トラックレース

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1周400m走路の自転車トラック(平塚競輪場
自転車トラックレース

トラックレースとは、自転車競技のうち、陸上競技のトラック種目のように競技場の中で周回するレースのこと。その競技場のことを自転車では、自転車競技場競輪場と呼ぶ。

概要[編集]

自転車競技場の走路(バンクまたはトラック)は、板張り・コンクリート・ウォークトップ(軟らかいアスファルト)などで舗装されており、カーブは全速力でも速度を落とさず走れるよう走路に角度(カント)を付けている。一周の長さは海外では250mが多いが、日本では競輪の法律が影響していて400m~500mとなっている所がほとんどである。なお333.3mの走路もあるが、これは3周で1000mの扱いとなっている。

起源及び歴史[編集]

起源については定かではないが、1878年イギリスイズリントンにある、ロイヤル・アグリカルチュラル・ホール(現 ビジネス・デザイン・センター)において、6日間レースの起源となる、1000マイルレースが行なわれていることや、1888年デンマークにおいて、車券発売が施された自転車レース(競輪[1]が開始されたことから考えると、1870~1880年代には既に行なわれていたと考えられる。また1893年に、第1回の世界選手権自転車競技大会が、アメリカ合衆国シカゴで開催されたが、同大会は1920年まで、トラックレースのみの開催であった。

また、種目の起源については、各国にまたがっている。例えば、ケイリンは承知の通り日本が発祥であるが、個人スプリントはフランス、チームスプリントはイタリア、フライングタイムトライアルはカナダ、マディソンはアメリカとなっている。また下記に述べる速度競走は、日本国内でのみ行なわれている種目である。


オリンピック及び世界選手権採用種目[編集]

オリンピック種目変更[編集]

2009年12月13日国際自転車競技連合(UCI)が国際オリンピック委員会(IOC)に男女平等の種目数の方針に基づき、2012年開催予定のロンドンオリンピックにおいて、男女5種目ずつの実施を提案したところ、IOC理事会がこれを了承した[2]

これにより、男・女ポイントレース、男・女個人追い抜き、男子マディソンは除外となり、代わって、男・女オムニアム、女子ケイリン、女子チームスプリント、女子団体追い抜きが採用されることとなった。

スプリント[編集]

主に2人で競い、決められた周回をゴールするまで走る。途中での位置取りをめぐる駆引きが勝敗に大きく影響し、その中で相手を牽制するために停止(もちろん足を付かずに)したりする事もある(ただし現在は完全に停止することや逆走は禁止となっている)。

中野浩一世界自転車選手権で10連覇を成し遂げた種目として、日本でも注目されて認知度が高くなった。なお、下述のチームスプリントやタンデムスプリントと区別するため、個人スプリントと表記されることもある。さらに、1984年まではスクラッチという名称であったが、下述のスクラッチ種目との関連性はない。

チームスプリント[編集]

トラックを3人のチームで3周回する。次々に先頭が1周回ごとに外れてゆき、最後の1名によるタイムで競う。

この種目の原型はイタリアンチームレースというもので、4人編成で行われた。日本では、イタリアンチームレースとしては、1969年から1998年までの間、高校総体で行われていたが、1999年より3人編成のチームスプリント(2001年まではオリンピックスプリントという名称)に取って代わられた。1995年世界自転車選手権において正式採用された他、2000年シドニーオリンピックより、夏季オリンピックにおいても正式種目となった。シドニーオリンピック当時はオリンピックスプリントという名称の種目であった。2004年アテネオリンピックで日本チームが銀メダルを獲得した。

2012年ロンドンオリンピックより女子の種目も加わる。但し、女子は1チーム2人編成。

ケイリン[編集]

概要[編集]

日本発祥の公営競技である競輪を元に作られた競技で、それと区別するため「ケイリン」と表記される。

現在では国際自転車競技連合(UCI) によって"KEIRIN"の名で正式種目と認定されており、世界選手権オリンピックなどの国際大会でも競技が行われている。オリンピックでは、2000年シドニーオリンピックより男子が採用されたことで、柔道に続いて日本生まれのスポーツとして2番目にオリンピック正式種目になった。また、2012年ロンドンオリンピックより女子も採用されることが決定した[3]

