アメリカ合衆国のスポーツ
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ここでは、主にアメリカ合衆国内のスポーツ事情について記述する。なお、競技そのものに関する詳細な記述に関しては個別の項目を参照の事。
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[編集] 事情
アメリカ合衆国におけるスポーツは、各競技団体によって運営されているプロスポーツや大学などのカレッジスポーツを中心に行われている。特に、アメリカ4大スポーツ(アメリカンフットボール・野球・バスケットボール・アイスホッケー)はいずれもアメリカ国内ではとても人気が高い競技である。なお、これら4つの競技の頂点に立つプロスポーツリーグの、MLB(野球)・NFL(アメリカンフットボール)・NBA(バスケットボール)・NHL(アイスホッケー)は、俗に「北米4大プロスポーツ(リーグ)」と称されている。
70年代までは、国内の音楽文化と同様に、これらのスポーツも「人種」や「世代」、「階級」ごとに区切って、各々の階層に好まれているスポーツを分別化する事ができたが、アフリカ系アメリカ人への差別が希薄になった事やメキシコなどから来たヒスパニック系などといった新しい人種の移民が急激に増加した今日では、国内の音楽文化と同様にあまり意味をなさなくなっている。
アメリカ合衆国における学生スポーツの大きな特徴として、ほとんどの選手が高校時代までは2つから3つの競技を掛け持ちすることが挙げられる。1つの競技に専念するのはプロ入り後、もしくは大学進学後からである。これはアメリカの部活動の形態が日本の形態とは少々異なっているためで、早くから1つの競技に専念するのが当たり前の日本とは対照的である。なお、高校で優秀な成績を収めた選手はドラフトでプロスポーツチームなどに指名されて「プロスポーツ選手」としての道を歩むか、または国内の充実した奨学金制度を利用しながら、「スポーツ奨学生」として大学へ進学する。複数の競技で優秀な成績を残して、それぞれの競技のドラフトで重複指名される選手も珍しくない。
[編集] 特徴
[編集] オリンピック
アメリカにとって、オリンピックはさまざまな意味で昔から重要なスポーツ大会である。ソ連崩壊の前までに繰り広げられていたソビエト連邦などの旧共産国圏との五輪でのメダル争奪戦は互いにドーピングに手を染めるほどに熾烈さを極めた。しかし、ソビエト連邦が崩壊し、旧共産国圏の民主化が進んだ現在でも、メダル獲得数は日本などの他国と比べると中華人民共和国と共に群を抜いている。ちなみに、アメリカがオリンピックで毎回数多くメダルを獲得しているのが水泳の競泳や陸上競技のトラック競技などである。
また、アメリカはテレビ放映権でも他国よりも群を抜いた額の放映権料を支払っている。2008年の北京オリンピックでは、アメリカ3大ネットワークの一つであるNBCは国際オリンピック委員会(IOC)に約8億9400万ドル(約1050億円)を支払ったといわれている[1]。その影響で、水泳や陸上競技の決勝が行われる時間帯が開催国である中華人民共和国の現地時間ではなく、アメリカ本土のプライムタイム(日本時間では午前10時頃)に合わせられるという事態も起きた。
[編集] 運営
球団の主な収入として、試合の入場料収入・テレビやラジオなどの放映権料収入・ロゴ入りユニフォームやグッズなどのロイヤリティー収入・球場の看板のスポンサー料や駐車場、イベント収入などの雑収入の4つに分けられ、この中で想像以上に大きなものが、テレビやラジオなどの放映権料収入である。
たとえば、MLBにおける試合中継の場合、アメリカ3大ネットワークやスポーツ専門チャンネルといった全国放送の試合中継とケーブルテレビといったローカル放送の試合中継の2つに大きく分けられる。このうち、全国放送の試合中継はMLB機構全体の収入になり、傘下の全球団へ均等に分配されるが、ローカル放送局の収入はその球団独自の収入になるので、ニューヨーク・ヤンキースやボストン・レッドソックスの様なMLB屈指の人気球団とその他の球団の間には大きな収入格差が生まれている。また、2000年代に入ってからは「ヤンキース・エンターティメント・スポーツ」 (YES) などといった球団独自のケーブルテレビ局が財政に余裕のある球団間で次々と設立されて球団間の収入格差はますます拡大しているが、この事はMLB以外のメジャープロスポーツリーグでも当てはまる。そこで、球団間の格差を出来る限りなくすための処置として、各メジャープロスポーツリーグの機構はドラフト制度やサラリーキャップなどに代表される徹底したリーグの戦力均衡策を行っており、実際にこれらの制度の恩恵で優勝する事ができた球団も数多く、アメリカ国内にあるプロスポーツリーグの高い人気を支える要因の一つとなっている。
