一国二制度

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一国二制度(いっこくにせいど、: 一个国家、两种制度/一国两制: 一個國家、兩種制度/一國兩制: One Country, Two Systems: Um país, dois sistemas)は、中華人民共和国政治制度において、本土領域(中国政府が対香港マカオ関係で自称する際は「内地」)から分離した領域を設置し、主権国家の枠組みの中において一定の自治や国際参加を可能とする構想である。

概説[編集]

当初は、台湾との統一のために提案された構想であった。現在は、かつてイギリス植民地であった香港と、ポルトガル植民地であったマカオにおいて実施されている。

ここでいう「制度」は本来、経済制度を指している。現在、香港は中国本土社会主義市場経済の恩恵で返還後の不況から脱しつつあるが、貧富の差がだんだん拡大しており、事実上中国に依存する一体化が進行している。また、領域内の制度の差異を基準としても、香港とマカオの経済制度が異なるため、中国本土と合わせて3つの制度がある事になる。

一国二制度をめぐる法制度[編集]

一国家二制度を実現する制度として、特別行政区がある。中華人民共和国憲法(1982年憲法以降)第31条は、「国家は必要時に特別行政区を設置することができる。特別行政区において実施する制度は、具体的状況を鑑みて、全国人民代表大会により法律によって規定される。」と規定している。香港やマカオの場合では、全国人民代表大会が「特別行政区基本法」を制定し、この2つの特別行政区を設置し、その制度を定めた。

ただし、中国では全国人民代表大会の中に常務委員会が設置され、この常務委員会が制定した法律が「法律」と呼称される。それに対して、全国人民代表大会(の全体会議)で制定された法律は「基本法」と呼称される。つまり、特別行政区基本法も、この意味での「基本法」であり、憲法的性質を持つことを示した名称ではない。また、特別行政区基本法の最終解釈権は、全国人民代表大会常務委員会にある(香港特別行政区基本法第158条)。同委員会の下にそれぞれ、香港特別行政区基本法委員会とマカオ特別行政区基本法委員会が設けられている。香港の裁判所は、基本法の規定のうち、中央政府の事務または中央政府と特別行政区の関係に関連するものについての解釈が判決に影響を及ぼす場合、全国人民代表大会常務委員会に解釈を求める必要がある。

2014年6月10日に公表された中国国務院新聞弁公室の白書では、香港特別行政区における一国二制度について「香港固有のものではなく、全て中央政府から与えられたものである」と明文で定義された[1]。これと並び、同年8月31日に第12期全国人民代表大会常務委員会が、2017年からの香港の普通選挙制度について、事実上の香港親中派優遇、民主派締め出し策を設けることを発表したことも受けて、香港民主派は、デモなどを通じて中央政府による一国二制度のあり方に反対の姿勢をとっている。

一国二制度と台湾[編集]

改革開放以前、中国は台湾を武力で「解放」することを目指していた。しかし、1978年11月鄧小平は、中華民国台湾の現状を尊重すると述べ、同12月にはこれが中国共産党の第11期中央委員会第3次全体会議にて文書化された。1979年元旦、全国人民代表大会常務委員会は、「台湾同胞に告げる書[2]を発表し、平和統一を目指す姿勢を示した。特別行政区に初めて言及したのが、1981年葉剣英・全国人民代表大会常務委員会委員長の談話であり、高度な自治権と軍隊の保有を容認し、経済社会制度を変えないと述べた。1982年には鄧小平が「一国家二制度」という名称を用いたとされる。 中国系アメリカ人の政治学者、楊力宇によると、鄧小平は楊のインタビューに応じた際、一国家二制度(特に台湾との関連において)は連邦制を念頭においていると発言したといわれる(楊力宇「鄧小平対和平統一的最新構想」『七十年代月刊』1983年8月号)。しかし、この発言は公式には否定されている。

民主党沖縄ビジョン[編集]

日本の民主党沖縄県についての考え方をまとめた沖縄ビジョンで、 地域主権のパイロット・ケースとして「一国二制度」的に、各種制度を積極的に取り入れることも検討 との表現が用いられている[3]が、自治権の高度化についての言及はほぼなく、経済・入国管理・教育などに関する経済特区に類するものである。

脚注[編集]

  1. ^ 《“一国两制”在香港特别行政区的实践》白皮书 中华人民共和国国务院新闻办公室
  2. ^ 中国語原文
  3. ^ 民主党沖縄ビジョン2008 民主党

関連項目[編集]