自転車競技種目のケイリンは、主に6名以上の選手で争われ、基本的なルールは競輪の先頭固定競走とほぼ同じである。選手とは別に先頭誘導員が1人いて、電動アシスト自転車、またはデルニー(en:Dernyモペッド)を使い、決められた周回を先頭で空気抵抗を減らしながら走る。なお先頭誘導員がいるのは、一番前にいる選手が風の抵抗を受けて不利になるのを避けるためである(公営競技としての競輪においては、誘導員は自力で自転車を動かす)。そして誘導員が審判の合図により先頭を外れて圏内線の中へ退避する辺りから本格的に競走が始まり、各々1着でゴールできると思った位置からダッシュをかける。選手同士の連携は公営競技としての競輪とは異なりそれほど重視されない。そのため、競輪とは異なる戦術・技術を必要とする場合も多く、日本のトップ競輪選手といえども国際大会のケイリンにおいて強さを発揮できるとは限らない。

各組2人から4人が先着トーナメント方式で勝ち上がる。また敗者復活戦もあり、その勝者は準々決勝あたりで合流して勝敗の行方が面白くなる。

使用する自転車は、男子の競輪とは異なる。

世界自転車選手権、オリンピック種目への道[編集]

世界自転車選手権種目への道[編集]

1977年に中野浩一がプロ・スクラッチ(現在のスプリント)種目で優勝したことを受け、日本自転車競技連盟(日本車連)がUCIに競輪の同大会採用を打診。

1978年西ドイツミュンヘン大会において、中野浩一ら、日本競輪選手だけでデモンストレーションレースが行われる。

1979年オランダアムステルダム大会において、外国人選手も交えたオープンレース(公開競技)が行われる。

1980年フランスブザンソン大会において、プロだけの種目として、正式に「ケイリン」として採用されることが決まった。しかし、日本国内で行われる競輪とは似ても似つかぬものだった。ひいてはここから今もなお、競輪とケイリンは別物の競技であるという見方がされている。

誘導員がスタートラインを通過後に号砲が打ち鳴らされるという方式は今も変わらないが、当時は縦一列のスタート方式が取り入れられ(スタート順は抽選によって決められた)、しかも誘導のペースは初手から速く、スタート順が後方に置かれた選手は著しく不利となった。

初代同大会ケイリン優勝者は、オーストラリアダニー・クラーク

1987年オーストリアウイーン大会において、本田晴美日本人選手として初の同種目優勝(その後、本田以外に同大会を優勝した日本人選手は一人もいない)。

1990年前橋大会開催期間中に行われたUCI総会にて、3年後のプロ・アマオープン化を睨んで、当時プロの種目しかなかったケイリンの今後の処遇が検討される。つまり、同大会の種目から除外される可能性があった。ドミフォン、タンデムスプリントについても同様に検討された結果、両種目はプロ・アマオープン化の種目として相応しくないという決定がなされ、まもなく除外されることになった。

何とか同大会からの種目除外を免れたい日本車連側は、当時ケイリンが行われていなかった諸国への技術指導等を含め、アマチュア側に対しケイリンの普及を図ることを約束。一方、日本車連は、競輪とは似ても似つかぬレース内容になっていることに対して改善を申し入れ、縦一列のスタート方式ではなく、日本で行われている横一列のスタート方式に改めるよう働きかけ、1992年スペインバレンシア大会より、横一列のスタート方式に改められた。

1993年ノルウェーハマール大会より、プロ・アマオープン大会として同種目は新たにスタートを切った。

オリンピック種目への道[編集]

1996年アトランタオリンピックより、同大会の自転車競技もプロ・アマオープン化されることにつき、日本車連はオリンピックにおいても、ケイリンの採用を打診。既にアトランタでの実施種目は決まっていたため、2000年に行われるシドニーオリンピックの正式採用を目指した。

日本車連側は、既に1980年より世界自転車選手権において採用されていることや、日本競輪選手会の協力をもとに、世界各国へ技術指導等を含めた普及活動を行ったことを日本オリンピック委員会(JOC)を通じ、国際オリンピック委員会(IOC)にPR。その結果、1996年12月に行われたIOC総会において、ケイリンは正式種目として、4年後のシドニーオリンピックでの採用が決まった。同大会の初代優勝者はフランスフロリアン・ルソー

