共和党 (アメリカ)

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アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国の政党
共和党
Republican Party(Grand Old Party)
全国委員長 ラインス・プリーバス
下院院内総務 エリック・カンター
上院院内総務 ミッチ・マコーネル
成立年月日 1854年
本部所在地 ワシントンD.C.
北緯38度53分7.5秒 西経77度0分20.1秒 / 北緯38.885417度 西経77.005583度 / 38.885417; -77.005583
合衆国下院議席数
(54%)
233 / 435
2013年現在)
合衆国上院議席数
(45%)
45 / 100
(2013年現在)
党員・党友数
3130万人(有権者登録届出数)[1]
(2012年10月)
政治的思想・立場 保守主義
自由主義
共和主義[2]
公式サイト Republican・National・Committee
シンボル 象、赤
国際組織 国際民主同盟
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共和党(きょうわとう、Republican Party)は、アメリカ合衆国政党国際民主同盟加盟。民主党と共に二大政党制を構成している。一般的にリベラルの立場を取る民主党に対し、保守主義の立場を取る中道右派政党である。

概要[編集]

2014年現在大企業軍需産業・富裕中間層キリスト教右派深南部バイブルベルトを中心とする貧困白人層のような保守的な白人、主な支持基盤とする。倫理的には支持基盤のキリスト教右派の影響から、反同性愛・反中絶を強固に主張。また、共和という党名が象徴しているように神授を尊重するという点で、民衆運動を尊重する民主党の対極に位置する存在となっている。ただし、民主党と同様に党議拘束など政党の政策を各構成員たる議員に強制する仕組みが必ずしも強くないことから、対立候補ないしは各議員の所属する地域の特性に応じてある程度政策の幅を持つ。 英語ではGOP (Grand Old Party) が別称のひとつになっている。

シンボルは[3]

歴史[編集]

黒人奴隷制反対を掲げて1854年に結成される。連邦派と呼ばれるフェデラリストホイッグ党の流れを汲み、かつては北東部、中西部を支持基盤とする政党であり、1860年にはリンカーンが初の同党出身の大統領になった。当初は知識層が支持する進歩政党であったが、20世紀前半に革新主義が離脱、ニューディール連合のもと雌伏を余儀なくされた。公民権運動以降、民主党地盤であった南部へ進出、キリスト教右派を取り込んで保守的な傾向を強めていき、民主党と政治的立場が入れ替わることとなった。リチャード・ニクソン以降はこの地を地盤として多くの大統領を送り込んでいる。

大恐慌以降の民主党が経済・社会政策における再分配政策・中小企業重視・弱者の救済を重視するのに対して、共和党は大企業優先・新保守主義色がより強く、大企業への法人税縮小、規制緩和民営化を強力に推進する傾向にある。クリントン政権下でヒラリー・クリントンが提唱した国民皆保険制度に関しては、当初から一貫して反対し阻止に動いてきた。

環境問題については国内環境の保全には積極的に取り組む議員もいるが、地球温暖化問題には懐疑的な議員が多く、省エネルギーよりも短期的な経済効率を優先する傾向が目立つ。ブッシュ政権は内外の批判を浴びながらも、京都議定書から離脱した。通商問題ではNAFTAなどの自由貿易協定やグローバル資本主義を積極的に支持し、あらゆる手段をもって推進する姿勢である。

外交政策において冷戦期は戦略防衛構想など積極的な軍拡を行い、また冷戦後は介入主義の立場を取り、湾岸戦争ソマリア内戦コソボ紛争、最近ではアフガン侵攻イラク戦争を起こし参戦した。レーガン政権からいわゆるネオコン勢力が一定の主導権を握り始めたことも外交政策に影響を与えている。ネオコンと呼ばれる人々にはユダヤ系が多く、この勢力は中東地域での軍事行動に積極的であり、イスラエルの対アラブ諸国・対パレスチナの武力行使についても肯定する。特にゴールドマン・サックスなどユダヤ系大企業から巨額の献金を受けているので極端にイスラエル寄りである。クリントン政権が進めていた中東和平プロセスはジョージ・W・ブッシュ政権になってから事実上崩壊し、同政権はイスラエルのガザ侵攻レバノン侵攻などの防衛行動を黙認し続けた。

1950年代にはジョセフ・マッカーシーなど過激な反共主義者がいた。1972年ニクソン大統領が中国やソ連などの共産主義国とのデタントを先駆けて始めて以来、アーマンド・ハマーの様な支持者によって中道色が濃いサークルは一時的に存在した。ジョージ・W・ブッシュ政権でもイレーン・チャオ労働長官、ヘンリー・ポールソン財務長官といった一般的に親中派とされる人物を自身の陣営に引き入れており、ニクソン政権やレーガン政権の元高官といった顔触れの親中派ロビイストから圧力も受けている。従って、国内産業保護を重視する傾向が強く、チベット問題や人権問題で中華人民共和国批判を強める民主党に比べ親中的とされている。

