クリス・ボードマン

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獲得メダル
1992 バルセロナ 個人追い抜き
1996 アトランタ ロード個人TT
1994 カターニア ロード個人TT
1994 シチリア島 個人追い抜き
1996 マンチェスター 個人追い抜き
1996 ルガーノ ロード個人TT
1993 ハマール 個人追い抜き
1997 サン・セバスティアン ロード個人TT
1999 トレヴィーゾ ロード個人TT

クリス・ボードマン(Chris Boardman。1968年8月26日- )はイングランドマージーサイド州のホイレイク出身。元自転車競技選手。恐らく史上最高のタイムトライアル系スペシャリストと言える選手である。

[編集] アワーレコード

1993年7月23日。ボードマンはフランスボルドーのドゥラ自転車競技場において、同年7月17日スコットランドグレアム・オブリーノルウェーのハマール自転車競技場でマークした51.596kmを上回る52.270kmをマークし更新。しかしその4日後の7月27日にオブリーが同じくドゥラ競技場で記録更新に挑み、52.713kmをマークして再びアワーレコードの更新を果たした。その後アワーレコードはミゲル・インドゥライントニー・ロミンゲルが更新を果たしたが、いずれもドゥラでマークされたものだった。つまりドゥラ競技場は記録が出やすいバンクだったということがいえる。

1996年9月7日、ボードマンは当時ロミンゲルが保持していた55.291kmの記録更新に挑んだが、競技場は自らの地元であるマンチェスターであった。そしてボードマンは56.375kmをマーク。約3年ぶりにアワーレコードの座を奪回した。この記録は後に「UCIベストヒューマンエフォート」という名称に改められるが、このカテゴリーに関して言えば、ボードマンがこの当時に出した記録はいまだ破られていない。

一方、国際自転車競技連合(UCI)は2000年に、ボードマンが出した記録は、エディ・メルクス1972年10月25日メキシコシティーで49.431kmをマークした当時の自転車仕様と大きくかけ離れたものであると表明。つまりメルクスの記録を更新した形となったフランチェスコ・モゼール以降の「アワーレコード」はハンドルがエアロ仕様で、フレームがモノコック仕様という、言い換えれば記録が必然的に出やすい自転車仕様での樹立であり、この仕様と同一視できないという判断のもと、アワーレコードとしては未公認扱いとなり、その代わりに前述したベストヒューマンエフォートという形に改められることになった。したがってUCIが認定するアワーレコードはメルクスが出した上記の記録に再度巻き戻されることになった。

その決定を受けボードマンは改めて2000年10月27日、ベストヒューマンヒューマンエフォートを更新した地であるマンチェスターにて挑戦。49.441kmをマークし、メルクスの記録を28年ぶりに更新した。その後、2005年7月19日にモスクワでオンドレイ・ソセンカが49.700kmをマークして、現在はこの記録がアワーレコードとして認定されている。

[編集] レースにおける記録

1992年バルセロナオリンピックの4km個人追い抜きにおいて決勝でドイツイエンス・レーマンを破り優勝。この種目では、世界自転車選手権においても2回の優勝実績がある。しかし世界にボードマンありと知らしめたのはやはり次のことがあったからだろう。

1994年ツール・ド・フランスにおいて、ボードマンはプロローグにおいてインドゥラインの記録を上回りマイヨ・ジョーヌを奪取したが、まさかインドゥラインが個人TTで敗れるとは誰もが想像もしていなかった。その後ツールでは1997年1998年もプロローグの個人TTを制し、いつしかボードマンのことを「ミスタープロローグ」と呼ぶようになった。

もっともボードマンはスプリンタータイプでもなく、加えて「僕は山は登れないよ」と漏らすほど、山岳コースはからっきしだったこともあり、ロードレースにおける実績は皆無に近い。しかしタイムトライアル系となると抜群の強さを発揮した。

1994年から、世界自転車選手権のロード種目に、新たに個人タイムトライアルが設けられることになったが、ボードマンは見事、初代同種目優勝者の座に就いた。その後同種目においては、ミゲル・インドゥラインアレックス・ツェーレローラン・ジャラベールアブラハム・オラーノヤン・ウルリッヒといった、ロードレースにおいても実績を残している選手が優勝者として名を連ねることになるが、ひいてはボードマンに勝ちたいという意味合いがあって挑戦してきたとも言われる。つまりタイムトライアル系種目においては紛れもなく当時はボードマンが実質的に「世界一」であった。ボードマンは1996年アトランタオリンピックのロード個人タイムトライアルで銅メダルを獲得している。

ボードマンはアワーレコードの更新を手土産にする形で2000年に引退したが、その背景には私生活における悩みの問題も含まれていたという。現在は自転車関連テレビ番組の司会者などを務めている。