上述のとおり、ケイリンは日本生まれの五輪種目としては柔道(1964年東京オリンピックより正式採用)に続いて史上2例目となった。2008年北京オリンピックでは永井清史が日本人初となる銅メダルを獲得した。

2009年12月に行われたIOC理事会において、オリンピック男女平等種目数の方針に基づき、UCIにより提案されたケイリン女子も、2012年のロンドンオリンピックから正式種目として採用することが承認された。これをきっかけに、日本でもガールズケイリンが復活することとなる。

団体追抜競走(チームパーシュート)[編集]

3人から4人のチームで個人追抜競走と同じルールで行う。コーナーを使っての先頭交代が作戦の鍵を握る。ゴール地点では3人目がゴールした時点で記録が認められる。これも時間は参考記録。

2012年ロンドンオリンピックより女子の種目も加わる。但し、女子は1チーム3人編成。

オムニアム[編集]

2007年の世界選手権(男子)で初採用された種目。2009年の世界選手権より、女子にもこの種目が設けられた。2日間に亘り、以下の6種目を順番通りに行う。

1. フライングラップ (計測は250mを超えない距離で行う)
2. ポイントレース (エリート男子30km、エリート女子20km、ジュニア男子15km、ジュニア女子10km)
3. エリミネイション
4. 個人追抜競争(エリート男子4km、エリート女子及びジュニア男子3km、ジュニア女子2km)
5. スクラッチ (エリート男子15km、エリート女子及びジュニア男子10km、ジュニア女子7.5km)
6. タイムトライアル (男子1km、女子500m)

各種目の順位を順位点として優劣をつけ、全種目の順位点が最小の選手が1位となる。なお、1種目でも出走しないと全部棄権扱いになる。

2012年ロンドンオリンピックより男女とも初採用される。

世界選手権採用種目[編集]

マディソン[編集]

ある決められた距離と時間内で、2人組で交代(タッチして)しながらポイントレースを行う。休んでいる時は外側のラインを走りながら交代のタイミングを見計らう。詳しくはマディソンを参照。

オリンピックでは男子のみの種目であったため、男女同数の種目を行うという趣旨にそぐわないとして、2008年北京オリンピックを最後に除外された。

ポイントレース[編集]

20人から30人の人数で(男子最高50km以内、女子もあり)で行う。決められた周回ごと(10周おきが多数)に1着から4着の走者にポイントが与えられる。周回遅れの走者に追いついた場合にも追いついた走者には大きなポイントが与えられる。ただし、その場合追いついた走者は最後尾扱いになり、それまでの2位の選手が先頭扱いになる。最後のゴールでのポイント数が多い者が勝者になる。ポイント数が同じときはトップで通過したポイントの回数が多い順で決まる。

2008年北京オリンピックを最後に、男女ともオリンピック種目から除外された。

個人追抜競走(パーシュート/インディヴィデュアルパーシュート)[編集]

この種目は2人がホームとバックの同じ距離で離れた位置からレースをスタートして、どちらかが規定の距離を先に完走するか、途中で相手を追抜いた時点で勝敗が決まる、男子では4km、女子では3kmの距離が基本。時間が計測されるが、参考としての記録となる。

2008年北京オリンピックを最後に、男女ともオリンピック種目から除外された。

タイムトライアル[編集]

決められた距離を時間で争う。一般的な競技スタイルは、スタンディングスタート形式が取られ、男子は1000m、女子は 500mで行なわれる。

以下は国際自転車競技連合(UCI)からの世界記録。

  • 男子 スタンディングスタート(静止状態から号砲で全力加速して) アマチュアで野外競技場
    • 1分02秒547 MAIK MALCHOW (RDA) 14.10.1980 MEXICO (MEX), Vélodrome Olympique
  • 女子 フラインググスタート(助走有り) 室内競技場

男子は第1回の近代オリンピック開催となる、1896年アテネオリンピックから採用(但しこのときは333m。1000mで行なわれるようになったのは、1928年アムステルダムオリンピックから)され、女子も2000年シドニーオリンピックから採用されたものの、2008年北京オリンピックより、BMXが採用されることになり、その代わりに男女ともに2004年アテネオリンピックを最後に、オリンピック種目から除外された。

