ジャスティン・トルドー

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ジャスティン・トルドー
Justin Trudeau
Justin Trudeau supporting Gerard Kennedy 1, rotated.jpg
2006年の自由党党首選挙の際、ジェラルド・ケネディ (Gerard Kennedyを応援した。
生年月日 1971年12月25日(42歳)
出生地 オンタリオ州オタワ
出身校 マギル大学
ブリティッシュコロンビア大学
現職 教師
所属政党 自由党
配偶者 ソフィー・グレゴワ (Sophie Grégoire
任期 2008年カナダ連邦選挙 -
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ジャスティン・トルドーJustin Trudeau1971年12月25日 - )は、ピエール・トルドーカナダ首相とその妻マーガレット (Margaret Trudeauの長男。2008年10月、ケベック州パピノー選挙区 (Papineau (electoral district)から、カナダ自由党(以後自由党)候補者として当選した。

少年期[編集]

オンタリオ州オタワ出身。誕生日は、弟のアレクサンドル・トルドーと同じ12月25日。1977年、ジャスティン6歳のときに、両親のピエールとマーガレットが離婚。1984年、ピエールがカナダ首相を辞任する。

初代カナダ首相ジョン・マクドナルドの末娘マーガレット・マクドナルドに次ぎ、カナダ首相在任中に生まれた史上二番目の人物。

子供のプライバシーを守ると言う、父ピエールの方針により、モントリオールの親類宅で育った。

マギル大学(モントリオール)で英文学ブリティッシュコロンビア大学教育学学位を取得。その後、ブリティッシュコロンビア州で教鞭に立つ。マギル大学大学院で、地理学を専攻。

知られる存在に[編集]

自ら主催した集会で、ダルフール危機対策を呼びかけるジャスティン・トルドー 2006年9月17日

2000年、ピエール・トルドーの国葬の際に、28歳になったジャスティンは人々の記憶に残る追悼スピーチを行った。 [1]

1998年に、弟のミシェルが、スキー旅行中に雪崩で死亡したことをきっかけに、冬季の安全に関わる社会運動を行うようになる。2003年には、カナダ放送協会のラジオで毎年行われる、パネリスト5人が各選書を推薦し、その中から最優秀選書を決めるカナダ・リーズ (Canada Readsで、ジャスティンが推薦したのは、ニューファンドランド州を、1949年にカナダ連合に加入まで持っていった同州の政治家ジョーイ・スモールウッド (Joey Smallwoodの実話を元に描いた歴史小説The Colony of Unrequited Dreams(ウェイン・ジョンストン (Wayne Johnston著、1998年)だった。

2005年5月28日、モデルで、テレビタレントのソフィー・グレゴワ (Sophie Grégoireと結婚した。

カナダメディアのパーソナリティーとして活動する元カナダ首相の子供数人のうちの一人で、他にはベン・マルルーニー (Ben Mulroneyキャサリン・クラーク (Catherine Clark、ジャスティンの弟アレクサンドル・トルドーがいる。父親のピエールとブライアン・マルルーニーは、長年の政敵だったが、息子同士には交流があるらしく、ジャスティンの結婚式にベン・マルルーニーは出席している。

2006年9月17日、ダルフール危機対策へのカナダの参加を求めるため、トロントのラムスデンパークで行われた集会を主催した。

2006年10月25日、CTVの、カナダAM (Canada AMで、国家としての認識されることを求めるケベック人たちをどう思うかと問われ、「ナショナリズムは思考範囲の小ささから出来るもの」と答えた。[2]この発言は、ケベック州国家 として認めさせようとする、同じ自由党のマイケル・イグナティエフの姿勢を批判したものと受け取られた。

2006年カナダ自由党党首選挙 (Liberal Party of Canada leadership convention, 2006で、ジェラルド・ケネディーを支持[3]ケネディは第二回の投票で、前環境大臣ステファン・ディオン (Stéphane Dionに敗れた。

政界進出[編集]

ダルフール難民トラギ・ムスタファの隣に座るトルドー (左)

2006年自由党党首選挙以降、政界進出が噂され始め[4]当初、モントリオールのウトレモン選挙区 (Outremont (electoral district)が、自由党の強力な地盤であり、同時に交通大臣のジャン・ラピエール (Jean Lapierreが辞任し政治評論家になることから、出馬する選挙区として有力視されたが、2007年2月22日に、同じモントリオールのパピノー選挙区での自由党党予備選出馬を表明した。 [5] [6]

パピノー選挙区での自由党党予備選は2007年4月29日に行われ、トルドーは690票で、次点のメアリー・デロスの350票、バシリオ・ジョルダーノの220票を押さえ、圧勝した(候補に選ばれるには634票が必要だった)。[7] 予備選勝利により、トルドーは、2008年10月に行われた2008年のカナダ連邦選挙 (Canadian federal election, 2008で、ブロック・ケベコワの現職議員ビビアン・バルボと争い、当選した。 パピノー選挙区では、50年以上自由党議員が選出されてきたが、2006年にブロック・ケベコワ(ケベック連合)に初めて議席を奪われていた。

選挙結果[編集]

2011年カナダ総選挙(英語)
政党 候補者 得票数  % ±%
     自由党 ジャスティン・トルドー 16,429 38.41% -3.06
     NDP Marcos Radhames Tejada 12,102 28.29% +19.55
     ブロック・ケベコワ ビビアン・バルボ 11,091 25.93% -12.76
     保守党 Shama Chopra 2,021 4.73% -2.90
     緑の党英語版 Danny Polifroni 806 1.88% -0.96
     Marxist-Leninist Peter Macrisopoulos 228 0.53%
     N/A (共産主義連盟 (en) Joseph Young 95 0.22%
有効投票数 42,772 100.00
無効票総数 558
投票総数 43,330
2008年カナダ総選挙(英語)
政党 候補者 得票数  % ±%
     自由党 ジャスティン・トルドー 17,747 41.50% +3
     ブロック・ケベコワ ビビアン・バルボ 16,517 38.63% -2.1
     NDP Costa Zafiropoulos 3,744 8.76% +1
     保守党 Mustaque Sarker 3,264 7.63% -0.7
     緑の党英語版 Ingrid Hein 1,218 2.85% -0.8
     無所属(英語) Mahmood Raza Baig 271 0.63% Ø
投票数 42,761
無効票総数
投票率  %

脚注・出典[編集]

  1. ^ カナダ放送協会(CBC)「: ジャスティン・トルドーの追悼の言葉」 2000年10月3日
  2. ^ グローブ・アンド・メール (Globe and Mailトルドー、ケベックのナショナリズムを「古い考え」と発言 Trudeau says Quebec nationalism an ‘old idea'」 2006年10月26日
  3. ^ CTV「候補者ら、トルドー"皇太子"と会話 Delegates chat with Trudeau crown prince」 2006年11月29日
  4. ^ CTV「ジャスティン・トルドー国会を意識:レポート Justin Trudeau eyeing federal politics: report
  5. ^ カナダ放送協会(フランス語)「src.ca French article about Trudeau in the Papineau riding」2007年2月22日
  6. ^ カナダ放送協会「ジャスティン・トルドー、パピノーで出馬 Justin Trudeau will run in Papineau」2007年2月22日
  7. ^ トルドー、モントリオールでの予備選に勝利 Trudeau wins Montreal riding

関連事項[編集]