1994年中間選挙以降、議会の上下両院において多数派を維持していたが、2006年に行われたブッシュ政権2期目の中間選挙では、イラク政策に対する批判や、所属議員の同性愛などの性的スキャンダルが重なって、支持率が低下した。共和党陣営はイラク政策にあまり触れず内政面での成果を強調して選挙を乗り越える意向を見せたが、結局、連邦議会の上下両院で民主党に敗れ、今後は野党の民主党とも一定の妥当をせねばならないと見られている。

2008年アメリカ合衆国大統領選挙では党内中道派の重鎮ジョン・マケイン上院議員やサラ・ペイリンアラスカ州知事らが有力候補とされていた。しかし、民主党のバラク・オバマ候補に敗北しホワイトハウスを8年ぶりに民主党に奪還されることになった。

2012年アメリカ合衆国大統領共和党予備選挙では混戦模様の中からミット・ロムニー元マサチューセッツ州知事が大統領候補となったが、2012年アメリカ合衆国大統領選挙では民主党のオバマ大統領に敗れた。

大統領候補[編集]

選挙年 結果 候補と当選者 大統領
大統領 副大統領 任期
1856 落選 ジョン・フレモント ウィリアム・デイトン    
1860 当選 エイブラハム・リンカーン[1] ハンニバル・ハムリン 16代 1861年 - 1865年
1864 当選 アンドリュー・ジョンソン[2]
1868 当選 ユリシーズ・グラント スカイラー・コルファクス 18代 1869年 - 1877年
1872 当選 ヘンリー・ウィルソン[3]
1876 当選 ラザフォード・ヘイズ ウィリアム・ウィーラー 19代 1877年 - 1881年
1880 当選 ジェームズ・ガーフィールド[1] チェスター・アーサー 20代 1881年
暗殺昇格 チェスター・アーサー 不在 21代 1881年 - 1885年
1884 落選 ジェイムズ・G・ブレイン ジョン・ローガン    
1888 当選 ベンジャミン・ハリソン リーヴァイ・モートン 23代 1889年 - 1893年
1892 落選 ベンジャミン・ハリソン ホワイトロウ・リード    
1896 当選 ウィリアム・マッキンリー[1] ギャレット・ホーバート[3] 25代 1897年 - 1901年
1900 当選 セオドア・ルーズベルト
暗殺昇格 セオドア・ルーズベルト 不在 26代 1901年 - 1909年
1904 当選 チャールズ・フェアバンクス
1908 当選 ウィリアム・タフト ジェームズ・シャーマン[3] 27代 1909年 - 1913年
1912 落選 ウィリアム・タフト ニコラス・バトラー    
1916 落選 チャールズ・ヒューズ チャールズ・フェアバンクス  
1920 当選 ウオレン・ハーディング[4] カルビン・クーリッジ 29代 1921年 - 1923年
病死昇格 カルビン・クーリッジ 不在 30代 1923年 - 1929年
1924 当選 チャールズ・ドーズ
1928 当選 ハーバート・フーヴァー チャールズ・カーティス 31代 1929年 - 1933年
1932 落選 ハーバート・フーヴァー チャールズ・カーティス    
1936 落選 アルフ・ランドン フランク・ノックス  
1940 落選 ウェンデル・ウィルキー チャールズ・マクナリー  
1944 落選 トーマス・デューイ ジョン・ブリッカー  
1948 落選 アール・ウォーレン  
1952 当選 ドワイト・アイゼンハワー リチャード・ニクソン 34代 1953年 - 1961年
1956 当選
1960 落選 リチャード・ニクソン ヘンリー・ロッジ    
1964 落選 バリー・ゴールドウォーター ウィリアム・ミラー  
1968 当選 リチャード・ニクソン[5] スピロ・アグニュー[5] 37代 1969年 - 1974年
1972 当選
辞任交替 ジェラルド・フォード
辞任昇格 ジェラルド・フォード ネルソン・ロックフェラー 38代 1974年 - 1977年
1976 落選 ジェラルド・フォード ボブ・ドール    
1980 当選 ロナルド・レーガン ジョージ・H・W・ブッシュ 40代 1981年 - 1989年
1984 当選
1988 当選 ジョージ・H・W・ブッシュ ダン・クエール 41代 1989年 - 1993年
1992 落選 ジョージ・H・W・ブッシュ ダン・クエール    
1996 落選 ボブ・ドール ジャック・ケンプ  
2000 当選 ジョージ・W・ブッシュ ディック・チェイニー 43代 2001年 - 2009年
2004 当選
2008 落選 ジョン・マケイン サラ・ペイリン  
2012 落選 ミット・ロムニー ポール・ライアン  

