ジョン・イスナー
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ジョン・イスナー
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| 基本情報 | ||||
| ラテン文字名 | John Isner | |||
| フルネーム | John Robert Isner | |||
| 国籍 | ||||
| 出身地 | 同・ノースカロライナ州 グリーンズボロ |
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| 生年月日 | 1985年4月26日(28歳) | |||
| 身長 | 206cm | |||
| 体重 | 111kg | |||
| 利き手 | 右 | |||
| バックハンド | 両手打ち | |||
| ツアー経歴 | ||||
| デビュー年 | 2007年 | |||
| ツアー通算 | 8勝 | |||
| シングルス | 5勝 | |||
| ダブルス | 3勝 | |||
| 4大大会最高成績・シングルス | ||||
| 全豪 | 4回戦(2010) | |||
| 全仏 | 3回戦(2010) | |||
| 全英 | 2回戦(2010・11) | |||
| 全米 | ベスト8(2011) | |||
| 4大大会最高成績・ダブルス | ||||
| 全豪 | ベスト8(2009) | |||
| 全仏 | 3回戦(2008) | |||
| 全英 | 出場なし | |||
| 全米 | 2回戦(2009) | |||
| キャリア自己最高ランキング | ||||
| シングルス | 9位(2012年4月16日) | |||
| ダブルス | 26位(2012年4月2日) | |||
| 2012年9月12日現在 | ||||
ジョン・ロバート・イスナー(John Robert Isner, 1985年4月26日 - )は、アメリカ・ノースカロライナ州グリーンズボロ出身の男子プロテニス選手。ジョージア大学卒業。身長206cm、体重111kgの巨体から繰り出す高速サーブを最大の武器にする選手。これまでにATPツアーでシングルス5勝、ダブルス3勝を挙げる。自己最高ランキングはシングルス9位、ダブルス26位。日本語の資料によっては「ジョン・アイズナー」の表記も見られる。
目次 |
来歴 [編集]
イスナーは父親が建築家、母親は不動産業者という家庭に生まれ、9歳からテニスを始めた。少年時代はその長身を生かしてバスケットボールもプレーしたが、16歳でテニスに専念する。彼は2004年から2007年までジョージア大学の学生テニス選手として活動し、2007年のNCAAテニス選手権でシングルス準優勝・ダブルス優勝を成し遂げた後にプロ選手となった。同年7月の「レッグ・メイソン・テニス・クラシック」(アメリカ・ワシントンD.C.開催)で決勝に進み、同じアメリカのアンディ・ロディックに 4-6, 6-7(4-7) で敗れて準優勝になる。8月末の全米オープンで、イスナーは主催者推薦(ワイルドカード)から3回戦に進出し、第1シードのロジャー・フェデラー(スイス)から第1セットのタイブレークを奪取した。この試合には 7-6(7-4), 2-6, 4-6, 2-6 で敗れたものの、イスナーはアメリカ期待の新星として一躍有名になった。彼の身長(206cm)は、現在のATPツアーではイボ・カロビッチ(クロアチア)の208cmに次ぐ2番目の長身である。
2008年 [編集]
2008年の4大大会では、シングルスはすべて1回戦敗退に終わったが、全仏オープンの男子ダブルスでサム・クエリー(同じアメリカの選手)と組んだ3回戦進出があった。7月のアメリカ・ロードアイランド州ニューポート大会で、イスナーはマーディ・フィッシュとペアを組み、男子ツアーでダブルス初優勝を挙げた。フィッシュとは2009年全豪オープンの男子ダブルス部門でもペアを組んで出場し、ベスト8進出の成績を残している。その後、イスナーは春に患った伝染性単核球症のため、しばらくの間戦線を離脱し、全仏オープンとウィンブルドンを欠場した。
2009年 [編集]