ところで、アメリカのプロスポーツ界ではエクスパッションによる新規参入や球団売買、球団の本拠地移転、同じ競技の球団同士による合併などといった事が日本よりも盛んである。これは、各球団の財政的な事情の他に、プロスポーツリーグ自体の誕生や消滅が珍しくない事と、アメリカ国内では企業家が国内外のプロスポーツチーム、特に4大メジャープロスポーツのリーグに在籍する球団を一球団でも所有する事が企業家として一種の成功した証となるが、それらのリーグに一からチームを作り上げて新規参入する事はエクスパッションや膨大な球団設立経費などといった様々な参入障壁があるので、少しでも参入障壁を減らすために企業家の間ではすでにリーグに在籍している球団自体を双方で売買する手法が最も多く使われていることが影響している。オーナーの中には、一人で異なる4大メジャープロスポーツリーグの球団を一球団ずつ所有する企業家も少なからずいる。ただし、幾らお金を持っていてもそのリーグのオーナー会議で承認されなければその球団のオーナーにはなれない。また、エクスパッションに関しては、制限を課す事で新規参入ができる枠や球団自体に高額な付加価値が付き、リーグを運営する機構などの売却する側は莫大な金銭の収入を手にする事ができる。
その一方で、アメリカ国内の都市間でもプロスポーツチームを所有する事が都市としての一種のステータスであり、地元自治体が公金でチームへの援助をする事やスタジアムの建設を肩代わりする事、税制面で優遇する事は普通である。ただ、その一方で税制の新たな創設や税金の値上げなどといった新たな住民負担が発生するために地元住民の反対運動が巻き起こる事もあり、地元自治体と球団間の交渉が不調に終わってしまう事も多いので、結果的に本拠地移転などを余儀なくされる事も少なくない。
[編集] 世界進出
1990年代後半以降、アメリカ国内にある各種スポーツ団体、特に北米4大プロスポーツやその傘下にある球団を中心に様々な形でのアジアやヨーロッパへの進出が活発に行われている。
なお、日本ではNHKや各民間放送局、有料放送のスカパー!やWOWOWを中心に試合中継や関連番組が放送されているが、その中で最も成功したアメリカ国内のスポーツ団体はMLBである。
[編集] 待遇
アメリカ国内の芸能界や実業界と同様に、プロスポーツ界でもいわゆる「アメリカンドリーム」という言葉が当てはまる。これは、メジャープロスポーツの有名選手にまでなると、球団から支払われる年俸の他に個人単位で数社の企業とスポンサー契約を結ぶ事が多いために1年間の収入が数十億円にまで達するからである。また、選手と球団間のオプション契約や年俸額の交渉を行う代理人の存在も大きい。ただ、球団運営の大きな支障を球団に対しては選手の高額な年俸や待遇を要求する事が当然であり、代理人の存在は決して良いことばかりではない。
アメリカのプロスポーツ界は引退後の年金制度が日本と比較してもかなり充実しているので、選手は現役時代にあまり良い成績を残していなくても、基本的に引退後の生活にはあまり困る事はない[2]。一般社会に戻って大学に進学することもある。また、選手は現役時代から慈善活動を行う事が当然なので、アメリカの人々からは現役引退をした後でも尊敬されている。
[編集] 労働争議
アメリカ国内の一般社会と同様に、スポーツ界でも選手達は競技団体ごとに所属球団を超えて選手会(労働団体)を組織している。主に選手の待遇改善や制度の是非を主張するが、経営者側などとの交渉が決裂した場合は一般社会と同様にストライキを決行する事がある。しかし、経営者側などもそれらへの対抗処置として試合会場をロックアウトする事がある[3]。こういった争議にはスポンサーやファンが離れるといった弊害も少なからず存在する。
[編集] ドーピング問題
現在、アメリカのスポーツ界で最も深刻なのがプロやアマ選手のドーピング問題である。たとえば、2007年12月14日にメジャーリーグベースボール機構のバド・セリグコミッショナーから選手のドーピングに関する調査責任者の就任任命を受け調査を進めていた、ジョージ・J・ミッチェル元上院議員による調査報告書が発表され、その中でロジャー・クレメンス、バリー・ボンズ、ゲイリー・シェフィールド、ミゲル・テハダ、エリック・ガニエといった有名選手の疑惑が取り上げられた。ただ、ドーピング問題に関してはファンも含めてアメリカ国内では寛容的な考え方のため、なかなか表沙汰にならない事が多い。なお、ステロイドなどの禁止薬物は主に隣国のメキシコから「栄養補助食品」という名目でアメリカ国内に輸入する方法が一般的である[4]。
