サラ・ペイリン
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| サラ・ルイーズ・ペイリン Sarah Louise Palin |
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| 任期: | 2006年12月4日 – (現職) |
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| 出生: | 1964年2月11日(45歳) アイダホ州 サンドポイント |
| 政党: | 共和党 |
| 配偶: | トッド・ペイリン(Todd Palin) |
サラ・ルイーズ・ペイリン(Sarah Louise Palin、1964年2月11日 - )は、アメリカ合衆国アイダホ州生まれの政治家。所属は共和党。2006年12月4日に第11代アラスカ州知事に就任した。2008年アメリカ合衆国大統領選挙における共和党の副大統領候補。
目次 |
[編集] 経歴・人物
[編集] 少女時代
アイダホ州サンドポイントで小学校の理科の教師でアウトドアやサバイバル術も教えていたチャールズ(チャック)と学校事務員のサラ・ヒースの長女として生まれた。妹にモリーがいる。乳児だった時に両親の都合でアラスカ州スギャクウェー市に移住した。父チャールズが、アラスカの小学校の教師として教えるためである。なおアウトドア愛好家でもあった父チャールズの影響で、彼女もアウトドア愛好家で、趣味は釣りと狩猟である。父は4人の子供を氷上キャンプに連れ出したりしていた。現在父はアラスカ州各地の学校で狩猟や釣り、雪崩などの際のサバイバル術やクマの撃退方法など、ボランティアで教えている。彼女をはじめとする子供達も父から釣りやムースやクマ狩りなど教えられていた。父から狩猟で、ライフル銃の扱い方も教わっていた影響で、全米ライフル協会の会員でもある。また家庭は熱心なクリスチャン・ホームで、4歳の時からペンテコステ派のアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教会に通い、12歳でワシラ近郊のリトルビーバー湖でバプテスマを受けた。少女時代も礼拝を守り、聖書勉強会に通っていた。
その後、ワシラ市に移住した。
1982年にワシラ中等学校を卒業。また82年5月に共和党に有権者登録している。1984年にワシラ市のミス・コンテストで優勝するが、ミス・アラスカでは2位に終わった。高校の時、アラスカ先住民エスキモーの血を引く現夫のトッド・ペイリンと知り合い、交際を始める(後に駆け落ちの末、1988年に結婚した)。
また同年に奨学金を得てアイダホ大学に進学、ジャーナリズムを専攻した。1987年に大学卒業後、アンカレッジのテレビ局のスポーツ・リポーターとして働くこととなる。その後、トッドと共に、漁師として漁業などに従事。1992年から1996年までワシラの学校でPTA活動を行う。
[編集] 政治家へ
1992年に28歳でワシラ市議会議員に選ばれ政治家になる。市議では2期務めた。
1996年に保守系団体の支援を受け、市長選挙で在職9年の相手を破り、32歳でワシラの市長に就任。2002年に州原油ガス管理委員会の委員長になり、また副知事に立候補するも落選した。しかし共和党ベテラン議員による汚職事件などで摘発されたり、知事や政治家への不満から、州共和党委員長を、倫理規定違反で告発するなどをし、ペイリンの期待が高まった。
2006年8月42歳で現職で元共和党員で無所属のフランク・マーカウスキーを破り、12月4日本選挙で民主党の元知事トニー・ノウルズを破り、初当選をし、州知事に当選する。当時アラスカ州史上最年少で初の女性知事となった。知事当選後は石油や天然ガス関連の業界や政治家や官僚との癒着や汚職や不正が絶えず、汚職などが充満していた同州を汚職や不正が無い様に変える為、政治倫理法の制定や利益誘導型支出の撲滅などの改革に取り組み、経済では支出削減や減税などにも取り組んだ。議員が計画した無駄な橋の建設など、連邦政府による公共事業を拒否し、石油や天然ガス関連の企業への税制を改めるなどして行った。
2005年にマーカウスキー前知事が公費で購入した豪華な自家用ジェット機は「汚職のシンボル」だとして、インターネット競売のイーベイに出品して、売り払おうとした事もあった。(格納庫に保管されたままで、金も掛かる為でもある。)しかし、出品したものの売却価格は210万ドル(マカウスキ前知事は270万ドルでジェット機を購入した)にとどまった為、最終的に出品を取り止め、通常の方法で売却した。
2006年に初めてパスポートを収得。2007年、クウェートに駐留しているアラスカ州兵を訪問した。従って国外に出た事がカナダ以外に無かった(出生証明書の携帯により隣接国への旅行は可能)。
[編集] 副大統領候補として
