連邦準備制度
| 連邦準備制度 Federal Reserve System (英語) |
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| 所在地 | ワシントンD.C. 20th Street and Constitution Avenue NW |
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|---|---|---|---|
| 位置 | 北緯38度53分34.8秒 西経77度2分44.8秒 / 北緯38.893度 西経77.045778度 | ||
| 議長 | ベン・バーナンキ | ||
| 国 | |||
| 通貨 | アメリカ合衆国ドル | ||
| ISO 4217 コード | USD | ||
| 基準貸付利率 | 0-0.25% | ||
| 預金基準金利 | 3.5% | ||
| ウェブサイト | federalreserve.gov | ||
連邦準備制度(れんぽうじゅんびせいど、Federal Reserve System, FRS)はアメリカ合衆国の中央銀行制度を司る企業体で、ワシントンD.C.にある連邦準備制度理事会 (Board of Governors of the Federal Reserve System または Federal Reserve Board, FRB) が全国の主要都市に散在する連邦準備銀行 (Federal Reserve Banks, FRB) を統括する組織形態を特徴とする私立銀行群。英語では主に the Fed と略称する。(ただし正式な略語では無い)
日本での略称は FRS だが、実際には連邦準備制度と制度を運営する「理事会」はあまり区別されず、両者とも FRB と呼ばれることが多い。また、連邦準備制度理事会の長は議長 (Chairman of the Federal Reserve Board) と呼ばれる。2006年2月1日からはベン・バーナンキ議長。
目次 |
[編集] 歴史
1776年の建国以来、アメリカ合衆国では第一合衆国銀行や、第二合衆国銀行のような試みはあったものの、分権主義者の反対で取り潰される等して、中央銀行は成立せず、個々の銀行等が金準備を使って紙幣を発行していた。しかし、1907年にロンドンでの米銀の手形割引拒否に端を発する恐慌が起き、アメリカ合衆国内の決済システムが混乱した。その対策として、1910年11月22日、J・P・.モルガンが所有するジョージア州沿岸のジキル島で会議が開かれ、FRB設立について計画が討議された。J.P.モルガンやポール・ウォーバーグ、ジョン・ロックフェラーの後ろ盾の下に、1913年に、ウッドロウ・ウィルソン大統領がオーウェン・グラス法に署名し、同年多くの上院議員が休暇で不在の隙を突いて12月23日にワシントンD.C.に駐在する連邦準備制度理事会と12地区に分割された連邦準備銀行により構成される連邦準備制度が成立した[1]。「準備」とは預金準備のことを意味する。発足当時は政府の強い影響を受け、金融政策の独立性は保証されなかったとされるが、ノーベル経済学賞受賞の経済学者ミルトン・フリードマンをはじめとして、「世界恐慌にまで発展した1920年代のアメリカの金融バブル崩壊に際して、連邦準備制度が明白な不作為によって事態を深刻化させた」と指摘する論者がいる。この考え方は今ではバーナンキをはじめとして広く受け入れられている[2]。
第二次世界大戦後、ブレトンウッズ体制がスタートし、FRBと財務省が協定を締結し、金融政策の独自性を持つようになったとされる。
[編集] 主要業務
[編集] 組織
[編集] 連邦準備制度理事会
連邦準備制度理事会 (Federal Reserve Board of Governors) は連邦準備制度の統括機関。中央銀行に相当。14年任期の理事7人によって構成され、理事の中から議長・副議長が4年の任期で任命される。議長・副議長・理事は大統領が上院の助言と同意に基づいて任命する。
金融政策の策定と実施を任務としており、また連邦準備制度の活動の最終責任を負う。
大統領に対して、政府機関中最も強い独立性を有する一方で、世界経済に対する影響力は絶大であるため、FRB議長は「アメリカ合衆国において大統領に次ぐ権力者」と多くの人々に考えられている[3]。
現在の理事会メンバーは以下の通りである。現在は7人の定員のうち、2つが空席となっている。
| 役職 | 氏名 | 就任年月日 | 任期満了予定年月日 | 前職 |
|---|---|---|---|---|
| 議長 | ベン・バーナンキ | 2006年2月1日[4] | 2020年1月31日(理事の任期[4]) 2014年1月31日(議長の任期[4]) |