[1] 暗殺
[2] リンカーンは民主党員のアンドリュー・ジョンソンを副大統領候補として1864年の選挙に出馬
[3] 在任中に死去
[4] 病死
[5] 辞任

代表的な政治家(アルファベット順)[編集]

現在生存中の人々[編集]

歴史的政治家[編集]

主要な支持母体・基盤[編集]

※傾向として以下の団体など

現在[編集]

過去[編集]


共和党員と共和党の支持層と選挙の傾向[編集]

先述にあるように、南部中西部の白人が支持しているが、コンドリーザ・ライスボビー・ジンダルなどの人種的マイノリティがいる。 また、ジミー・カータービル・クリントンは、共和党が優勢の南部のジョージア州アーカンソー州の州知事だった。

共和党の傾向と民主党との差異[編集]

戦争と外交政策[編集]

アメリカの戦争・武力行使の本質的・根本的な目的は、植民地時代から2007年1月時点の現在に至るまで常に、アメリカの政治的・経済的・軍事的な利益と他国に対する優位性の獲得・拡大・保護という現実的利益の追求であり、自由・人権・民主政治の伝道・普及などの宗教的・イデオロギー的なものではない。

アメリカは戦争・武力行使・外交政策において、アメリカ政府・議会の多数派の本質的・根本的な目的に都合がよければ、自由・人権・民主政治を侵害し国民を弾圧する政権でも支援してきた。アメリカ政府が戦争・武力行使の目的として宗教的・イデオロギー的な理想を主張する場合は、本質的な目的を隠蔽するための偽装であるか、根本的な目的に対する派生的・従属的な目的である。イラク戦争の真の目的が標榜される民主化のドミノ倒しつまりイラクや中東の民主化ではないことは、アメリカがサウジアラビアアラブ首長国連邦バーレーンカタールクウェート即ち中東の絶対王制諸国を武力で民主化しようとしないことにより証明十分である。ネオコンと称されるイデオロギーを持つ人々は伝統的な共和党員と比較すると異端者であり、2期目のブッシュ政権ではすでに影響力を失っている。

アメリカが頻繁に戦争・武力行使をする理由は、アメリカ政府の考え方、議会の多数派の考え方、アメリカ国民の多数派の考え方のいずれにおいても、国家の安全保障や利益の追求に関して、強大な軍事力・武力を保有し行使することの有効性に対する強い信仰があり、軍事力・武力を行使して問題を解決しようとする、目的を達成しようとする傾向は、世界の大部分の国と比較において顕著である。 アメリカは政権が民主党でも共和党でも、議会の多数派が民主党でも共和党でも、戦争を積極的に推進した事例も、戦争に抑制的だった事例も、対話による外交と国際協調を推進した事例も、対話による外交と国際協調を無視した事例もあり、戦争と外交政策に関する考え方・政策・実績は、民主党の多数派と共和党の多数派に本質的・根本的な差異はない。 アメリカ独立戦争、第二次米英戦争、アメリカ先住民との戦争、アメリカ南北戦争、外国への治安維持部隊の派遣を除いて、共和党政権が外国との戦争を開始した事例は、1898年の米西戦争、1898年-1901年のアメリカ-フィリピン戦争、1902年のコロンビア・パナマ侵攻、1912年-1933年のニカラグア侵攻、1906年-1909年のキューパ侵攻、1970年のカンボジア侵攻、1970年のラオス侵攻、1983年のグレナダ侵攻、1986年のリビア空爆、1989年のパナマ侵攻、1991年の湾岸戦争、1991年-1992年および2001年-2003年のイラク空爆、2001年-現在のアフガニスタン侵攻、2003年-現在のイラク戦争であり、第二次世界大戦以後の武力行使は1991年の湾岸戦争、1991-1992年および2001年-2003年のイラクへの空爆以外は国連安全保障理事会の承認がない武力行使である。

1947年のパレスチナ分割決議、1948年のイスラエル建国を民主党のトルーマン大統領が支援し、1948-1949年の第一次中東戦争とイスラエルの占領地拡大を民主党のトルーマン大統領が黙認し、1967年の第三次中東戦争とイスラエルの占領地拡大を民主党のジョンソン大統領が黙認するなど、民主党の大統領もイスラエルに対する一方偏重政策の実績がある。その反面、1978年にカーター大統領がイスラエルとエジプトの和平を調停し、イスラエルとエジプトの相互承認と平和条約の締結と国交樹立を支援した実績、1994年にクリントン大統領がイスラエルとヨルダンの和平を調停し、イスラエルとヨルダンの相互承認と平和条約の締結と国交樹立を支援した実績もある。