[編集] 競技
[編集] アメリカンフットボール
ラグビーから派生したアメリカンフットボールは、アメリカ国内や周辺諸国では単にフットボールと呼称し、地域によって多少の違いはあるものの、現在アメリカ国内で最も人気のあるスポーツである[5]。フットボール選手はアメリカ社会の象徴的存在とされる(詳細は「ジョック」の項目を参照)。
アメリカに初めて英国のフットボールが紹介されたのは、1867年であるとされている。始めたのはプリンストン大学で、サッカールールのゲームであったが、プレーヤーの数は各チーム25人の計50人だった。続いてラトガーズ大学でも、やはりサッカータイプのフットボールを始めたが、プリンストン大学とはルールが異なっていた。
アメリカにおける最初のフットボールの大学対抗試合(インターカレッジ・フットボール)は、やはり25人ずつのプレーヤーによるサッカータイプのゲームで、プリンストン大学とラトガーズ大学の間で、1869年にニュージャージー州のニューブランズウィックで行われた。この時にルールの統一を図り、ボールを持って走ることと投げてパスすることが認められた。しかし、この時点ではまだボールは丸いサッカーボールであった。そして、コロンビア大学、プリンストン大学、ラトガーズ大学、およびエール大学から成るインターカレッジエイト・(サッカー)フットボール・アソシエーションが、ルールを標準化するために1873年に作られた。
一方、ハーバード大学はこのグループに参加することを拒否。他の相手を求めてカナダのモントリオールのマギル大学からの挑戦を受け、1874年5月14日、ラグビールールの試合を行った。そしてその後も2校は、ラグビールールの下で、1874年から1875年にかけてシリーズ戦を行った。このラグビータイプのゲームはまもなく他の学校にも流行りだし、そしてその後十年以内にアメリカンフットボール特有のゲーム形式は発展した。そして19世紀後半以来、現在でもアメリカンフットボールは大学のスポーツとして人気を博している。
現在、アメリカン・フットボール・カンファレンス (AFC) とナショナル・フットボール・カンファレンス (NFC) の2つのカンファレンスからなるNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)は、アメリカ国内にあるMLBやNBAなどといった他のプロスポーツリーグを遥かにしのぐ熱狂的な盛り上がりを見せる。NFLはその高い人気の割りに試合数が少ない(1チームにつき1シーズン16試合)ことからテレビ放映権には非常に高額な値段がついており、収益は4大プロリーグ中トップである。サラリーキャップ制や完全ウェーバー制によるドラフトをいち早く実現させ、戦力均衡を可能な限り追求していることが、人気拡大の最大の要因となった[6]。
NFLはAFC、NFCともに16チームずつが参加し、9月のシーズン開幕から、翌年2月のスーパーボウル、プロボウルまで行われる。スーパーボウルはアメリカ最大のスポーツイベントであり、毎年40%前後の驚異的な高視聴率を記録する。アメリカ国内の各家庭では宅配のピザとコーラを飲食しながらテレビ観戦をするのが毎年の恒例行事とまで言われている。
またカレッジフットボールも非常に盛んで、NBAやNHLといった他競技のプロリーグをも凌ぐ人気があるとされる[5]。カレッジフットボールでは各大学が奨学金を用意して全国の高校から有名選手をスカウトする。また、各大学はプロ顔負けの収容人数を有するスタジアムを保有しており[7]、プロさながらの雰囲気の中行われる。1月のBCSナショナル・チャンピオンシップ・ゲームは全米一決定戦として行われている。別に屋内で行われるアリーナフットボールも盛んである。
かつては白人の若い男性が好むとされていたが、近年は人種を問わず人気が高い。
[編集] 野球
野球は日本、韓国、台湾といった東アジア諸国やキューバ、ドミニカ共和国といったカリブ海諸国などでもなじみ深い球技である。競技の発祥国であるアメリカ国内においても昔から有数の人気度を誇る競技であるが、近年はアメリカンフットボールにNo.1スポーツの座を譲った形になっている。しかし、ニューヨークやボストン、シカゴなどでは今なお一番人気のスポーツであり、根強い人気は健在である。また、野球は歴史的にアメリカ合衆国の“国民的娯楽” (National Pastime/American Pastime) と称されてきた[8]。