大統領経済諮問委員会(CEA)委員長 |
| 副議長 | ジャネット・イエレン | 2010年10月4日[5] | 2024年1月31日(理事の任期[5]) 2014年10月4日(副議長の任期[5]) |
サンフランシスコ連邦準備銀行総裁 |
| 理事 | エリザベス・A・デューク | 2008年8月5日[6] | 2012年1月31日[6] | タウンバンク(TowneBank)上級執行役副社長兼COO[6] |
| 理事 | ダニエル・タルーロ | 2009年1月28日[7] | 2022年1月31日[7] | ジョージタウン大学ローセンター教授[7] |
| 理事 | サラ・ブルーム・ラスキン | 2010年10月4日[8] | 2016年1月31日[8] | メリーランド州金融規制委員[8] |
| 理事 | 空席 | |||
| 理事 | 空席 |
[編集] 連邦公開市場委員会
連邦公開市場委員会 (Federal Open Market Committee, FOMC) は、FRBが定期的に開く会合で、FRB理事7人と連邦準備銀行総裁5人(ニューヨーク連邦準備銀行総裁と、持ち回りで選ばれる他地区連銀の総裁4人。それ以外の地区連銀総裁も議論には参加するが議決権はない)で構成されるアメリカの金融政策決定機関である。議長はFRB議長、副議長はニューヨーク連邦準備銀行総裁が担当する。
FOMC定期的会合は年間8回開かれ、フェデラル・ファンド金利の誘導目標、及び公定歩合が決定されるが、市場の急変などでは臨時会議が開かれ、暫定的に公定歩合などが決定される(例:2000年末の株価大暴落時や、エンロンショック、2007年8月17日の0.5パーセント引き下げ等)。
[編集] 連邦準備銀行
連邦準備銀行 (Federal Reserve Banks) は市中銀行の監督と規制など、公開市場操作以外の連邦準備制度の業務を行い、また連邦準備券(ドル紙幣)の発行を行う。連邦銀行(連銀)と呼ばれることもある。以下の12地区に分割されている。
| 地区 | 銀行 | 本部所在地 |
|---|---|---|
| 第1地区 | ボストン連邦準備銀行 | マサチューセッツ州ボストン |
| 第2地区 | ニューヨーク連邦準備銀行 | ニューヨーク州ニューヨーク |
| 第3地区 | フィラデルフィア連邦準備銀行 | ペンシルベニア州フィラデルフィア |
| 第4地区 | クリーブランド連邦準備銀行 | オハイオ州クリーブランド |
| 第5地区 | リッチモンド連邦準備銀行 | バージニア州リッチモンド |
| 第6地区 | アトランタ連邦準備銀行 | ジョージア州アトランタ |
| 第7地区 | シカゴ連邦準備銀行 | イリノイ州シカゴ |
| 第8地区 | セントルイス連邦準備銀行 | ミズーリ州セントルイス |
| 第9地区 | ミネアポリス連邦準備銀行 | ミネソタ州ミネアポリス |
| 第10地区 | カンザスシティ連邦準備銀行 | ミズーリ州カンザスシティ |
| 第11地区 | ダラス連邦準備銀行 | テキサス州ダラス |
| 第12地区 | サンフランシスコ連邦準備銀行 | カリフォルニア州サンフランシスコ |
このうち第2地区のニューヨーク連邦準備銀行が全体の要となる。
[編集] 連邦準備銀行の株主
連邦準備制度は株式を発行していないが、連邦準備銀行は株式を発行している。しかし、日本政府が株式(正確には出資証券)の55パーセントを保有し、残りが公開市場(ジャスダック)で流通されている日本銀行と異なり、合衆国政府は連邦準備銀行の株式を所有しておらず、各連邦準備銀行によって管轄される個別金融機関が出資(=株式の所有)義務を負っている[9][10]。また、個人や非金融機関の法人は連邦準備銀行の株式を所有できない。
個別金融機関による出資額は金融機関の資本規模に比例するが、連邦準備銀行理事を選出する際の投票権は出資規模に関わらず一票ずつであるため、大手銀行が主導権を握るといったことはできない[10]。
連邦準備法[11]により、連邦準備銀行の株主が連邦準備制度に及ぼす影響力はきわめて小さいものに限定されている。連邦準備法における連邦準備銀行の株主の位置づけは、9人の連邦準備銀行理事のうち6人を選定するにすぎない(他の3人は連邦準備制度理事会が指名)[12]。また、連邦準備銀行理事の権限は理事長の選出のみであり、その理事長の権限も以下のものに限られている。
従って連邦準備銀行の株主の意思が連邦準備制度を動かしているという一部の説は誤りであり、法規上または現実においても、連邦準備制度は大統領の指名と議会の承認による連邦準備制度理事会の主導により運営されている。但し、連邦準備制度理事会が政府機関であるのに対し、連邦準備銀行が民間企業の形式を採っているのは事実である。とはいえ完全な民間企業とも言えず、両者を折衷した性格を持っている[10]。