2008年8月29日、2008年アメリカ合衆国大統領選挙の共和党候補であるジョン・マケインに副大統領候補の指名を受ける。女性の副大統領候補は1984年のジェラルディン・フェラーロ(民主党)以来、2人目。マケインが当選した場合アメリカ合衆国初の女性副大統領が誕生する可能性があった。
総じて保守的なペイリンの言動は、中道寄りなマケインに満足できない保守層の支持を呼び戻し、また中央政界とほぼ無縁であった清新性や、「ホッケー・ママ」と自称するキャラクターなどから、ペイリンの指名直後からしばらくの間、マケインの支持率が浮上しオバマを逆転した。一方で経験不足に対する懸念が当初より指摘される。
10月2日の副大統領候補討論会直後の世論調査では、討論自体は民主党ジョセフ・バイデン候補の勝ちとする回答者が上回る一方、好感度についてはペイリンに軍配が上がった[1]。
風貌が米国の人気女優で脚本家でもあるティナ・フェイに似ていることから、ティナ・フェイが以前レギュラー出演していた米国三大ネットワークの一つであるNBCの長寿人気番組「サタデー・ナイト・ライブ」に急遽復帰して、ペイリンに扮してペイリンを風刺したコントを行ったところ、そのそっくりぶりとペイリンの副大統領としての資質の風刺が好評を呼び、同番組の視聴率が前年同期比で50%増となる効果をもたらした。10月18日の放映にはペイリン本人も出演して共演を果たした。但し、同番組ではペイリンの副大統領としての資質を風刺した内容であったが、懐の広さを示す意味ではペイリンの同番組出演は米国人のユーモアセンスを刺激し、ペイリンの個人的人気を高めた効果はあったようで、番組出演後、各マスコミにこの出演が大々的に報道された。2012年の大統領選挙で共和党の候補の一人と目されるようにもなり、選挙結果が判明した後の翌日のTVインタビューでも、本人は出馬に関して肯定も否定もしていない。
大統領選挙の直前には、サルコジ大統領になり済ました、カナダのコメディアンと「会談」した[2][3]。
[編集] 大統領選とその後
2008年11月4日に行われた2008年アメリカ合衆国大統領選挙では、民主党のバラク・オバマ大統領候補とバイデン副大統領候補の前に敗北。「選挙戦敗退の戦犯」と批判する声も沸きあがったが、12月1日には勝敗が確定していなかったジョージア州上院選の応援に駆けつけ、サックスビー・シャンブリス上院議員を再選へと導いた。2009年7月3日ペイリンはアラスカ州知事の辞任を表明した。2012年の大統領選に出馬するため、政治活動を展開しながら大統領選に向けての準備のため、辞任表明をしたと思われる。
[編集] 政治的スタンス
[編集] 内政
キリスト教福音派に属するエヴァンジェリカル派の熱心な信者であり、人工妊娠中絶、同性婚などに反対しているが、禁固刑に処せられるほどの罪とは思わないとしている。だが、同性愛に関する書籍を図書館から排除したりする行為から同性愛者への偏見や差別意識を強く持っている。9月30日にCBSニュース番組で同性愛について、「アメリカ国民をセクシュアリティで判断したりしない」と見解している。しかし10月20日に同性婚を禁止するための合衆国憲法改正案への支持を表明しており、「結婚認定は州の管轄事項」として改憲に反対するマケインと見解を異にする[4]。また、進化論教育問題について「(創造論と進化論を)両方教えればよい。情報を恐れる必要は無い。健全な議論が重要であり、それは学校において大事なことだ」[5]と述べる。
全米ライフル協会終身会員であり「銃を持つ権利」を主張、銃規制に強く反対している。
地球温暖化問題については「地理的条件により、環境変動の影響は他の州よりもアラスカにおいて大きくなるだろう。しかし私はそれが人間活動によって引き起こされたとみなすものではない[6]」と述べている。
州知事として、アラスカの自然保護区域における油田開発の解禁を求め、それを支持しないマケイン候補を当時批判している[7]。しかし、2008年現在、アラスカ油田開発において、全面的にサポートしている。
[編集] 外交
グルジアとウクライナのNATO加盟を支持し、NATO加盟後のグルジアをロシアが攻撃した際にはNATOとして反撃すべきであると述べる[8]。
[編集] 家族構成
24歳だった1988年8月29日に高校時代から付き合っていたトッド・ペイリンと駆け落ち婚している。トッドは先住民エスキモー(ユピク族)の血を引き(祖母がユピク族だった)、BP社のアラスカ油田で働く技師であり、漁業の自営業者でもある。また、数々のスノーモービルの大会で優勝している。ペイリンはこの夫との間に5人の子をもつ。長男トラック(Track、1989年)、長女ブリストル(Bristol、1990年)、次女ウィロー(Willow、1995年)、三女パイパー(Piper、2001年)、次男トリグ(Trig、正式な名前はトリグ・ペクソン・ヴァン・ペイリン、Trig Paxson Van Palin、2008年4月18日)である。
