習近平
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习近平
Xi Jinping |
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習近平
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| 生年月日 | 1953年6月1日(58歳) |
| 出生地 | |
| 出身校 | 清華大学 |
| 所属政党 | |
| 親族 | 習仲勲(父) |
| 配偶者 | 彭麗媛 |
| サイン | |
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| 任期 | 2008年3月15日 - |
| 国家主席 | 胡錦濤 |
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| 任期 | 2010年10月28日 - |
| 国家主席 | 胡錦濤 |
| 習近平 | |
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| 各種表記 | |
| 繁体字: | 習近平 |
| 簡体字: | 习近平 |
| ピン音: | Xí Jìnpíng |
| 和名表記: | しゅう きんぺい |
| 発音転記: | シー・ジンピン |
習 近平(しゅう きんぺい、シー・ジンピン、Xi Jinping、1953年6月1日 - )は中華人民共和国の政治家。中華人民共和国副主席、中華人民共和国中央軍事委員会副主席、第17期中国共産党中央政治局常務委員、中国共産党中央書記処第一書記、中国共産党中央軍事委員会副主席、中国共産党中央党校校長。党内序列第6位[1]。太子党のひとりで、父は習仲勲(元国務院副総理)。中国の最高指導者である胡錦濤の後継者に事実上確定している人物である。
目次 |
[編集] 経歴
父・習仲勲が批判された文化大革命において反動学生とされ、1969年から7年間、陝西省延川県に下放された。1974年に中国共産党に入党、下放された同地で生産大隊の党支部書記を務めている。1975年に国家重点大学の清華大学化学工程部に入学。1979年に卒業した後、国務院弁公庁で副総理の耿飈の秘書を務めた。
アモイ副市長、福州市党委員会書記を経て、2000年に福建省長となる。2002年11月、張徳江に代わり49歳で浙江省党委書記に就任。2006年に上海市で大規模な汚職事件が発覚し、当時の市党委書記陳良宇が罷免されると、翌2007年3月24日、書記代理を務めていた韓正(上海市長)に代わって上海市党委書記に就任。これにより、第17期の政治局入りは確実とみられていたが、同年10月の第17期党中央委員会第1回全体会議(第17期1中全会)において、一気に政治局常務委員にまで昇格するという「二階級特進」を果たし、中央書記処第一書記にも任命された。上海市党委書記は兪正声が引き継いだ。2008年3月15日、第11期全国人民代表大会第1回会議で国家副主席に選出される。
胡錦濤直系である中国共産主義青年団(共青団)の李克強より党内序列が上であること、また、胡自身も党総書記就任までの2期10年を中央書記処書記として経験を積んだことを考えると、ポスト胡錦濤に一番近い存在といえる。また、第17期政治局常務委員で唯一軍歴がある(中央軍事委員会弁公庁秘書)。2010年10月18日、第17期5中全会で党中央軍事委員会副主席に選出された[2]。中国共産党中央軍事委員会は、共産党が国家を領導するという中国の政治構造上、事実上の最高軍事指導機関である。副主席として党中央軍事委員会に入ったことで、習は胡の後継になることが事実上確定した。さらに同月28日、全国人民代表大会常務委員会の決定によって国家中央軍事委員会副主席に就任した[3]。
習が党中央軍事委員会副主席の地位を獲得するまでには紆余曲折があった。2009年9月の第17期4中全会で党中央軍事委員会副主席に選出されるという見方があったが、結局選出されなかった。その理由として、背後で胡直系の共青団出身の李克強を推そうとする勢力と、江沢民系の上海閥と呼ばれる勢力との間に生じた権力闘争が原因だとする見方があった[4]。これによると、習は上海閥の流れを汲む人物であり、共青団系の勢力が躍進している現在においては党内基盤が弱くなっているという見方もあった。しかし、2010年10月の第17期5中全会で習は党中央軍事委員会副主席に選出され、胡の後継者としての地位を確立した[5]。これには、軍部や共産党内の保守派の強い支持を受けてのものとされる。また、中国は習が中国共産党中央軍事委員会副主席に就任して以降、アメリカや日本との対決姿勢を強め始めており、また北朝鮮の核開発を批判しなくなった[6]。