彼はそのプレースタイルから、1試合の中で多数のサービス・エースを奪っても、それを試合の勝利に結びつけられない時が多かった。その一例として、2009年全豪オープン1回戦では、ドミニク・フルバティ(スロバキア)から39本のサービスエースを奪ったが、6-7(4-7), 6-2, 2-6, 5-7のスコアで敗退した[1]。 ようやく2009年の全米オープンで、イスナーはシングルスで2年ぶりの初戦突破を果たし、3回戦で第5シードのアンディ・ロディックを破る勝利を挙げた。この試合ではイスナーが38本のサービスエースを奪い、同じく強力サーブを最大の武器にするロディックも20本のサービスエースを放ち、両者合計で58本のサービスエースが乱れ飛ぶ戦いとなったが、最終第5セットのタイブレークの末に 7-6(7-3), 6-3, 3-6, 5-7, 7-6(7-5) のスコアでイスナーが競り勝った。4回戦では第10シードのフェルナンド・ベルダスコ(スペイン)に 6-4, 4-6, 4-6, 4-6 で敗れた。この大会では、アメリカからの男子シード選手だったロディック、ジェームズ・ブレーク、サム・クエリーの3人がすべて3回戦で敗退したため、イスナーは米国男子のシングルス最高成績をマークした。
2010年 [編集]
2010年に入り、イスナーは年頭のニュージーランド・オークランド大会の決勝でアルノー・クレマン(フランス)を破り、男子ツアーでシングルス初優勝を果たした。続く全豪オープンでは、シード選手の1人だったジル・シモン(フランス)の直前欠場により、繰り上げで「第33シード」を与えられ、そこから4回戦まで勝ち進んだ。前年度の全米オープンに続く2大会連続の進出となった4回戦では、第5シードのアンディ・マリー(イギリス)に 6-7(4-7), 3-6, 2-6 のストレートで敗退した。
2010年のウィンブルドン選手権では男子シングルス1回戦において、6月22日から24日にかけてニコラ・マユと史上最長試合となる11時間5分の試合を戦い、6-4, 3-6, 6-7, 7-6, 70-68 で制した[2]。それまでの最長記録は2004年全仏オープンで記録された6時間33分だった。日没による中断が2回、イスナーは113本のサービスエースを記録した[3]。また、対戦相手のマユも103本のサービスエースを記録し、合計215本のサービスエースが飛び交った。疲労が蓄積されたためか、続く2回戦ではティエモ・デ・バッカーに1時間14分でストレート負けし、サービスエースも1本にとどまった[4]。
2011年 [編集]
1月のホップマンカップではベサニー・マテック=サンズと組み優勝。予選ではマユと再戦し 6-3, 7-6 で勝利。全豪オープンでは3回戦のマリン・チリッチ(クロアチア)に 6-4, 2-6, 7-6, 6-7, 7-9 のフルセットで競り負けた。また、全仏オープン1回戦で男子シングルス1位のラファエル・ナダル(スペイン)と対戦。長いリーチと時速210km台の高速サーブを活かしナダルを脅かすも、4時間を越える 4-6, 7-6, 7-6, 2-6, 4-6 のフルセットの末、惜敗した。7月のテニス殿堂選手権では決勝でオリビエ・ロクスを 6–3, 7–6(6) で破りシングルスツアー2勝目を挙げた。アトランタ大会では決勝でマーディ・フィッシュに敗れたが、ウィンストン・セーラム大会ではジュリアン・ベネトーに 4–6, 6–3, 6–4 で勝利してシングルス3勝目を挙げた。全米オープンでは4回戦でジル・シモンを 7-6(2), 3-6, 7-6(2), 7-6(4) で破り4大大会では初のベスト8に進出。準々決勝ではアンディ・マリーに 5-7, 4-6, 6-3, 6-7(2) で敗れた。
2012年 [編集]
全豪オープンでは3回戦でフェリシアーノ・ロペスに敗れた。2月のデビスカップ1回戦のスイス戦ではロジャー・フェデラーを 4-6, 6-3, 7-6(4), 6-2 で破りチームの勝利に貢献した。3月のBNPパリバ・オープンでは初めてマスターズ1000大会のシングルス決勝に進出し、ロジャー・フェデラーに 6–7(7), 3–6 で敗れて準優勝になった。4月の全米男子クレーコート選手権でも準優勝し、自己最高の9位を記録している。
全仏オープンでは2回戦でポール=アンリ・マチューに 7–6, 4–6, 4–6, 6–3, 16–18 で敗れた。試合時間は5時間41分で大会史上2番目の長時間試合となった。(大会最長記録は2004年のファブリス・サントロとアルノー・クレマンの6時間33分である。)7月のテニス殿堂選手権では決勝でレイトン・ヒューイットを 7–6(1), 6–4 で破り連覇を果たした。7月のロンドン五輪でオリンピックに初出場した。シングルスではベスト8に進出し、準々決勝でロジャー・フェデラーに 4–6(1), 6–7(5) で敗れている。8月のウィンストン・セーラム大会は決勝でトマーシュ・ベルディハを 3–6, 6–4, 7–6(9) で勝利し大会連覇を果たした。
