として出席し、校長職就任が確認された。「习近平在新任中央委员、候补委员学习十七大精神研讨班结业式上讲话」新華網、2007年12月21日付配信記事(2013年1月23日閲覧)。
  6. ^ “習近平氏、党中央軍事委副主席に…胡後継が確定” (日本語). 読売新聞. (2010年10月18日). http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20101018-OYT1T00942.htm 2010年10月18日閲覧。 
  7. ^ 『産経新聞』2010年10月29日付朝刊。
  8. ^ 伊藤正 (2009年9月18日). “権力闘争激化との見方も”. 産経新聞. http://sankei.jp.msn.com/world/china/090918/chn0909182252003-n1.htm 2009年12月13日閲覧。 [リンク切れ]
  9. ^ “習氏、中国次期最高指導者に 軍事委副主席に就任 12年党大会で交代へ 5中総会が終了”. 産経新聞. (2010年10月18日). http://sankei.jp.msn.com/world/china/101018/chn1010181848003-n1.htm 2010年10月18日閲覧。 
  10. ^ 国家主席に習氏選出 党、軍、国の三権掌握 『習-李体制』始動」『産経新聞』2013年3月14日付記事(2013年3月17日閲覧)。
  11. ^ 川越一「李克強氏を首相に選出 習・李体制本格始動」『産経新聞』2013年3月15日付記事(2013年3月17日閲覧)。
  12. ^ 石原聖「中国版NSC:トップに習主席」『毎日新聞』2014年1月24日付記事(2014年1月25日閲覧)。
  13. ^ 矢板明夫「中国版NSC、トップに習近平主席就任 新設される国家安全委」『産経新聞』2014年1月24日付記事(2014年1月25日閲覧)。
  14. ^ “クローズアップ2012:中国、重慶トップ解任 対立激化に危機感 党指導部、火消しか”. 毎日新聞. (2012年3月16日). http://mainichi.jp/select/opinion/closeup/news/20120316ddm003030064000c.html 2012年3月16日閲覧。 
  15. ^ Ansfield, Jonathan; Melinda Liu (2007年12月22日). “Xi Jinping: China’s New Boss And The ‘L’ Word” (英語). Newsweek.com. ニューズウィーク. pp. p. 2. 2009年12月13日閲覧。
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  17. ^ 妻は人気歌手、文革で苦難も…習近平氏の素顔」『読売新聞』2010年10月19日付記事。
  18. ^ クローズアップ2010:『ポスト胡』習氏確実 軍と地方に基盤」『毎日新聞』2010年10月19日付記事。
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  21. ^ “習政権、強まる言論抑圧 人権派弁護士・浦志強氏逮捕”. 朝日新聞. (2014年6月18日). http://www.asahi.com/articles/DA3S11195577.html 2014年7月29日閲覧。 
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  47. ^ 共同通信社 (2009年2月19日). “「中国あげつらうな」…中国の習近平副主席、メキシコ訪問で失言”. 産経新聞. http://megalodon.jp/2009-0219-1549-37/sankei.jp.msn.com/world/china/090219/chn0902190956002-n1.htm 2009年2月19日閲覧。 
  48. ^ 朝鮮戦争で韓中対立 習近平発言に反発」『産経新聞』2010年11月14日付記事。
  49. ^ 質素で倹約家の習近平副主席 市民は「つまらない人」と評す - NEWSポストセブン(2011年12月4日)
  50. ^ 矢板明夫 『習近平 共産中国最弱の帝王』 文藝春秋 2012年
  51. ^ 揭秘:習近平原配夫人柯玲玲_多維新聞網
  52. ^ 薄氏息子、米名門大揺るがす…習氏の娘も留学中 : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
  53. ^ 宮崎正弘の国際ニュース・早読み(習近平の愛娘、ハーバード大学留学の噂) [宮崎正弘の国際ニュース・早読み - メルマ!]
  54. ^ クローズアップ2010:「ポスト胡」習氏確実 軍と地方に基盤 - 毎日jp(毎日新聞) 2010年10月19日
  55. ^ 习近平爱女灾区当志愿者 - 东亚网 吉林第一城市门户,欢迎您访问东亚网!- www.dyxw.com

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

中華人民共和国の旗中華人民共和国
先代:
胡錦濤
国家主席
2013年 -
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2013年 -
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胡錦濤
中央軍事委員会主席
2012年 -
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設置
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先代:
曽慶紅
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2007年 - 2013年
次代:
劉雲山
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韓正(代理)
上海市党委書記
2007年
次代:
兪正声
先代:
張徳江
浙江省党委書記
2002年 - 2007年
次代:
趙洪祝