[編集] 政治姿勢
リベラルな姿勢で知られる。党員、官僚の腐敗に対しては厳しく臨み、政治的にも経済的にも開放的な姿勢をもった指導者として知られる[7]。
現在の中国共産党幹部の演説や文章を、「冗漫、空虚、偽り」で覆われているとし、文章や演説をもっと判り易くし、国民に理解できるよう改革する必要性を主張している。「一般大衆は歴史を作る原動力だ。腹を割って話さなければ、大衆は理解できない」と述べ、自身の持つリベラルさの片鱗を見せた[8]。
人権問題を巡る米国を中心とした諸外国からの中国批判に対し、時折、熱くなってしまう習は、2009年には外遊先のメキシコにて、「腹いっぱいでやることのない外国人が、中国の欠点をあげつらっている」と愛国心を全面に押しだし、米国の人権批判に反論し、物議を醸した[9][10]。中国国内では、愛国的発言と受け止められたが、国外の海外のメディアには批判的に取り上げられた[11]。
習をリベラル派とみなす見解があるのに対し、対米・対日強硬派とする見解もある。と言うのは、習が中国共産党中央軍事委員会副主席になって以降、中国の外交に明らかな変化が現れたとされる。例えば、2012年現在国務院総理を務めている温家宝は、様々な外交問題で保守派から「弱腰」と批判されたり、また、政治改革の断行を訴えたことなどで党内で温は白眼視され、孤立してしまっていると言う。温自身それを理解しているようで、11月中旬にマカオを訪問した際、「また一緒に太極拳をやりたいですね。私の引退後またみんなで北京に遊びに来てください」と、任期を半期残した段階で自身の引退について述べており、「権力闘争に敗れ、意気消沈していることの現れである」とする香港紙もある。また、習が副主席に就任して以降は、北朝鮮、ミャンマーなどといった世界の独裁国家を擁護したり、豊富な資源を有する発展途上国と「国益」と言う観点から結びつきを強めているとされる[12]。
[編集] ウイグル統治
「2009年ウイグル騒乱」および「新疆ウイグル自治区」も参照
ウルムチ虐殺事件の責任者とされている[13]。この事件では、ウイグル人住民が漢族住民および武装警察と衝突し、中国当局の発表(2009年7月19日現在)では、死者197名、負傷者1,721名に上る犠牲者が出たとしている[14][15]。一方、亡命ウイグル人組織の世界ウイグル会議の発表(2009年7月10日現在)で、中国当局や漢族の攻撃により殺されたウイグル人は最大3,000人と発表している[16]。
[編集] 訪日
「天皇特例会見」も参照
2009年12月14日に日本を訪問し、中国側は天皇との会見を要請。12月15日には会見が行われた。以下はその経緯である。
[編集] 経緯
- 11月20日、楊潔篪中国外交部長(外務大臣に相当)が民主党幹事長小沢一郎に訪日成功のための協力を要請。小沢は党サイドからサポートすると回答[17]。
- 11月26日、中国側が会談を要請。宮内庁では日程調整と天皇の健康管理の観点から「1ヶ月ルール」と呼ばれる慣例が設けられており、1ヶ月前までに文書で正式要請することを求めているため、日本側は「訪問まで1ヶ月を切っている」として一旦は断ったが、中国側は「習副主席訪日の成否がかかっている」と重ねて会談を要請。
- 12月7日、崔天凱在日中国大使が国会内で小沢に天皇との会談の実現を要請、小沢が平野博文官房長官に電話で伝え、平野は、10日夕方に、羽毛田信吾宮内庁長官に中国大使の要請を伝達[18]。
- 鳩山由紀夫内閣総理大臣は宮内庁に会談実現を要請、会談が実現することとなる。
- 宮内庁は、「苦渋の選択。二度とこういうことがあってほしくない」と不快感をあらわにし[19]、『産経新聞』は、中国側の要求と、会談実現を要請した小沢と鳩山の対応を批判した[20]。
- 12月10日、小沢率いる民主党代表団と第16次長城計画友好交流使節団600人が中国を訪問[21]。
- 12月13日:小沢訪中団帰日。
- 12月14日:習近平来日。
- 12月15日:皇居周辺で朝から警察が厳戒態勢。天皇と習近平の会談に反対する抗議活動が皇居周辺各所で大規模に行われる。習近平を招いて朝食会が開かれた大手町の日本経団連前では男性が抗議活動により逮捕される。主要メディアは報道せず。天皇と会談した習は会談実現に感謝の意を表明するも一度もお辞儀をせず。その映像がニュースで報道される。
