独裁者

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古代ローマガイウス・ユリウス・カエサルの胸像。彼の独裁制により共和政ローマ帝政ローマに変質した。

独裁者(どくさいしゃ)とは、独裁政治を行う支配者。独裁者が元首である国は独裁制と呼ばれる。独裁者の定義や範囲は、立場や視点にもよるため、多数の議論が存在している。

近代までは、独裁や専制という語は特に否定的な意味を持たなかった。「独裁者」と呼ばれる支配者にも、多数の異なった支配体制と多様な支配者が存在している。軍事政権一党制、個人に支配された文民政治なども、独裁と呼ばれる場合がある。また政治的スペクトル上の分類では、極左あるいは極右的な主張を掲げる場合も、更には政治的無関心が掲げられる場合すら存在している。

語義[編集]

「独裁」は古代ローマ独裁官を語源とする[1]政治学では通常、類義語の「暴君」や「専制」などは支配側と非支配側の間の身分・階級・民族などの集団が異なる場合に使用され、「独裁」は支配側と非支配側の間の集団が基本的には同一または同質の場合に使用されている。またカール・シュミットは、独裁制と専制政治の違いを「具体的例外性」に見いだし、独裁政は例外的事態であり、この具体的例外性を失えば専制政治に転化するとした。

歴史[編集]

世界的に代表的な、独裁者と呼ばれる事の多い人物には、古代ではガイウス・ユリウス・カエサル、近代以降ではナポレオン・ボナパルト、20世紀以降ではヨシフ・スターリンベニート・ムッソリーニアドルフ・ヒトラーなどが挙げられる。

古代ギリシアの諸ポリスでは重要な事項を民会で決定したが衰退し、プラトンは民主政は衆愚政治に陥る可能性があると批判した。

共和政ローマの官職の一つ独裁官は、国家の非常事態に任命され、6ヶ月間に限り国政を一人で操ることができた。しかし紀元前44年ガイウス・ユリウス・カエサルは自らを終身独裁官に任命したことにより実質上共和政は変質し、後に一人支配が常となる元首政(プリンキパトゥス、いわゆる帝政ローマ)が誕生する礎となった。

近代以降では、フランス革命後のマクシミリアン・ロベスピエールらが恐怖政治を行って独裁者と呼ばれ、更にナポレオン・ボナパルト軍事政権を樹立し独裁者と呼ばれた。

19世紀末期、カール・マルクスは、ブルジョワ社会での議会制民主主義は欺瞞であるとして、資本主義社会から共産主義社会へ移行する過渡期にはプロレタリア独裁が必要とした。後のロシア革命後のヨシフ・スターリン大粛清を行い独裁者と呼ばれた。マルクス・レーニン主義を掲げる多くの社会主義国憲法では「独裁」を記載している。

20世紀初頭、ベニート・ムッソリーニファシズムを提唱し、権力獲得後に「選挙で25%以上の得票率を得た第一党が議会の議席の3分の2を獲得する」という選挙法改訂によって独裁権を確立した。またアドルフ・ヒトラー国家社会主義指導者原理を提唱して民主主義を批判し、権力獲得後に他の政党を解散させた。

第二次世界大戦終結後も、スペインのフランシスコ・フランコなどは独裁者であり続けた。また中華人民共和国毛沢東北朝鮮金日成金正日父子、イラクサッダーム・フセインウガンダイディ・アミンリビアムアンマル・アル=カッザーフィー、その他多くの社会主義国や開発独裁などの国家支配者も、独裁者と呼ばれる事が多い。

脚注[編集]

  1. ^ dictator - Definition from the Merriam-Webster Online Dictionary”. www.merriam-webster.com. 2008年8月1日閲覧。

関連項目[編集]