[編集] 歴代議長
- 1914年8月10日 - 1916年8月9日 チャールズ・S・ハムリン(Charles S. Hamlin)
- 1916年8月10日 - 1922年8月9日 ウィリアム・P・G・ハーディング(William P. G. Harding)
- 1923年5月1日 - 1927年9月15日 ダニエル・R・クリシンジャー(Daniel R. Crissinger)
- 1927年10月4日 - 1930年8月31日 ロイ・A・ヤング(Roy A. Young)
- 1930年9月16日 - 1933年5月10日 ユージン・メイアー(Eugene I. Meyer)
- 1933年5月19日 - 1934年8月15日 ユージン・R・ブラック(Eugene R. Black)
- 1934年9月15日 - 1948年1月31日 マリネア・S・エクルズ(Marriner S. Eccles)
- 1948年4月15日 - 1951年3月31日 トマス・B・マッカーベ(Thomas B. McCabe)
- 1951年4月2日 - 1970年1月31日 ウィリアム・マチェスニー・マーティンJr.(William McChesney Martin, Jr.)
- 1970年2月1日 - 1978年1月31日 アーサー・F・バーンズ(Arthur F. Burns)
- 1978年3月8日 - 1979年8月6日 G・ウィリアム・ミラー(G. William Miller)
- 1979年8月6日 - 1987年8月11日 ポール・A・ボルカー(Paul A. Volcker)
- 1987年8月11日 - 2006年1月31日 アラン・グリーンスパン(Alan Greenspan)
- 2006年2月1日 - ベン・S・バーナンキ(Ben S. Bernanke)
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ クリスマス休暇中、自分たちが買収した議員を残らせ、95名の下院議員と32名の上院議員が不在の中で採決を決行した。
- ^ Wood & Woods 1990, p. 420
- ^ アメリカ国務省. “連邦政府”. アメリカ合衆国駐日大使館. 2010年6月25日閲覧。
- ^ a b c 連邦準備制度理事会のホームページに掲載されたバーナンキの経歴(英語)
- ^ a b c 連邦準備制度理事会のホームページに掲載されたイエレンの経歴(英語)
- ^ a b c 連邦準備制度理事会のホームページに掲載されたデュークの経歴(英語)
- ^ a b c 連邦準備制度理事会のホームページに掲載されたタルーロの経歴(英語)
- ^ a b c 連邦準備制度理事会のホームページに掲載されたラスキンの経歴(英語)
- ^ 連邦準備制度理事会 (2007年3月7日). “FRB: FAQs: Federal Reserve System”. 連邦準備制度. 2010年6月17日閲覧。
- ^ a b c Woodward, G. Thomas (1996-07-31). “Money and the Federal Reserve System: Myth and Reality - CRS Report for Congress, No. 96-672 E”Congressional Research Service Library of Congress. 2010年6月17日閲覧。
- ^ http://www.federalreserve.gov/aboutthefed/fract.htm
- ^ http://www.law.cornell.edu/uscode/html/uscode12/usc_sec_12_00000302----000-.html
- ^ http://www.law.cornell.edu/uscode/12/263.html
- ^ http://www.federalreserve.gov/aboutthefed/fac.htm
[編集] 参考文献
- Wood, John Cunningham; Woods, Ronald N. (1990), Milton Friedman: Critical Assessments, Routledge, ISBN 0415020050
- フルフォード, ベンジャミン (2008/12/20). アメリカが隠し続ける金融危機の真実. 青春出版社. ISBN 978-4-413-03698-6.
[編集] 外部リンク
- 連邦準備制度理事会公式サイト (英語)
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