- 12月16日:中国外交部姜瑜報道副局長(中国外務省スポークスマン)が日本側の周到な手配について評価すると発言[22]。
- 12月24日:中曽根康弘元首相は、記者との懇談の中で、今回の天皇特例会見について「(政府は)慎重に処理してきたと思う。あの程度の時間的ズレは(30日ルールの)原則の枠内のことなので、認めていい」と述べた。自らが官邸に天皇特例会見を要請した点については、「ノーコメント」として答えなかった[23]。
[編集] 夫婦で「皇室の政治利用」
習の妻で、中国人民解放軍の有名な軍隊歌手(国家一級演員)である彭麗媛(中国人民解放軍総政治部所属・少将)が11月に東京の学習院大学で公演した際にも、皇太子徳仁親王が私的に会場を訪れて2階VIP席で皇太子と隣り合わせの席で観劇し[24]、言葉を交わしたという。中国にとって天皇との外交は「政治」そのものであり、中国は、今回、様々な手を打って準備した[25]。これは、習と同様に、「皇室の政治利用」にて内政上の宣伝意図があったものとみられている。皇太子を呼んだ指揮者の堤俊作と宮内庁側から報道自粛の要請があったという(宮内庁側は否定)[24][25]。
[編集] 発言
- 2009年2月11日に、外遊先のメキシコで、「腹がいっぱいになって暇になった外国人がわれわれの欠点をあれこれあげつらっている」、「中国は革命も輸出せず、飢餓や貧困も輸出せず、外国に悪さもしない。これ以上いいことがあるか」と述べた。この発言はインターネット上の動画サイトなどに広く出回り、「国家指導者にふさわしくない発言」などの批判を呼んだ[26]。
- 2010年10月25日 - 朝鮮戦争60周年の記念行事で「朝鮮戦争は平和を守り侵略に立ち向かった正義の戦争」と発言し韓国から反発を招いた[27]。
[編集] 家族
習近平は駐英大使であった柯華の娘である柯玲玲と結婚したものの、その後離婚し[28]、1987年9月に現妻の彭麗媛と再婚している。彭との間に、アメリカのハーバード大学に留学中[29][30]のひとり娘、習明沢(1992年生[31]、浙江大学外国語学院卒業)がいる。
[編集] 脚注
- ^ 【媚中外交】12.12習近平副主席来日抗議デモ報告&12.15天皇陛下会見強行反対街宣告知[桜H21/12/14] SakuraSoTV 2009年12月14日
- ^ “習近平氏、党中央軍事委副主席に…胡後継が確定” (日本語). 読売新聞. (2010年10月18日) 2010年10月18日閲覧。
- ^ 『産経新聞』2010年10月29日付朝刊。
- ^ 伊藤正 (2009年9月18日). “権力闘争激化との見方も”. 産経新聞 2009年12月13日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “習氏、中国次期最高指導者に 軍事委副主席に就任 12年党大会で交代へ 5中総会が終了”. 産経新聞. (2010年10月18日) 2010年10月18日閲覧。
- ^ “6カ国緊急会合提案 中国、主導権奪還狙う 仲介努力の“言い訳も”. 産経新聞. (2010年11月29日) 2010年11月29日閲覧。
- ^ Ansfield, Jonathan; Melinda Liu (2007年12月22日). “Xi Jinping: China’s New Boss And The ‘L’ Word” (英語). Newsweek.com. ニューズウィーク. pp. p. 2. 2009年12月13日閲覧。
- ^ “「空虚な言葉を排除せよ」 文風改革を主張 習近平副主席”. 産経新聞. (2010年5月17日) 2010年5月17日閲覧。
- ^ 習近平で対日強硬どう変化? 妻は歌手、天皇陛下と特例会見も - 政治・社会 - ZAKZAK 2010年10月19日
- ^ 妻は人気歌手、文革で苦難も…習近平氏の素顔 : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) 2010年10月19日
- ^ クローズアップ2010:「ポスト胡」習氏確実 軍と地方に基盤 - 毎日jp(毎日新聞) 2010年10月19日
- ^ “【日々是世界 国際情勢分析】習路線へかじ切る外交”. 産経新聞. (2010年12月5日) 2010年12月5日閲覧。
- ^ 【緊急告知】12.12 習近平中国国家副主席来日に際しての抗議デモ[桜H21/12/11]. 日本文化チャンネル桜 2009年12月13日閲覧。.