ATPツアー決勝進出結果 [編集]
シングルス: 12回 (5勝7敗) [編集]
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| 結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 準優勝 | 1. | 2007年5月8日 | ハード | 4–6, 6–7(4) | ||
| 優勝 | 1. | 2010年1月16日 | ハード | 6–3, 5–7, 7–6(2) | ||
| 準優勝 | 2. | 2010年2月21日 | ハード (室内) | 7–6(3), 6–7(5), 3–6 | ||
| 準優勝 | 3. | 2010年5月9日 | クレー | 6–3, 6–7(4), 4–6 | ||
| 準優勝 | 4. | 2010年7月25日 | ハード | 6–4, 4–6, 6–7(4) | ||
| 優勝 | 2. | 2011年7月10日 | 芝 | 6–3, 7–6(6) | ||
| 準優勝 | 5. | 2011年7月24日 | ハード | 3–6, 7–6(6), 6–2 | ||
| 優勝 | 3. | 2011年8月27日 | ハード | 4–6, 6–3, 6–4 | ||
| 準優勝 | 6. | 2012年3月18日 | ハード | 6–7(7), 3–6 | ||
| 準優勝 | 7. | 2012年4月15日 | クレー | 2–6, 6–3, 3–6 | ||
| 優勝 | 4. | 2011年7月15日 | 芝 | 7–6(1), 6–4 | ||
| 優勝 | 5. | 2012年8月25日 | ハード | 3–6, 6–4, 7–6(9) |
ダブルス: 6回 (2勝4敗) [編集]
| 結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | パートナー | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 優勝 | 1. | 2008年7月7日 | 芝 | 6–4, 7–6 | |||
| 優勝 | 2. | 2010年2月21日 | ハード (室内) | 6–4, 6–4 | |||
| 準優勝 | 1. | 2010年5月2日 | クレー | 2–6, 3–6 | |||
| 優勝 | 2. | 2011年4月9日 | クレー | 7–6(4), 2–6, [5–10] | |||
| 優勝 | 3. | 2011年5月15日 | クレー | 不戦勝 | |||
| 準優勝 | 4. | 2012年3月18日 | ハード | 2–6, 6–7(3) |
4大大会シングルス成績 [編集]
- 略語の説明
| W | F | SF | QF | #R | RR | Q# | LQ | A | WG | Z# | PO | SF-B | S | G | NMS | NH |
W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.
| 大会 | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 | 2012 | 通算成績 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 全豪オープン | A | 1R | 1R | 4R | 3R | 3R | 7–5 |
| 全仏オープン | A | 1R | A | 3R | 1R | 2R | 3–4 |
| ウィンブルドン | A | 1R | A | 2R | 2R | 1R | 2–4 |
| 全米オープン | 3R | 1R | 4R | 3R | QF | 4R | 14–6 |
脚注 [編集]
- ^ Match Facts
- ^ “テニス=ウィンブルドン男子単の最長試合、3日がかりで決着”. Reuters (2010年6月25日). 2010年7月8日閲覧。
- ^ “お疲れイスナーあっさり敗退/ウィンブルドン”. サンケイスポーツ (2010年6月25日). 2010年7月8日閲覧。
- ^ “テニス=ウィンブルドン男子単、最長試合記録のイスナー敗退”. Reuters (2010年6月25日). 2010年7月8日閲覧。