野球の起源に関する諸説は数多くあるが、イギリスの球技である「タウンボール」が英国系移民によってアメリカ国内に持ち込まれ、そのタウンボールが変化し、野球として次第に形成されていったという説が有力である。現在の野球の原型を作ったのは1840年代にニューヨーク・マンハッタンでボランティア消防団を創設したアレクサンダー・カートライトであるといわれている。1842年、彼は団員の結束を強めさらに彼らの運動不足を解消するにはどうすればいいか考え、消防団からメンバーを募り「ニッカーボッカーズ」というスポーツ団を発足させ、タウンボールをするようになった。タウンボールはルールが厳格に定められたスポーツではないため、時や場合によってルールをいちいち変える必要があった。カートライトはこのわずらわしさを解消するため統一ルールの策定に乗り出し、ニッカーボッカーズメンバーと議論し、新しいルールを策定した。これが今の野球の原型と言われている。なお、野球と似た競技としてはソフトボールなどがある。
現在、アメリカ国内の野球リーグには、主にナショナル・リーグとアメリカン・リーグからなるメジャーリーグベースボール (MLB) とそれらの傘下にあるマイナーリーグ、更には約8つに分かれている独立リーグの2種類の野球リーグが存在する。MLBは4月のシーズン開幕からアメリカン・リーグ14球団とナショナル・リーグ16球団の両リーグ合計30球団でレギュラーシーズンが争われ、10月に行われるポストシーズンのワールドシリーズは各リーグの優勝球団同士が激突し、7回戦制で先に4勝先取で優勝が決められる。
なお、アメリカンフットボールやバスケットボールと違って、カレッジスポーツとしては大衆的な人気を得ていないが、アメリカ国内に200球団以上は存在すると言われているマイナーリーグの球団が各地域の野球ファンの受け皿となっている。ちなみに、MLBは年間で7,500万人以上の観客を動員する。試合数の違いなどはあるものの、これは世界中のありとあらゆるプロスポーツの中でも最大の観客動員数である。ちなみに、2007年度のMLB(162試合)における年間観客動員数は史上最多となる7,950万3,175人[9]で、マイナーリーグと合計した試合の観客動員数は約1億人を超える。ちなみに、同年のNBA(82試合)は約2,159万人、NHL(82試合)は約2,085万人、NFL(16試合)は約1,730万人である。一方で、ワールドシリーズの視聴率は低下傾向に歯止めがかかっておらず、4大スポーツ中唯一サラリーキャップ制導入がなされていないことによる戦力不均衡や、ステロイドに代表される薬物問題、黒人選手の減少などMLBが抱える悩み事も多い。
近年ではアメリカ野球界の急激な国際化によって、ヒスパニック系の移民をルーツに持つ選手やカリブ海諸国出身の選手が多くなりつつある。また、日本人選手についても1964年に村上雅則がサンフランシスコ・ジャイアンツに所属して日本人初となるメジャーリーガーとなったが、後に続く者はなかなか出なかった。しかし、1995年に野茂英雄が31年ぶりに渡米してある一定の成功を収めると、その後もイチローや松井秀喜、松坂大輔などといったNPB球団所属の人気プロ野球選手を中心に現在でも日本人選手のメジャーリーグ挑戦が続いている。MLB機構もこういった現状を踏まえた上で独自の「グローバル戦略」を策定し、2006年3月にはMLB機構主催で野球の国別代表チームによる国際大会であるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の第1回大会をアメリカ合衆国で開催した。
[編集] バスケットボール
バスケットボールはアメリカ国内で、カナダ人のジェームズ・ネイスミスによって考案されたアリーナスポーツの一種である。
バスケットボールは当初から人気があり、スミス大学の体育教師を務めていたセンダ・べレンソンによって女子バスケットボールが始められるなど、その年のうちにアメリカ国内のあちこちで競技されるようになった。そしてYMCAを通じ世界各国へ急速に広まり、1904年から1924年までオリンピックの公開競技として行われた。1932年6月には国際バスケットボール連盟(FIBA)が結成され、1936年のベルリンオリンピックから男子オリンピック正式種目に採用された。また、1976年のモントリオールオリンピックから女子正式種目にも採用された。