一方、カナディアンタイムトライアル[4]と言われることもある、フライングスタート形式のタイムトライアル(FTT、Flying Time Trial)もある。個人スプリントの予選専門種目として、200mタイムトライアルという種目があるが、これは助走した状態からスタートして時間の優劣を決するものである。

スクラッチ[編集]

世界自転車選手権では、2002年より実施されている種目(男女とも)。

20から30人くらいの選手数で行われるのはポイントレースとほとんど一緒だが、着順の優劣は最終ゴール到達の早い順番につけられる。

概ね15Km程度の距離で行われるが、道中、集団から抜け出しを図ってアタックをかけるといったプレーも随所に見られることから、ロードレースの戦術と類似している部分が少なくない。

その他[編集]

アンノンディスタンス[編集]

選手には走る距離を知らせないレース。集団でレースを展開しながら合図があってから、最初の取り決めた周回数を消化してゴールする。合図があるまでの集団での位置取りがレースの見所。

ミスアンドアウト[編集]

周回ごとに最後の走者か 2人をレースから除外してゆき、決められた人数になったときに決められた周回を回りゴールする。少し複雑な頭脳プレイを要求される。エリミネーションともいう。

ドミフォン[編集]

前のオートバイ(ペーサー)、後の自転車(ステイヤー)の2人1組で走る。先導のオートバイは誘導される自転車が接触して転倒するのを防ぐため、後輪の更に後ろにローラー付きバンパーを張り出させた特殊な作りになっている(接触するとローラーは触れた車輪に沿って回る)。決められた時間内での周回数で勝敗が決まる。ステイヤーがペーサーに近ければ近いほど空気抵抗が少なくなるので、チームのコンビネーションがよいことも重要な要素になる。騒音の関係で大抵野外の競技場で行われる。

1893年に開始された世界選手権自転車競技大会においても第1回の大会から採用された種目であったが、1994年の大会を最後に廃止されて以降は、この種目の開催そのものがめったに行われなくなった。オートバイではなくデルニー(en:Dernyモペッド)がペーサーとなって行われる、「デルニーレース」については現在6日間レースにて行われているが、ルール等についてはドミフォンと類似している。

速度競走[編集]

国民体育大会全国高校総合体育大会などで行われている種目。概ね4000メートルで行われ、出場選手9人から12人で争う。予め与えられた先頭責任回数を完了する(有利不利に関係なくライバルの風除けとなる)ことが求められ、着順の優劣は、それを完了した選手の中から、最終ゴール到達の早い順番につけられる。責任を完了していない選手が完走した場合、失格にはならないが、順位は完了した選手よりも劣ることになる。

タンデムスプリント[編集]

1906年アテネオリンピック(現在は非公式大会となっている)から、1972年ミュンヘンオリンピックまで、オリンピック種目として採用された種目。タンデム自転車を使用し、2人1組で行なわれる。ルールは個人スプリントと類似しているが、概ね、個人スプリントの倍の周回数で行なわれる点が異なる。世界選手権でも1994年まで採用されていた種目であったが、1993年に実施されたプロアマオープン化の余波を受けて競技者数が激減したため、姿を消した。しかしパラサイクリングの種目として、パラリンピックやパラサイクリング世界選手権において実施されている。

6日間レース[編集]

アワーレコード[編集]

1人が1時間でどれだけの距離を走れるかを争う単純な種目(逆に言えば、人力による最高時速に挑むこと)。ただ、これに挑戦するにはトップレベルの競技者でも困難を伴い、フランチェスコ・モゼールをして「頭がおかしくないと挑戦できない[5]」と言わせるほど、競技中は肉体的にも精神的にも、非常に苦しいという。同様に、“カンピオニッシモ”(イタリア語:チャンピオンの中のチャンピオン)と呼ばれたエディ・メルクスすらアワーレコード記録更新時に「寿命が三年縮んだ」と発言している[6]。そのため、挑戦すること自体が名誉とされ、記録を更新した者は、自転車競技の歴史に名を残すほど讃えられている。

