中華民国の国旗
| 用途及び属性 | |
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| 縦横比 | 2:3 |
| 制定日 | 1928年10月8日 |
| 使用色 | |
中華民国の国旗(ちゅうかみんこくのこっき)は、青天白日滿地紅旗(せいてんはくじつまんちこうき、拼音: qīngtiān-báirì-mǎndìhóngqí 、チンティエン パイリー マンティーホンチー、日本の漢字では「青天白日満地紅旗」)と呼ばれる旗であり、中華民国の国章は、国旗の左上に描かれている青天白日の紋章である。
目次 |
解説 [編集]
中華民国の現在のこの国旗と国章は、1928年に蔣介石が中華民国・南京国民政府(今日の中華民国政府の前身)を成立させた際に初めて正式に採用された。なお、青天白日の紋章は、制定当初から中国国民党の党章も兼ねている。ミャンマーが1974年から2010年まで使用していたミャンマー国旗と似たデザインである。
青天白日滿地紅旗は青・赤・白の3色で構成されているが、これは孫文の三民主義(民族の独立、民権の伸長、民生の安定)に由来しており、青は民権主義と同時に自由を、赤は民族主義と同時に革命に身を捧げた人々の血と友愛を、白は民生主義と同時に平等をそれぞれ象徴している。また同時に、青天白日の紋章は、青は空を、12本の光芒からなる白日(白い太陽)は1年の12か月と十二支、十二宮、十二刻を表し、中華民国の絶え間ない進歩を象徴している。
実際のところ、中華民国は1928年から1989年まで国民党一党独裁が布かれて来た。1989年に政党結社が自由化されると、中華民国の政治体制は徐々に民主化されていき、1996年中華民国総統選挙より台湾(中華民国政府の実効統治地域)の住民による中華民国総統(国家元首)の直接選出が始まり、2000年中華民国総統選挙では中国国民党が野党に転落した。
しかし、青天白日滿地紅旗は、中華民国の政治民主化に伴う国民党と民主進歩党との政権交代が行われるようになった後も、中華民国の国旗であり続けている。
歴史 [編集]
青天白日旗 [編集]
詳細は「w:Blue Sky with a White Sun」を参照
青天白日滿地紅旗は、青天白日旗を基としてデザインされたものである。当初、青天白日旗は中国国民党の前身である中国革命同盟会の旗として、陸皓東が1893年にデザインしたものである。だが、1906年に孫文が青天白日旗を中華民国の国旗として併用しようとした際に、黄興が青天白日旗と日本の日章旗が類似していることと、青天白日旗の色彩が質素で単調である事を指摘した為、張永福の妻が構想していた国旗の原案の1つを参考に、孫文が赤地を加えて青天白日滿地紅旗を完成させた。なお、青天白日旗はその後、1919年成立の中国国民党党旗に制定された。また、孫文が参考にした国旗の原案は、1925年に最初の国民政府が成立した際に国民革命軍の軍旗として採用され、1948年以降は中華民国海軍の軍旗として使用されている。
五色旗 [編集]
1912年の中華民国建国後、臨時大総統(国家元首)に就任した孫文は青天白日滿地紅旗を国旗として採用しようとしたが、臨時参議院(議会)との協議の結果、かつて清朝の海軍で使用されていた旗を基とした五色旗を国旗とし、青天白日滿地紅旗を中華民国の海軍軍旗として使用することとなった(青天白日滿地紅旗は1913年から使用開始)。当初、五色旗は中華民国の国旗として各界から認知されていたが、袁世凱が政府から孫文も含めた革命勢力を追放して権力を掌握する(北京政府)と、袁世凱の施政に反発する人々を中心として五色旗に対する反発が強まっていった。
五色旗は、赤=漢族、黄=満州族、青=モンゴル族、白=ウイグル族、黒=チベット族の五族共和を意味するとされた(色と民族の対応は異説あり)。なお、旗が清朝に由来することから、後に満州国の国旗に応用された。
青天白日満地紅旗 [編集]
一方、北京政府から追放された孫文を初めとする革命勢力は、北京政府に対抗すべく1919年に広東で中国国民党を結成し、その際に青天白日の紋章を党章とした。そして、勢力を拡大した国民党は1925年に広州で国民政府を樹立するが、その際に孫文が製作した青天白日滿地紅旗を国旗として定めたため、中華民国には2つの国旗が並存する事態が生じた。このような事態は、1928年に蔣介石の南京国民政府が全国を統一した際に、正式な国旗を五色旗から青天白日滿地紅旗へと変更したことで解消した。その際に、青天白日の紋章も正式な国章として制定され、これ以降中華民国の国旗・国章は今日まで変更されることなく使用され続けている。
中華人民共和国の成立と国際的な扱いの変遷 [編集]
青天白日滿地紅旗は、1949年の中華人民共和国成立までは「中国の国旗」として世界的に認知され、その後も「中国を統治する唯一の合法(正統)な国家は中華民国である」という中華民国いわゆる台湾国民政府の主張が国際的に認知されている間は、国際連合などの国際的な公式の場で掲揚されることは珍しくもなかった。だが中華人民共和国が1970年代に取り組んだ西側諸国と相次ぐ関係改善と、国連における「中国」の代表権を中華民国政府から中華人民共和国政府に移す1971年の国連総会決議2758の採択などの結果、「中国を統治する唯一の合法(正統)な国家」として中華民国を承認する国が激減し、青天白日滿地紅旗も「中国の国旗」として国際的に認知されなくなっていった。そのために現在では、青天白日滿地紅旗が台湾以外の公式な場で掲揚される機会が大変少なくなっている。
また、かつて、英国領だった時代の香港では、自由・民主・自治の実現を願い、青天白日滿地紅旗がはためく光景が見受けられた。しかし、1997年に香港が英国の植民地から中華人民共和国の特別行政区になってからは、香港でこの旗がはためくことはなくなった。
国際スポーツにおける扱い [編集]
詳細は「チャイニーズタイペイ」を参照
青天白日滿地紅旗は、オリンピックやFIFAワールドカップなどの世界的なスポーツ大会の場でも公式に掲揚されることはなくなった。1984年以降、オリンピックに中華民国の選手が「チャイニーズタイペイ(中華台北,Chinese Taipei)」代表として出場する際には、青天白日滿地紅旗の代わりにチャイニーズタイペイオリンピック委員会旗(中華奧林匹克委員會旗)が使用・掲揚されている。同旗は国旗に使われる青白赤の3色で国花の梅をあしらい、その中に国章とオリンピックシンボルの五輪が掲げられている。
台湾独立派 [編集]
「中国」という枠組みから完全に離れた台湾国家の樹立を目指す台湾独立派の間では、青天白日滿地紅旗は外来政権の旗ととらえられ、拒否されることが多い[1][2]。1956年に東京で成立が宣言された台湾共和国臨時政府は、藍底白色日月旗を採用した。1977年まで存続したが、その後の独立運動では、この旗は採用されなかった。その後1990年代に台湾共和国の国旗として「台湾同心旗」が提案された。しかし図案の難点などから台湾独立派に広く受け入れられた訳ではない。この他台湾独立派の間では、2001年から世界台湾人大会が使用する「台湾旗」などの旗が掲げられることがある。また台湾旗は日本の台湾支援者や団体(日本李登輝友の会や台灣建國應援團など)も使用している。
関連項目 [編集]
- 国旗の一覧
- 中国の旗一覧
- 国旗歌(中華民国)
- 中華人民共和国の国旗(五星紅旗)
外部リンク [編集]
- Flags of the World(英語のみ)
- 全球旗幟會館(正体字中国語のみ)
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