アメリカ国内では、1946年に男子プロバスケットボールリーグBAAが創設されて、3年後にNBLと合併し、現在のイースタン・カンファレンスとウェスタン・カンファレンスからなるNBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)が誕生した。その後、1967年にはNBAに対抗する形でABAが設立され地位を脅かしたが、1976年にABAは消滅し、NBAは現在も世界最高峰のリーグとして君臨し続けている。
なお、アメリカ国内ではNBA、NCAAバスケットボールは人気で、NBAは4月下旬からプレーオフに入り、優勝決定戦であるNBAファイナルは6月に行われる。NCAAは全米一を決めるトーナメント戦もあり、「3月の狂乱」とも呼ばれている。また、1992年にはNBA選手が参加したドリームチームがバルセロナオリンピックを席巻し、1997年には女子リーグWNBAが設立された。
元々はアフリカ系アメリカ人や富裕層が好むとされていた。マイケル・ジョーダン(シカゴ・ブルズ)の全盛期はNBAブームで、NFLやMLBなどといった他を圧倒的にしのぐ人気を得た時期もあった。しかし、ジョーダン引退後は人気が伸び悩み、一時はNBAファイナルの視聴率もジョーダン全盛期の1/3程度にまで落ち込んだ。人気低迷の主な原因としては、全米規模のスター選手の不在が挙げられていた。しかし、近年ではレブロン・ジェームズに代表される若手のスター選手が続々と現れており、NBA人気も回復傾向にある。ちなみに、国内外の若年層の間では1990年代に世界的な形で広まったヒップホップ文化の影響で、NBA各球団のレプリカユニフォームやチームロゴなどをあしらった帽子やTシャツはストリートファッションの一部として広く認知されている。
[編集] アイスホッケー
アイスホッケーの起源については、さまざまな説がある。16世紀のオランダの絵画(例えば、Romeyn de Hooghe や Hendrick Avercamp の作品)には凍結した運河の上で、市民がホッケーに似たようなスポーツを行っている光景が描かれている。もっとも、これらの絵画で描かれているスポーツは、ホッケーというよりはむしろゴルフやポロに近いとする説もある。
スコットランド発祥のシンティ(Shinty)、アイルランド発祥のハーリング(Hurling)、ネイティブアメリカンのチペア族のプレイしたバゲタウェイ(Baggataway)などのスポーツが起源であると考える説もある。これらのスポーツについて近代的なアイスホッケーとの主な相違点を挙げると、シニーやハーリングにあってはゴーリーが不在、スケート靴を履かない点があり、バゲタウェイにあっては出場選手の数が多い点などがある。このほかにもホッケーの原型に当たる競技として、イングランドのバンディ(Bandy)やフィールドホッケー(Field Hockey)、カナダのシニー(Shinny)やリケット(ricket、ノバスコシア)、米国のアイス・ポロ(Ice polo)などが挙げられる。
1763年にフランスからカナダ領土を勝ち取ったイギリス人兵士達は、フィールドホッケーの経験と、ノヴァスコシアのアボリジニが行っていた競技、ラクロスを組み合わせ、凍結した河川、湖、池などでカナダの長い冬の慰みとしたと伝えられる。フィールドホッケーのボールは飛びすぎて危険だったため、ボールを小さめにして飛ばないように工夫したという。またサッカーやフィールドホッケーと同じくゴールの代わりとして氷柱を代用したり、また両チームが均等な人数ならば試合が可能とされていた時代もあった。
近代的なアイスホッケーの起源のみに限定しても、カナダのモントリオールとする説の他、キングストン、ウインザー、ノヴァスコシアなどもその発祥地として名乗りを上げている。
イースタン・カンファレンスとウェスタン・カンファレンスからなるNHL(ナショナル・ホッケー・リーグ)は、先行して存在したカナダ・ナショナル・ホッケー協会 (NHA) における幾度とない論争の末、1917年に設立され、その後は幾度となく繰り返された引き抜き合戦やエクスパッション(球団拡張)を経て、現在の形に至る。
アメリカへの進出後は、アメリカ国内でも一時期はアイスホッケー人気が高まったが、1992年から2005年までの間に労使間対立によるストライキが数回ほど発生した事(2004 - 2005シーズンに至っては、初めて全試合が中止)による人気低下もあり、近年ではNHLをNFLやMLB、NBAと一緒に人気競技団体のひとつとして数える事に対してはアメリカ国内で賛否がある。
[編集] サッカー
アメリカ国内では、ヨーロッパでサッカーを意味する「フットボール」という本来の呼称は「アメリカンフットボール」を指すため、日本と同様に「サッカー」の呼称が用いられている。