- ^ “<ウイグル暴動>死者192人に拡大―中国”. Record China. (2009年7月16日) 2009年7月20日閲覧。
- ^ “新疆暴動、「警官が12人射殺」 中国当局が認める”. 日本経済新聞. (2009年7月19日) 2009年7月21日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “【ウイグル暴動】暴動死者数は184人、うち漢族が74% 当局発表”. MSN産経ニュース. (2009年7月11日) 2009年7月11日閲覧。
- ^ 中澤雄大; 念佛明奈 (2009年11月20日). “中国外相:小沢幹事長、鳩山首相と会談”. 毎日新聞 2009年12月13日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “特例会見、小沢氏が要請…「政治利用」批判強まる”. 読売新聞 (NTTレゾナント). (2009年12月12日) 2009年12月14日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “中国国家副主席との会見で、宮内庁長官発言要旨”. 産経新聞. (2009年12月12日) 2009年12月12日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “【主張】天皇と中国副主席 禍根残す強引な会見設定”. 産経新聞. (2009年12月12日) 2009年12月12日閲覧。[リンク切れ]
- ^ 共同通信社 (2009年12月10日). “民主・小沢氏が訪中 議員ら600人同行”. 東京新聞 2009年12月14日閲覧。[リンク切れ]
- ^ 如月隼人 (2009年12月16日). “中国政府:「天皇会見問題」で質問に答えず、日本の対応評価”. サーチナ 2009年12月17日閲覧。
- ^ “特例会見は「ルールの枠内」中曽根元首相”. 産経新聞. (2009年12月25日) 2009年12月25日閲覧。[リンク切れ]
- ^ a b 【花田紀凱の週刊誌ウォッチング】(236) - MSN産経ニュース[リンク切れ]
- ^ a b 関泰晴; 比嘉清太 (2009年12月15日). “特例会見、中国では「次の最高指導者」周知の意図”. 読売新聞 2009年12月17日閲覧。[リンク切れ]
- ^ 共同通信社 (2009年2月19日). “「中国あげつらうな」…中国の習近平副主席、メキシコ訪問で失言”. 産経新聞 2009年2月19日閲覧。
- ^ 「朝鮮戦争で韓中対立 習近平発言に反発」『産経新聞』2010年11月14日付記事。
- ^ 揭秘:習近平原配夫人柯玲玲_多維新聞網
- ^ 宮崎正弘の国際ニュース・早読み(習近平の愛娘、ハーバード大学留学の噂) [宮崎正弘の国際ニュース・早読み - メルマ!]
- ^ クローズアップ2010:「ポスト胡」習氏確実 軍と地方に基盤 - 毎日jp(毎日新聞) 2010年10月19日
- ^ 习近平爱女灾区当志愿者 - 东亚网 吉林第一城市门户,欢迎您访问东亚网!- www.dyxw.com
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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