アーサー・バーンズ

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アーサー・フランク・バーンズ

任期 1970年2月1日 – 1978年3月8日
元首 リチャード・ニクソン
ジェラルド・フォード
ジミー・カーター

任期 1953年 – 1956年
元首 ドワイト・アイゼンハワー

任期 1981年6月30日 – 1985年5月16日
元首 ロナルド・レーガン

出生 1904年8月27日
オーストリアスタニスラウ
死去 1987年6月6日
メリーランド州ボルチモア

アーサー・フランク・バーンズArthur Frank Burns, 1904年4月27日 - 1987年6月6日)は、アメリカ合衆国エコノミストリチャード・ニクソンジェラルド・フォードジミー・カーター政権下(1970年-1978年)で、第10代連邦準備制度理事会 (FRB) 議長を務めた。

経歴[編集]

人物[編集]

  • 1940年代後半以降、有名なアメリカの反ケインズ主義者だった。しかし、1953年の不況では大統領経済諮問委員会委員長だったバーンズは共和党の伝統的な修辞法を用いながらも超党派の経済政策として大規模な減税、公共事業、金融緩和を提案する[2]
  • トルーマンからジョンソンまでホワイトハウスと緊張関係にあったウィリアム・マチェスニー・マーティンや歴代FRB議長と対照的にバーンズは独立性が無く、莫大な財政赤字と貿易赤字のファイナンスを望むニクソン大統領に追従[3]したことでスタグフレーションはおろか世界中にドルをばらまき過剰流動性をもたらすことになった。その姿勢から「FRB史上最も無能な議長」とも評される。

著作[編集]

日本語訳[編集]

  • 『米国経済の長期繁栄』、佐瀬隆夫訳、ぺりかん社、1967年

原書[編集]

  • (W.C.ミッチェルとの共著)『景気循環の測定』、1946年
  • 『経済研究とケインズ主義的思考』、NBER、1946年
  • 『消費支出の即効性』、NBER、1952年
  • 『経済学的知識の最前線』、1954年
  • 『世界の景気循環』、1969年
  • 『経済政策策定者の反省』、1978年

参照[編集]

  1. ^ French, Doug (2010-12-27) Burns Diary Exposes the Myth of Fed Independence, Mises Institute
  2. ^ Richard Reeves, President Nixon: Alone in the White House (2002) p. 295
  3. ^ French, Doug (2010-12-27)Diary Exposes the Myth of Fed Independence, Mises Institute

外部リンク[編集]

官職
先代:
ウィリアム・マチェスニー・マーティン
FRB議長
1970年 – 1978年
次代:
ウィリアム・ミラー
外交職
先代:
ウォルター・ジョン・ストーセル
在ドイツアメリカ合衆国大使
1981年6月30日 - 1985年5月16日
次代:
リチャード・R・バート