1956年の第二次中東戦争でイスラエル、イギリス、フランスがシナイ半島とスエズ運河を占領したが、共和党のアイゼンハワー大統領とソ連のフルシチョフ書記長は、イスラエル、イギリス、フランスに対してシナイ半島とスエズ運河をエジプトに返還するよう勧告し返還させた。1991年にブッシュ大統領が中東和平のためのマドリッド会議を開催し、2003年にブッシュ大統領はEU、ロシア、国連とともに中東和平ロードマップを提案し、パレスチナ自治政府に財政支援をしてきたが、2006年のパレスチナ議会選挙で、武力によるイスラエル打倒を表明しているハマースが最多議席を獲得して内閣を形成したので、中東和平ロードマップが提案しているイスラエルとパレスチナの相互承認による共存共栄への政策転換をハマースに求めて財政支援を停止中である。

オスロ合意がラビン首相の暗殺で崩壊したように、イスラエルにもパレスチナにも相手との共存共栄を拒絶する勢力がいるかぎり、和平の実現は困難である。民主党政権やクリントン大統領時代にパレスチナ問題の全面和平が成立していた事実はなく、共和党政権やブッシュ大統領がパレスチナ和平を意図的に破壊しようとしたことも意図的に破壊した事実もない。

民主党政権ならパレスチナ問題が解決するなら、過去の民主党政権時にパレスチナ問題は解決しているはずだが解決した事実はない。2003年4月にアメリカ政府、ロシア政府、EU、国連がパレスチナ和平ロードマップを提案したが、イスラエル側にもパレスチナ側にも共存共栄を拒絶して武力で相手を打倒するまで戦う考えの人々がいて、全ての人々が共存共栄を受け入れない限りパレスチナ問題の終結はない。アメリカもロードマップに基づいてパレスチナ自治政府に資金援助をしてきたが、ハマース内閣がイスラエルとの共存を受け入れないとして、財政支援を停止中である。アメリカや共和党やブッシュ政権がイスラエルの都合だけ考え、パレスチナのためには何もしていないとの主張は事実ではない。

過去にパレスチナ問題が全面解決したことはない。共和党及び米国側の見解としては、ハマース、ヒズボラはイスラエルとの共存共栄を拒否し、イスラエルを武力で打倒することによりパレスチナを解放できると主張しているので、他国による和平調停が成り立つことは困難というものである。ハマースについては1967年以前の国連による国境線を認めるという形まで譲歩しているが、イスラエルはこれ以降に支配下に置いた占領地・入植地の大半を手放すつもりはなく、強硬路線を推し進めている。パレスチナ問題の当事者全員に共存共栄を働きかけて、その考えが当事者に受容され、パレスチナ問題の終結と全面和平が実現できるならそれが理想だが、誰にもできないから現状がある。パレスチナ問題の歴史的経緯を全て無視して、パレスチナ問題の原因と責任は全て共和党とブッシュ政権にあると決め付けることは、歴史的経緯を無視した偏った見方である。

いずれにせよ、米国は共和党・民主党政権を問わず、イスラエルに大規模な無償の軍事援助(年20億ドル前後。2007年より10年間で300億ドル、年30億ドルの予定)を行っており、また国連安保理でイスラエルに不利な提案が出されると、ほぼ確実に拒否権を発動している。イスラエル・パレスチナ問題において、米国はイスラエル側の当事者として深入りしており、第三者としての仲介は行っていないのが現状である。

軍需経済と軍事政策[編集]

アメリカは政権が民主党でも共和党でも、議会の多数派が民主党でも共和党でも、軍事支出増加と軍事力拡大を推進した事例も、軍事支出増加と軍事力拡大を抑制した事例も、軍事支出削減と軍事力縮小を推進した事例も、軍事支出削減と軍事力縮小に反対した事例もあり、軍事支出増加と軍事力拡大、軍事支出削減と軍事力縮小に関する考え方・政策・実績は、民主党の多数派と共和党の多数派に本質的・根本的な差異はない。

アメリカは政権が民主党でも共和党でも、議会の多数派が民主党でも共和党でも、軍事力を縮小・制限する条約の署名・批准に関して、推進した事例も、推進しなかった事例も、条約を破棄した事例もあり、軍縮条約の署名・批准に関する考え方・政策・実績は、民主党の多数派と共和党の多数派に本質的・根本的な差異はない。

民主党は世界各国との国際協調を重視し、対話による外交を推進し、世界各国との利益の共存共栄を追求する考え方・政策であり、軍事支出と軍事力の削減を推進し軍需産業軍産複合体に反対してきたという認識は、公的機関が公開している客観的で具体的な事実および包括的な歴史的事実に基づいて検証され証明されたものではなく、アメリカの戦争と外交政策アメリカの軍需経済と軍事政策を検証すると、個別事例を全体化した偏った見方による誤認であり、全体的に該当する事実ではなく、共和党と比較して顕著な傾向は存在しない。