元々、アメリカ国内にサッカーが伝わってきたのは、アメリカの東海岸(ニューイングランド地方)にサッカーの原型だったものが伝わったのが最初である。その後、1863年にイギリスのロンドンで統一ルールが作られて今の「サッカー」ができあがると、いち早くアメリカ国内にも伝わり、大学生を中心に広まった。ところが、1874年にボストンのハーバード大学がカナダのモントリオールにあるマギル大学との2試合を1年目に行なっただけで2年目からはラグビーへと競技が変わり、そのラグビーに次々と独自の手を加えていきながら競技を行なった。それがきっかけとなって、アメリカ国内にある他の大学でもその独自に手を加えたラグビーが次第に広まり、大学生の間では徐々にサッカーの試合が行われなくなった。
アメリカ国内における最初のサッカーブームは1920年代であった。1890年代には国内で最初のプロ化への試みが行われ、1922年に始まったASLはヨーロッパからの移民急増と共に隆盛を極めた。ただ、その後はアメリカ国内の愛国心の高まりで次第に「アメリカ的なもの」が好まれるようになり、外来文化のサッカーは1940年代以降には衰退の一途をたどる事となる。
ところが、1966年にFIFAワールドカップで史上初めての衛星中継が行われ、それがアメリカ国内で話題となり、それまで衰退の一途をたどっていたサッカーに再びアメリカ国民の注目が集まる事となる。そして、翌年の1967年に北米サッカーリーグ(NASL)が発足され、1970年代に人気のピ-クを迎えたが、そもそもサッカー文化の基盤がほとんどなかったため1984年限りで消滅した。その後は、長らくセミプロ時代が続く事となる[10]。
1994年、自国での1994 FIFAワールドカップ開催以降はメキシコなどからのヒスパニック系移民を中心に少しずつ人気が高まり、1996年には久々のプロリーグとなるメジャーリーグサッカー(MLS)が発足した。しかし、現在でも国内のサッカー人気は依然として男子サッカーよりも女子サッカーに支えられているところが大きいが、男女のサッカーアメリカ合衆国代表は常にFIFAランキング内では上位につけており、サッカーの隠れた強豪国と恐れられている。ただ、他の国内競技と比べると競技内の奨学金の制度もあまり整備されておらず、サッカー競技そのものに対する偏見も根強い。そのため、アメリカ国内におけるサッカー人気は世界的に見ても低めで、世界からは長らく「サッカー不毛の地」と揶揄されてきた。
なお、近年では2007年にデビッド・ベッカムがレアル・マドリードからMLSのロサンゼルス・ギャラクシーへ移籍した事が日本でも話題になった。
[編集] バレーボール
バレーボールは、女性や子供が気軽に楽しめるレクリエーションとして1895年2月9日、アメリカ合衆国でウィリアム・G・モーガンによって考案された。このころのルールは非常に単純で、試合に集まった人たちを同じ数の2チームに分けて、ボールを打ち合い、ボールを落としたほうが負けというものであった。
1896年、モーガンはこの新ゲームをスプリングフィールドで開催されたYMCA体育指導者会議の際に公開した。モーガンはこのゲームを当初ミントネット (Mintonette) と名付けたがこのゲームの公開後、名称をバレー・ボール (volley ball) に変えた。1952年に現在のようにバレーボール (volleyball) と一語で表すようになった。その後、バレーボールはまず各地に点在するYMCAを通じてアメリカ全土に広まっていき、1900年にカナダ、1906年にキューバに紹介された。
バレーボールのアメリカ代表は男女共に強豪チームのひとつである。
[編集] 格闘技
昔から、アメリカでは興行としてボクシングやプロレスを中心に多岐にわたる格闘技イベントが盛んに行われてきた。また、有名なプロレス団体のWWEに至っては1999年からナスダック(現在はニューヨーク証券取引所)に株式を上場している。
特に総合格闘技に関しては、レスリングの普及度、体格的な優位、UFCを中心とした強いプロモーションの存在により、1993年のUFC発足以来はアメリカを中心に回っている。一時期は暴力性の強い試合内容にバッシングが起こり、コミッションの認可を受けられず、興行面での主導権を日本に奪われかけたこともあったが、2001年にUFCの運営母体がズッファLLC社となってからは各州で合法化され、2006年からUFCの人気が爆発。UFCのPPVの売り上げに大資本による追随する大会が続出し、2000年代後半はMMAバブルとも言われる活況を呈した。2008年にはEliteXCによって初めて地上波のネットワークで総合格闘技が放送されることになった。また、最大規模のUFC以外にKing of the Cage(KOTC)、Extreme Challenge、Hook 'n' Shoot、International Fighting Championship (IFC) 、International Fight League (IFL) などの大会がある。
