張成沢
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장성택
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| 生年月日 | 1946年2月6日(67歳) |
| 出生地 | |
| 出身校 | 金日成総合大学 |
| 所属政党 | |
| 配偶者 | 金敬姫 |
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| 任期 | 2010年6月7日 - |
| 国防委員長 | 金正日 金正恩(国防委員会第一委員長) |
| 張成沢 | |
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| 各種表記 | |
| ハングル: | 장성택 |
| 漢字: | 張成澤 |
| 発音: | チャン・ソンテク |
| 日本語読み: | ちょう・せいたく |
| ローマ字: | Chang Sŏngt'aek |
| 英語表記: | Chang Song-taek |
張 成沢(チャン・ソンテク、朝鮮語: 장성택、1946年2月6日 - )は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の政治家。現在、朝鮮民主主義人民共和国国防委員会副委員長、朝鮮労働党中央委員会政治局委員、朝鮮労働党中央軍事委員会委員、朝鮮労働党中央委員会行政部長を務める。朝鮮人民軍における軍事称号(階級)は大将[1]。
北朝鮮の最高指導者だった金正日の側近といわれ、金正日の妹である金敬姫の夫でもある。2人の実兄張成禹(チャン・ソンウ)、張成吉(チャン・ソンギル)は軍幹部[2][3][4]。
目次 |
経歴[編集]
若い頃は容姿端麗かつ性格も開放的で酒にも強く、大学では性別問わず人気者であった。頭の回転が速く、機敏に長けて気の利く遊び人だった性分を、当時上級生だった金正日に気に入られ、幼少時に事故で死去していた弟の代わりの様に可愛がられる。金敬姫とは大学の同級生であり、張成沢に憧れ惹かれていた金敬姫からのアプローチをきっかけに付き合うようになっていた。しかし、生来の遊び癖気質を金敬姫の実父であり、かつ当時、既に国内最高権力者の地位にあった金日成には疎んじられ、一時江原道の元山経済大学に強制転学させられる。実妹の悲しみを払いたい想いや金正日自身が期待していた張成沢の将来への期待などから、やがて金正日のとりなしで中央に復帰し、学生時代からの金正日の希望通り、彼の側近となった。しかしその後、一時敬姫との夫婦仲が悪り、DVなどにも及ぶようになったことを金正日が激怒。1978年から2年間、ガンソン製鉄所で思想化教育を受ける。
その後は麻薬密輸の陣頭指揮や三大革命小組運動の推進など金正日の側近中の側近として権勢を振るっていたが、2003年10月より以後、消息報道が長期間途絶える。ほどなく2004年2月頃には、分派活動を疑われて失脚したという情報も飛び交ったものの、2006年1月29日の朝鮮中央通信の報道で復権したことが判明。失脚以前は朝鮮労働党中央委員会組織指導部第1副部長であったが、復権の際、北朝鮮の報道では単に党中央委員会第1副部長として紹介された。なお、首都建設部第1副部長として復権したとの情報もあった。2007年には党行政部長に就任。
金正日政権末期[編集]
金平一とともに、アメリカ政府から、金正日政権崩壊後のキーパーソンの一人として注目を集めた。また妻の金敬姫とともに金正日の長男金正男の後見人と見られた。金正日は2008年8月に脳卒中で倒れ、回復後も左腕には後遺症が残ったこともあり[5]、その動向が注目された。
2008年8月末頃、交通事故で重傷を負ったとの情報がある。これについては、正男を推す張をはじめとする勢力と、次男の金正哲を推す(もしくは自分たちが権力を掌握しようとする)軍部との間の権力争いとの見方がある。
2009年2月15日、金正日の健康が悪化した際、張が三男の金正恩を後継者にするよう働きかけたと報じられた[6]。同年4月9日、国防委員会委員に選出。
2010年6月7日、国防委員会副委員長に選出。ナンバー2の地位を得る。これについては、金正恩を後継者にするための布石と言う見方と、正恩を後継者にすることを諦め、張自身を北朝鮮の次期最高指導者にするため、という2つの見方があった[7]。
同年9月28日、第3回党代表者会議をうけて開催された中央委員会総会で政治局員候補に昇進。同時に金正恩も党中央軍事委員会副委員長に推挙され、これにより金正恩の後継者としての地位がほぼ確定した。
金正恩体制下[編集]
2011年12月17日に金正日が死亡し、葬儀委員会の名簿には19位に名を連ねた(妻は14位)[8]。当面の間は若い金正恩を張ら後見人がバックアップする体制が取られるものとみられている[9]。
2012年4月11日の第4回朝鮮労働党代表者会で、朝鮮労働党政治局員候補から政治局員に昇格した。
家族[編集]
- 長兄:張成禹(チャン・ソンウ、장성우)(1933年4月7日 - 2009年8月)
- 次兄:張成吉(チャン・ソンギル、장성길)(生年不明 - 2006年)人民武力省革命事績館長
- 妻:金敬姫(キム・ギョンヒ、김경희)金正日の同母妹
出典[編集]
- ^ 「正恩氏後見 張成沢氏は「大将」軍服姿放映 軍での影響力増大」『読売新聞』2011年12月26日東京朝刊1面。
- ^ “金総書記健康異常説で注目集まる北朝鮮中核人物らは”. WoW!Korea(聯合ニュース). (2008年9月12日) 2009年3月16日閲覧。
- ^ “金総書記夫人、金玉氏の父親が代議員に当選”. 中央日報. (2009年3月11日) 2009年3月16日閲覧。
- ^ “北朝鮮人民武力省の張ソンギル氏死亡、張成沢氏の兄”. WoW!Korea(聯合ニュース). (2006年7月12日) 2009年3月16日閲覧。
- ^ “脳卒中後「余命数年の分析」 外国訪問で健康誇示も”. 産経新聞. (2011年12月19日) 2011年12月27日閲覧。
- ^ “金総書記義弟が決定的影響=後継体制で「摂政」に-聯合ニュース”. 時事通信(聯合ニュース). (2009年2月15日) 2009年3月16日閲覧。
- ^ “3代世襲の断念?それとも牽制? 張成沢氏台頭に憶測”. 東亜日報. (2010年6月9日) 2010年6月9日閲覧。
- ^ “延坪島砲撃主導の金格植、葬儀委員名簿から抜ける”. 中央日報. (2011年12月26日) 2011年12月27日閲覧。
- ^ “「後見体制」が強力後押し=金正恩政権、基盤強固か-北朝鮮”. 時事通信. (2011年12月21日) 2011年12月27日閲覧。