共和党は世界各国との国際協調を軽視し、圧力による外交を推進し、自国の独占的覇権的利益だけを追求する考え方・政策であり、軍事支出と軍事力の拡大を推進し軍需産業軍産複合体に協力してきたという認識は、公的機関が公開している客観的で具体的な事実および包括的な歴史的事実に基づいて検証され証明されたものではなく、アメリカの戦争と外交政策アメリカの軍需経済と軍事政策を検証すると、個別事例を全体化した偏った見方による誤認であり、全体的に該当する事実ではなく、民主党と比較して顕著な傾向は存在しない。

共和党の大統領は1922年にワシントン海軍軍縮条約、1930年にロンドン海軍軍縮条約、1971年に海底軍事利用禁止条約、1972年に生物兵器禁止条約、1972年に第一次戦略兵器制限交渉、1972年に弾道弾迎撃ミサイル制限条約、1982年に特定通常兵器使用禁止制限条約、1987年に中距離核戦力全廃条約、1991年に第一次戦略兵器削減条約、1993年に第二次戦略兵器削減条約、1993年に化学兵器禁止条約、2002年に戦略攻撃能力削減に関するモスクワ条約に署名し、連邦議会上院は共和党が多数派だった時代に、1922年にワシントン海軍軍縮条約、1930年にロンドン海軍軍縮条約、1995年に特定通常兵器使用禁止制限条約、1996年に第二次戦略兵器削減条約、1997年に化学兵器禁止条約、2003年に戦略攻撃能力削減に関するモスクワ条約を批准した。

共和党の大統領は対人地雷禁止条約に署名せず、ブッシュ政権は2002年に弾道弾迎撃ミサイル制限条約から脱退し、連邦議会上院で共和党が多数派だった時代に包括的核実験禁止条約を批准していない。

経済と経済政策[編集]

民主党は世界各国との国際協調を重視し、対話による外交を推進し、世界各国との利益の共存共栄を追求する考え方・政策であり、自由競争市場経済から発生する負の側面の問題を認識し、負の側面の問題の解決のために政府と議会が市場と企業経営に介入し問題を是正する市場制御経済政策、大企業への利益集中に反対し強者を批判し弱者を保護する政策、中小企業・消費者・社会的少数者の保護を推進してきたという認識は、公的機関が公開している客観的で具体的な事実および包括的な歴史的事実に基づいて検証され証明されたものではなく、アメリカの経済と経済政策を検証すると、個別事例を全体化した偏った見方による誤認であり、全体的に該当する事実ではなく、共和党と比較して顕著な傾向は存在しない。

共和党は世界各国との国際協調を軽視し、圧力による外交を推進し、自国の独占的覇権的利益だけを追求する考え方・政策であり、自由競争市場経済から発生する負の側面の問題を否定し、負の側面の問題を解決せずに放置し政府と議会の市場と企業経営への介入を拒絶する市場原理主義政策、大企業への利益集中に賛同し強者を保護し弱者を軽視する政策、中小企業・消費者・社会的少数者の放置を推進してきたという認識は、公的機関が公開している客観的で具体的な事実および包括的な歴史的事実に基づいて検証され証明されたものではなく、アメリカの経済と経済政策を検証すると、個別事例を全体化した偏った見方による誤認であり、全体的に該当する事実ではなく、民主党と比較して顕著な傾向は存在しない。

財政政策に関して、民主党の多数派と共和党の多数派の考え方・政策・実績に本質的・根本的な差異は無い。政府の予算・収入・支出の絶対額と分野別の比率、年度と累積の財政収支のGDPに対する比率の増減は、時代や国内・世界の状況に影響を受け変動する。

産業・経済・貿易・投資への政府の監視・管理・介入・規制、規制に対する違反行為の処罰に関して、民主党の多数派は比較的に積極的であり、共和党の多数派は比較的に抑制的であるが、比較上の傾向であり絶対的傾向ではない。

所得水準が高いかまたは多大な財産を持つ富裕層と社会的影響力が大きい大企業に関する累進性が高い課税・増税と貧困者に対する所得再分配の増加、貧困者に対する行政の支援・救済、法人の事業で算出される付加価値の労働分配率の増加に関して、民主党の多数派は比較的に積極的、共和党の多数派は比較的に抑制的であるが、比較上の傾向であり絶対的傾向ではない。

社会保障、社会福祉、医療、雇用、職業訓練、教育などの政府の行政サービスに関して、民主党の多数派は拡大・増強に比較的に積極的、共和党の多数派は拡大・増強に比較的に抑制的、共和党の多数派は貧困者を例外として、市民の自己決定を尊重する政策であるが、比較上の傾向であり絶対的傾向ではない。

