レークプラシッドオリンピック (1980年)

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レークプラシッドオリンピック
第13回オリンピック冬季競技大会
XIII Olympic Winter Games
MacKenzie Intervale Ski Jumping Complex in 1980.jpg
開催都市 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 レークプラシッド
参加国・地域数 37
参加人数 1,072人(男子839人、女子233人)
競技種目数 6競技38種目
開会式 1980年2月13日
閉会式 1980年2月24日
開会宣言 ウォルター・モンデール
選手宣誓 エリック・ハイデン
審判宣誓 Terry McDermott
最終聖火ランナー Charles Kerr
主競技場 Lake Placid Equestrian Stadium
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レークプラシッドオリンピックは、1980年2月13日から同年2月24日)までアメリカ合衆国ニューヨーク州レークプラシッドで行われた冬季オリンピック

ハイライト[編集]

1932年以来2回目のオリンピック開催。 スピードスケートでアメリカのエリック・ハイデンが5種目完全制覇の偉業を成し遂げた。距離別のスペシャリスト化が始まっていた中、空前絶後の記録である。タイム差もかなりあり、危なげない5冠達成であった。銀メダルは1500mと5000mが同じ選手だったため4人。そのうち2人はインスブルックオリンピックの金メダリストで、1人はサラエボオリンピックで二冠を達成している。この大会でのアメリカの金メダルはハイデンの5個と最終日のアイスホッケーで計6個であった。

最終日に行われたアイスホッケー競技決勝では、大学生で構成されたアメリカ合衆国チームが20年ぶりの金メダルを手にした。それまで同種目を4連覇し無敵と称されたソビエト連邦チームを準決勝で破った上での栄冠であり、後に氷上の奇跡と称される歓喜のフィナーレとなった。

当時アメリカのジミー・カーター大統領が、同年夏のモスクワオリンピックにボイコットの方針を表明して賛否両論の議論を巻き起こしていた。レークプラシッド大会終了後、カーター大統領は五冠のハイデンやホッケー選手ら今大会の英雄を昼食会に招いたが、その場で彼らにボイコット反対を表明されるしっぺ返しを受けてしまった。

ソビエト連邦は1979年のアフガニスタン侵攻以来資格が停止されていたため、最初から招待されなかった。

マスコット[編集]

ロニ(アライグマがモチーフ)

実施競技[編集]

主な競技会場[編集]

各国の獲得メダル[編集]

国・地域
1 ソビエト連邦 ソビエト連邦 10 6 6 22
2 東ドイツ 東ドイツ 9 7 7 23
3 アメリカ合衆国 アメリカ合衆国(開催国) 6 4 2 12
4 オーストリア オーストリア 3 2 2 7
5 スウェーデン スウェーデン 3 0 1 4
6 リヒテンシュタイン リヒテンシュタイン 2 2 0 4
7 フィンランド フィンランド 1 5 3 9
8 ノルウェー ノルウェー 1 3 6 10
9 オランダ オランダ 1 2 1 4
10 スイス スイス 1 1 3 5

主なメダリスト[編集]

日本人選手の成績[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]