1990年代に入り自転車の改良が進み、一般的な自転車のスタイルと異なる乗車ポジションを取る(いわゆる「スーパーマン」スタイルなど)自転車による記録の更新が相次いだことから、UCIは2000年に規則改正を行い、1972年にメルクスがコルナゴでアワーレコードを更新した際と同様の機材(一般的なロードレーサースタイルの自転車)による記録のみを公式の「アワーレコード」と認め、それ以後に作られた専用自転車による記録は「UCIベスト・ヒューマン・エフォート」として非公認扱いとすることとした。

この改正により、空力効果のあるヘルメット[7]やディスクホイール・バトンホイール、モノコックフレームを持つ自転車、ファニーバイク(前のタイヤサイズが極端に小さいフレーム形式の自転車)などを使用した場合は公式な「アワーレコード」とは認められず、全て「ベスト・ヒューマン・エフォート」扱いになった[8]

このため一時アワーレコードへの挑戦を行う選手が激減したが、2014年5月にUCIが再び規則改正を行い、アワーレコード挑戦時に使用できる機材を「トラック競技に準じる」と改めたため、UCIトラックレースの規則に則りエアロヘルメットやディスクホイール・エアロバーなどの使用は再び認められた[9][10]。これを受けてアワーレコードへの挑戦を行う動きが再び活発化している。

2000年に改正されたルールにおいてはチェコオンドジェイ・ソセンカ英語版が2005年7月19日にモスクワで出した49.700km/hが最高記録であったが、ルール再改正直後の2014年9月には引退間際のイェンス・フォイクトが51.115km/hの新記録を樹立した。

IHPVA/WHPVAが認定するアワーレコードはカウル付きリカンベントなど、トラックレーサーやロードバイク以外のバイクの使用が認められている。

この種目は他のトラック種目に比べ、長距離を停止せずに走る必要があることから、過去のレコードホルダーにはエディ・メルクスやジャック・アンクティルミゲル・インドゥラインなど、主にロードレースで活躍する(中でもタイムトライアルを得意とする)選手が数多く名前を連ねている。また、クリス・ボードマンのようにロードレース選手でありながらアワーレコードの更新に比重を置く者や、グレアム・オブリーのようにトラック選手だが「アワーレコード職人」とも呼ぶべき特化選手も存在している。

現在の記録[編集]

  • アワーレコード
  • UCIベスト・ヒューマン・エフォート
  • IHPVA/WHPVA認定アワーレコード
    • フランチェスコ・ルッソ - 91.56km/h (2011年8月日、ドイツ、クレトヴィッツ)

競輪[編集]

日本の自転車競技の中で、トラック種目はプロフェッショナルの競輪が有名。「NJS規格」に適合した部品のみで構成される専用自転車(トラックレーサー、ピストレーサーとも)を使用する。

競輪は第二次世界大戦の終わりから、後の日本自転車振興会(現・JKA)が主催するようになった。一時期は女性の競輪もあった。[11]

なおプロの競輪選手ケイリン競技に参加している。詳しくは競輪の項を参照。

脚注[編集]

  1. ^ http://plaza.rakuten.co.jp/koganei3/diary/200804030000/
  2. ^ ロンドンオリンピック・トラック種目変更について - 日本自転車競技連盟 2009年12月22日付書面
  3. ^ ロンドン五輪のトラック種目は男子2減、女子2増
  4. ^ goo辞書より
  5. ^ スコットランドの英雄オブリー、アワーレコード再挑戦を断念 CYCLINGTIME.com
  6. ^ 「トップ・ランナー」より
  7. ^ '80年代にシステムUのTTチームが初めて使用、着用者はローラン・フィニョン。頭と背中のラインが一線になる
  8. ^ なお、システムUチームは当時、そのアイデアがあまりに斬新だった事から“次はモーター駆動のマシン(電動アシスト自転車)を持ち込むに違いない”と周囲から揶揄された。ちなみに電動変速機は21世紀になってからシマノが実用化している。
  9. ^ アワーレコードはどうなる?UCIがルール変更 - cyclingtime.com・2014年5月27日
  10. ^ モノコックフレームを持つ自転車、ファニーバイク(前のタイヤサイズが極端に小さいフレーム形式の自転車)などは相変わらず認められない
  11. ^ 2012年7月より「ガールズケイリン」として復活している。

関連項目[編集]