個人と法人と政府の収入、具体的には、最低給与水準、生活保護者への給付金、失業者への生活給付金、貧困者への納税の軽減・免除・生活支援金、個人に対する税率、法人に対する税率・補助金・社会保障費負担、消費税率、政府の事業分野と個々の事業分野のバランス、政府の債券発行などに関する民主党の多数派と共和党の多数派の政策の差異は、個人と法人と政府が共存共栄して発展してゆくことができる適切な分配の範囲内の差異であり、短期的に適切な分配の範囲内から逸脱することはあっても、適切な分配の範囲内から逸脱すると、適切な分配未満の分配になった個人または法人または政府が貧困化し、結果として国の経済が縮小・衰退するので、個人と法人と政府に対する分配政策は、長期的・マクロ的には個人と法人と政府が共存共栄して発展し国の経済が成長するに適切な分配の範囲内に収束する。

連邦議会は上院・下院ともに共和党が多数派だった時代に、1890年のシャーマン・反トラスト法、1930年のホーレー・スムート関税法、1984年のインサイダー取引制裁法(1984年は下院は民主党が多数派)、1997年の財政調整法、1997年の納税者の負担軽減法、2001年の経済成長と減税調整法、2002年のサーベンス・オクスレー法、2004年のシャーマン・反トラスト法の重罰化法、2005年1月のアメリカとドミニカ共和国と中央アメリカの自由貿易協定法を制定し、共和党の大統領は1890年のシャーマン・反トラスト法、1930年のホーレー・スムート関税法、1976年のハート・スコット・ロディーノ・反トラスト法、1984年のインサイダー取引制裁法、1990年の包括的財政調整法、2001年の経済成長と減税調整法、2002年のサーベンス・オクスレー法、2004年のシャーマン・反トラスト法の重罰化法、2005年1月のアメリカとドミニカ共和国と中央アメリカの自由貿易協定法に署名し、共和党政権は2002年に上場企業会計監視委員会を設立した。

共和党政権は1902年にノーザン・セキュリティーズ、1907年にアメリカン・タバコ、1909年にスタンダードオイル、1974年にATTを反トラスト法違反を告発して訴追し、独占的状態で公正な競争が阻害されている状況を解消するために企業分割を要求した。連邦裁判所は1904年にノーザン・セキュリティーズ、1911年にアメリカン・タバコ、1911年にスタンダードオイル、1982年にATTを、反トラスト法違反と認定して企業の分割を命令し、ノーザン・セキュリティーズ、アメリカン・タバコ、スタンダードオイル、ATTは分割された。

人権と人権政策[編集]

アメリカは政権が民主党でも共和党でも、議会の多数派が民主党でも共和党でも、人権保護を推進した事例も、人権保護を無視した事例も、人権侵害を推進した事例も、人権侵害を抑止した事例もあり、戦争と外交政策に関する考え方・政策・実績は、民主党の多数派と共和党の多数派に本質的・根本的な差異はない。

民主党は世界各国との国際協調を重視し、対話による外交を推進し、世界各国との利益の共存共栄を追求する考え方・政策であり、死刑制度の廃止、被疑者・被告人・受刑者の権利を保護、難民と不法移民の権利を保護、女性と児童と社会的少数者の権利の保護し、人権を保護する政策を推進してきたという認識は、公的機関が公開している客観的で具体的な事実および包括的な歴史的事実に基づいて検証され証明されたものではなく、アメリカの人権と人権政策を検証すると、個別事例を全体化した偏った見方による誤認であり、全体的に該当する事実ではなく、共和党と比較して顕著な傾向は存在しない。

共和党は世界各国との国際協調を軽視し、圧力による外交を推進し、自国の独占的覇権的利益だけを追求する考え方・政策であり、死刑制度の維持、被疑者・被告人・受刑者の権利を無視、難民と不法移民の権利を無視、女性と児童と社会的少数者の権利の無視し、人権を侵害する政策を推進してきたという認識は、公的機関が公開している客観的で具体的な事実および包括的な歴史的事実に基づいて検証され証明されたものではなく、アメリカの人権と人権政策を検証すると、個別事例を全体化した偏った見方による誤認であり、全体的に該当する事実ではなく、民主党と比較して顕著な傾向は存在しない。

妊娠中絶の自由、同性愛者の法律婚、生命科学・技術を利用した生命の創出・改変のための人為的操作に関して、民主党は比較的に寛容的、共和党は比較的に抑制的である。

生命・身体・性・精神・財産の自由に対する侵害と保護、犯罪の被疑者・被告人・受刑者の権利保護、死刑制度に関して、民主党の多数派と共和党の多数派の考え方・政策・実績に本質的・根本的な差異はない。