[編集] モータースポーツ
アメリカでは、モータースポーツというと主にインディ500やNASCARの事を指す。
オープンホイール(フォーミュラカー)によるシリーズは、現在はインディ500を含むインディカー・シリーズ(IRL)を頂点とし、下部カテゴリーとしてインディ・ライツ、アトランティック・チャンピオンシップなどが存在する。なおIRLは最近では日本にも進出し、インディジャパン300としてツインリンクもてぎで開催されている。
NASCARはスプリントカップシリーズを頂点とし、ブッシュシリーズ・トラックシリーズを含めた通称「3大カップ戦」、さらにその下位に当たる地域ごとのカテゴリーなど非常に多くのレースを抱えており、それ単体で若手ドライバー育成からトップカテゴリーまでのピラミッド構造を持っている。
それ以外にもドラッグレースや、パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムに代表されるヒルクライムレース、二輪ではAMAスーパークロスなどのモトクロス競技など、アメリカ独自の人気カテゴリーが多数存在しており、ヨーロッパ・日本とはまた別の独特の世界観を構築している。
ただヨーロッパとの交流がないわけではなく、F1アメリカグランプリや、MotoGPなどの開催が行われているほか(ただしF1は2007年を最後に開催が行われていない)、ル・マン24時間レースとの交流を主軸としたアメリカン・ル・マン・シリーズなどのシリーズ戦も存在する。また最近は日本からドリフト走行人気が主に西海岸を中心に波及しており、D1グランプリのシリーズ戦が開催されたり、独自のシリーズとしてフォーミュラ・ドリフトが開催されたりしている。
[編集] ゴルフ
イングランド起源のサッカーやラグビーと同様に基本的なルールは簡単である。ゴルフのルールは簡単に言えば「あるがままに打つ」が基本原則である。プロトーナメントにおいては競技委員がいるが、本来は自分の他には審判がいないスポーツである。ルール上はボールの交換のように他の競技者の確認が必要な場合もあるが、あくまでも競技者自身が審判でありルールはもちろんのことマナーを守ることが非常に重視されるので「紳士のスポーツ」と呼ばれている。ただ、イギリス発祥の「紳士のスポーツ」として知られるが、その起源についてはスコットランドを筆頭に、オランダ、中国など世界各地に発祥説があり、定説がない。
アメリカ国内では、富裕層を中心に盛んに行われているスポーツである。また、アメリカ国内を舞台にマスターズ・トーナメントや全米女子プロゴルフ選手権などといった世界的にメジャーな大会が数多く行われている。なお、世界的にも有名なゴルフ選手であるアフリカ系アメリカ人のタイガー・ウッズは、メジャータイトルで12勝を挙げており、彼の年収はツアー大会で獲得する賞金総額とスポーツメーカーなどのライセンス契約による収入なども含めると、全米のプロスポーツ選手の中でも桁違いの金額である。
[編集] チアリーダー
元々応援団はアメリカ合衆国で凱旋将軍の帰還のさいにそれを歓迎する意味で応援団風にまとめたという説、あるいは大学のスポーツチームの応援に際してのリーダー的な人物がいて、それで応援の統率するという説など起源には様々な憶測が挙げられているが、一般的には女性の応援チームのことを指しており、ポンポン(ビニールテープを束状にしたもの)を両手にかざし軽やかな音楽に合わせたダンスやパフォーマンスを繰り広げる。
アメリカ国内では、4大メジャースポーツリーグのハーフタイムや大学の部活動を中心にして、盛んに行われている。
[編集] 自転車競技
「6日間レース (自転車競技)」、「マディソン (自転車競技)」、および「マウンテンバイク」も参照
アメリカ合衆国では、19世紀末期にトラックレースが人気を博し、その影響もあって、1893年に第1回世界選手権自転車競技大会がシカゴで開催された他、1899年には、ニューヨークのマディソンスクエアガーデンにおいて、2人がペアを組んで覇を競う、6日間レースを誕生させた。なお、2人がペアを組んで覇を競うレースはマディソン(フランスではアメリカンチームレースと呼ばれている)として後に独立した形式でも行われるようになり、2000年のシドニーオリンピックからオリンピック種目としても正式採用された。