アメリカと共和党は1898年の米西戦争、1898年-1901年のアメリカ-フィリピン戦争、1902年のコロンビア・パナマ侵攻、1912年-1933年のニカラグア侵攻、1906年-1909年のキューパ侵攻、1970年のカンボジア侵攻、1970年のラオス侵攻、1983年のグレナダ侵攻、1986年のリビア空爆、1989年のパナマ侵攻、1991年の湾岸戦争、1991年-1992年および2001年-2003年のイラク空爆、2001年-現在のアフガニスタン侵攻、2003年-現在のイラク戦争で、非戦闘員である市民を大量殺傷し、1990年代以後の戦争では劣化ウラン弾を使用し、重金属による土壌・地下水・湖沼・河川の汚染や、病気や遺伝子の変異の原因になる可能性・危険性が指摘されていることに対して、国としても、政権党としても、前期の行為が人道に対する犯罪であることを認めず、前記の行為と行為の結果を全て正当化し、いかなる謝罪も賠償もしていない。

ブッシュ政権は、2001年以後のアフガニスタン侵攻、2003年以後のイラク侵攻で身柄を拘束した戦争捕虜を、キューバのグアンタナモ基地およびヨーロッパのアメリカ軍基地のどこかに所在する捕虜収容所に、合法性が不明で身分不詳の状態で拘束を続け、捕虜に対する尋問の方法の一部として拷問または拷問に近い方法を実施している。

2006年6月、アメリカ最高裁判所はアメリカ政府がアフガニスタン、イラクにおける軍事作戦で身柄を拘束した捕虜をキューバのグアンタナモ基地およびヨーロッパのアメリカ軍基地のどこかに所在する捕虜収容所に、合法性が不明で身分不詳の状態で拘束を続けていること、捕虜を軍事法廷で裁くことを、1949年のジュネーブ条約とアメリカ合衆国軍法が規定する被疑者・被告人に対する権利保護を満たしていないので違法であると判決した。

連邦議会は1933年-2008年の76年間のうち、上院は1947年-1948年、1953年-1954年、1981年-1988年、1995-2006年の22年間、下院は1947年-1948年、1953年-1954年、1995年-2006年の16年間、共和党が多数派だったが、合衆国憲法、連邦法、軍法のいずれも死刑制度を維持している。

2007年1月時点で州の刑法として死刑制度があり、連邦最高裁の合憲判断により死刑執行が復活した1977年以後に死刑を執行している33州と、2007年1月時点で州の刑法として死刑制度があるが連邦最高裁が死刑は違憲と判断した1972年以後は死刑を執行していない5州と、2007年1月時点で州の刑法として死刑制度が無い12州と1特別区を比較検証すると、州議会の多数派と州知事の在職期間が民主党だった期間と共和党だった期間とどちらが長期間か短期間かは関連性はない。

連邦議会は上院・下院ともに共和党が多数派だった時代に、1862年の奴隷解放法、1865年の奴隷制廃止の憲法修正条項、1871年の公民権法、1924年の移民帰化法に出身国による移民制限を規定、1986年の移民改革管理法(1986年は下院は民主党が多数派)、2003年の部分的出産中絶禁止法、2004年の障害者個人教育改善法を制定し、共和党の大統領は1975年の障害者個人教育法、1988年の市民の自由法、1990年のアメリカ障害者法、2003年の部分的出産中絶禁止法、2004年の障害者個人教育改善法に署名し、共和党の大統領は1988年に拷問禁止条約に署名し、連邦議会上院は共和党が多数派だった時代に児童の権利条約の選択議定書を批准した。

共和党の大統領は難民条約、自由権規約の第1選択議定書、ジュネーブ条約の追加議定書、自由権規約の第2選択議定書、移住労働者保護条約、女性差別撤廃条約の選択議定書、拷問禁止条約の選択議定書に署名せず、ブッシュ政権は2002年に国際刑事裁判所条約から脱退し、連邦議会上院は共和党が多数派だった時代に児童の権利条約を批准していない。

環境と環境政策[編集]

アメリカは政権が民主党でも共和党でも、議会の多数派が民主党でも共和党でも、環境保護を推進した事例も、環境保護を無視した事例も、環境破壊を推進した事例も、環境破壊を抑止した事例もあり、環境政策に関する考え方・政策・実績は、民主党の多数派と共和党の多数派に本質的・根本的な差異はない。

民主党は世界各国との国際協調を重視し、対話による外交を推進し、世界各国との利益の共存共栄を追求する考え方・政策であり、企業の利益を追求する政策より環境保護を優先し、環境を汚染し破壊する企業の活動を監視・規制・処罰する環境保護政策、環境を保護する政策を推進してきたという認識は、公的機関が公開している客観的で具体的な事実および包括的な歴史的事実に基づいて検証され証明されたものではなく、アメリカの環境と環境政策を検証すると、個別事例を全体化した偏った見方による誤認であり、全体的に該当する事実ではなく、共和党と比較して顕著な傾向は存在しない。

共和党は世界各国との国際協調を軽視し、圧力による外交を推進し、自国の独占的覇権的利益だけを追求する考え方・政策であり、企業の利益を追求する政策を環境保護より優先し、環境を汚染し破壊する企業の活動を放置・支援・推進する環境破壊政策、環境を破壊する政策を推進してきたという認識は、公的機関が公開している客観的で具体的な事実および包括的な歴史的事実に基づいて検証され証明されたものではなく、アメリカの環境と環境政策を検証すると、個別事例を全体化した偏った見方による誤認であり、全体的に該当する事実ではなく、民主党と比較して顕著な傾向は存在しない。

アメリカと共和党政権が湾岸戦争、イラク空爆、アフガニスタン侵攻イラク戦争で使用した劣化ウラン弾は、重金属による土壌・地下水・湖沼・河川の汚染や、病気や遺伝子の変異の原因になる可能性・危険性が指摘されている。

連邦議会は上院・下院ともに共和党が多数派だった時代に、1918年に渡り鳥条約法、1924年にクラーク-マクナリ法、2000年に海洋法、2005年のエネルギー政策法を制定し、共和党の大統領は1924年のクラーク-マクナリ法、1970年の大気浄化法、1972年の海洋哺乳動物保護法、1973年の包括的絶滅危惧種法、1974年の安全な飲料水法、1976年の国有森林管理法、1976年の有毒物質管理法、1990年の大気浄化法、2000年の海洋法、2005年のエネルギー政策法に署名し、共和党政権は1970年に海洋大気局を設立し、1970年に環境保護局を設立した。

共和党の大統領は1959年に南極条約、1972年にラムサール条約、1973年にワシントン条約、1985年にウィーン条約、1987年にウィーン条約のモントリオール議定書、1990年にバーゼル条約、1991年にウィーン条約のロンドン条項、1992年に気候変動枠組み条約、2001年にストックホルム条約に署名し、連邦議会上院は共和党が多数派だった時代に、1986年にウィーン条約、1986年にラムサール条約、2000年に砂漠化対処条約、2003年にウィーン条約の北京条項、2003年にウィーン条約のモントリオール条項を批准した。

ブッシュ政権は2003年に気候変動枠組み条約の京都議定書から脱退し、連邦議会上院は共和党が多数派だった時代に、バーゼル条約、生物多様性条約、ロッテルダム条約、ストックホルム条約を批准していない。

科学[編集]

ノーベル物理学賞ノーベル化学賞ノーベル生理学・医学賞の3賞を合わせて300名以上の受賞者を輩出しているアメリカ合衆国であるが、アメリカ人の4人に1人が地球が公転していることを知らない、3人に1人が進化論を信じないという、科学的知識が十分に認知されていないという調査結果がある[4]。これは伝統的かつ宗教的背景から教育にインテリジェント・デザインが持ち込まれるといった事情もあるが、科学的な知識を受容するという点では、共和党と民主党支持者の間でも差異が見られる。たとえば進化論に関しては、何度か政党支持者別に調査が行われているが、いずれも民主党支持者に比べて共和党支持者は進化論を信じない、もしくは受容しきれないでいる結果が出ている。共和党出身の政治家において、進化論を否定するなど極端な言動をとる者はごく少数であるが、支持母体にキリスト教右派など科学に関しては超保守派の団体が存在しており、否定はしないまでも積極的に肯定もし難い状態ではある[5]

脚注[編集]

  1. ^ Ballot Access News
  2. ^ Our Party
  3. ^ 1874年にヘラルド紙が、動物園から動物が逃げ出したという架空の記事を掲載、これによってニューヨークがパニックとなる事件があった。この様子をトーマス・ナストが、ライオンのぬいぐるみを被ったロバに恐怖し、象が逃げまとうという姿で風刺したことがシンボルの発端となっている。アンドリュー・ジャクソン大統領の失策に対する批判を逆手に取ったと同じく、民主党もロバ(民主党)に恐怖する象を逆手にとって自らのマスコットにした。すなわち両党もユーモアの精神と度量の深さをPRしたのである。
  4. ^ “米国人のおよそ4人に1人は「地球の公転」知らず、調査結果”. AFP=時事 (フランス通信社). (2014年2月15日). http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140215-00000039-jij_afp-sctch 2014年2月15日閲覧。 
  5. ^ “米国人の33%が進化論を信じていない、調査で判明”. AFP (フランス通信社). (2014年1月6日). http://www.afpbb.com/articles/-/3005919?utm_source=yahoo&utm_medium=news&utm_campaign=txt_link_Sat_p1 2014年2月15日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]