また、19世紀末期から20世紀初頭にかけて、トラックレースにおける名選手が数多く誕生した。とりわけ1904年のセントルイスオリンピックにおいて、4つの金メダルを獲得したマーカス・ハーリーが、その年代の代表的な選手として挙げられる。しかし、モータースポーツの人気に押される形となって、1930年代あたりから人気にかげりが見られるようになり、6日間レース発祥国でありながら、アメリカ国内における同レースの開催は、1960年代初頭には全て姿を消している。
一方、長らく盛んには行なわれてこなかったロードレースだが、1980年代前半にフランス人のシリル・ギマールとベルナール・イノーによって才能を見出され、欧州国籍以外の選手として初めて1986年のツール・ド・フランスを制覇したグレッグ・レモンや、1980年のレークプラシッドオリンピックのスピードスケートで五種目全冠制覇を達成したエリック・ハイデンの転身などもあって脚光を浴びるようになった。そして1999年から2005年まで、ツール・ド・フランス総合7連覇を達成したランス・アームストロングは、癌を克服したスポーツ選手としても脚光を浴び、アメリカ自転車競技史上最も著名な選手である。
なお、マウンテンバイク(MTB)はアメリカ合衆国が発祥である。マウンテンバイクはアメリカ国内において、ロードレースに先立つ形で人気を博すようになった。そして1992年のバルセロナオリンピックから、クロスカントリーがオリンピック種目となっている。
[編集] サーフィン
少なくとも、西暦400年頃にはサーフィンの原形のようなものが存在していたと考えられているが、はっきりとは分かっていない。航海術に優れた古代ポリネシア人が、漁の帰りにボートを用いて波に乗る術(サーフィング)を知り、そこから木製の板に乗る様になった、というのが最も有力な説とされている。なお、サーフィン史家ベン・フィニーの研究によると、サーフィンは広くポリネシア全域に普及しており、東はイースター島、西はニューギニア、北はアメリカのハワイ島(ハワイ州)、南はニュージーランドに及んでいたとのことである。
アメリカ国内では前述にもある通り、ハワイ州などの沿岸部を中心に行われている。
[編集] アームレスリング
アームレスリングは、専用の競技台で、世界共通の厳格なルールのもと行われる腕相撲に似た競技のことで、「卓上の格闘技」とも呼ばれる。また、アームレスリングの選手は「アームレスラー」と呼ばれる。アメリカ、ロシアを中心に大規模な大会が開かれ、入賞者に賞金や豪華な賞品がスポンサーより与えられる大会もある。また毎年各国で世界大会も開催され、世界中の『腕自慢』が集まり、迫力のある熱戦を繰り広げている。
上述にもある通り、アメリカ国内では各地で盛んに行われている。
[編集] 競馬
詳細は「アメリカ合衆国の競馬」を参照
アメリカ国内で競馬は非常に盛んで、中でもサラブレッドの生産頭数は世界一である。また、ケンタッキーダービーなどは世界でも有名なダービーのひとつである。
[編集] その他
[編集] 関連項目
- エクスパンション・ドラフト
- エクスパンション
- サラリーキャップ
- 選手分配ドラフト
- ドラフト外入団
- ドラフト会議
- フリーエージェント
- NFLドラフト
- ドラフト会議 (MLB)
- NBAドラフト
- NBAサラリーキャップ
- NHLドラフト
- ドラフト会議 (MLS)
[編集] 脚注
- ^ 「北京五輪:水泳競技とスポンサーをめぐって」 サーチナ
- ^ 「アメリカのスポーツ選手ってなんであんなに高給取りなの?」 R25
- ^ 「NHLがロックアウトへ 新労使協定交渉が難航」 2004年9月16日 47NEWS
- ^ Dr.高橋正人のドーピング相談室「サプリメントの考え方」
- ^ a b リンクのタイトル
- ^ 格差の徹底排除で成長するNFL(上) 日経ビジネス オンライン
- ^ 最大のスタジアムであるミシガン・スタジアムは107,501人収容
- ^ 米大リーグが4年連続で史上最多記録を更新「国民的娯楽が人気を保ち続けるのを喜ばしく思う」東京新聞
- ^ 「観客動員史上2位 ナ・リーグは記録更新」スポニチ Sonichi Anex 2008年10月02日
- ^ 大住良之「33. アメリカ・サッカー研究」 NIKKEI NET(日経ネット)
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