長男のトラックは2007年9月11日にアメリカ陸軍に志願入隊した。2008年9月11日からイラクに派遣される予定。次男トリグがダウン症児であることを公表しているが、次男については、実は長女ブリストルの子ではないかという憶測が民主党支持者によりなされている。しかしジョン・マケイン候補の選挙対策チームは2008年9月1日、ブリストルが妊娠5ヶ月であり、ブリストルはその子を産むつもりであり、なおかつ、その子の父親と結婚する予定であると発表した。父親となる予定の相手は地元ワシラ市でホッケー選手をやっていた18歳のリーバイ・ジョンストンである事が判明した。ジョンストンとは1年以上交際していた。大統領選挙後の2008年12月27日に男児を出産したが、2009年3月11日に婚約を破棄していたことが明らかとなった。
2008年12月18日、ブリストルの婚約者の母親であるシェリー・ジョンストンが麻薬の不法所持によりアラスカ州警察に逮捕されたが、保釈金5000ドル(約45万円)を支払い釈放された。
[編集] 疑惑・批判
[編集] アラスカ独立党所属疑惑
1982年に共和党に登録しているが、アラスカの米国からの分離独立を求める「アラスカ独立党」に2年間所属していたとメディアが報道した。夫のトッドがアラスカ独立党のパーティーに1995年と2000年の2回参加した事と、トッド本人はアラスカ独立党の登録を申告していないにも関わらず登録された事と、2008年初めに彼女は、ビデオで通して、アラスカ独立党の議会のフェアバンクスでのパーティーを歓迎したとされる。そのビデオが党のウェブ・サイドに掲載された事などから、アラスカ独立党に所属していたのではないか?と噂が囁かれた。
[編集] 知事時代の職権濫用疑惑
ペイリン知事により解任されたウォルト・モネガン州公安委員長が、解任の原因は州警察官であるペイリンの元義弟マイク・ウットンを解雇することを拒んだためだったと述べたため、民主党のホリス・フレンチ議員中心の、州議会は、ペイリン知事の職権濫用疑惑に関する調査が行われた。
ペイリンの妹モリーは、元義弟ウットンの家庭内暴力により元義弟と離婚しており、さらに子供の親権争いが続いている。この身内に絡んで、ウットンが家庭内暴力や子供の虐待、ヘラジカの密猟、飲酒運転などの数々の疑惑に、ペイリンは州警察にウットンの疑惑の調査を依頼していた。一部を除いて州警察はウットンの容疑を棄却(一部の容疑を認めたウットンは5日間の無給停職処分となっている)したため、この調査報告に納得が出来なかった。
ペイリンは州知事当選時に、夫のトッドらと共に、モネガン州公安委員長に再調査を求めた。しかし、モネガン州公安委員長がその事に関しては「解決済み」とし、再調査を断った。ペイリンはモネガン州公安委員長を解任するが、その事が原因とされている。この事に関して、ペイリンの側近の1人が州警察の上級当局に電話をし、元義弟ウットンの数々の疑惑の件で再調査を求めていた。ペイリンは側近への指示を否定したが、州議会側は職権乱用の疑いがあるとして調査に乗り出した。調査を行った州人事委員会は報告書で「ペイリン知事を始め他の州当局者がアラスカ州行政倫理法に違反したと信じるに足る理由は無い」と結論付け疑いを晴らした。
[編集] 資質への疑問
国際事情に疎いとされ、「アフリカを大陸ではなく国名だと思っていた」と発言したと報道されているほか、大統領戦で争点にもなった北米自由貿易協定(NAFTA)の加盟3ヶ国(アメリカ、カナダ、メキシコ)も知らなかったことが共和党の大統領選スタッフによって選挙後に暴露された。また、「アラスカからロシアが見える」「副大統領が上院の一員」など知識不足による失言も槍玉に挙げられた。ニューズウィーク誌の編集長ファリード・ザカリアは同誌の記事の中でこれらの不適切な言動を取り上げ「ペイリンは副大統領としての準備がまったくできていない」と辛辣にこき下ろした。ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズやロサンゼルス・タイムズ等の各紙が社説でオバマ支持を表明した際も、マケイン不支持の大きな理由としてペイリンの資質を挙げ、「記憶にある主要政党の正式候補のなかで、最も不適切で無責任な人選」(ロサンゼルス・タイムズ)と酷評した。
「庶民派」を標榜しているが副大統領指名後、イメージアップのための服装・ヘアスタイル等のコーディネート費用として1,500万円を共和党名義で拠出させたことが報道されている。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ "Debate poll says Biden won, Palin beat expectations", CNN, October 3, 2008.
- ^ "Sarah Palin duped by prank call", BBC, November 2, 2008.
- ^ "Palin Prank Call: Canadian Comedy Duo Convinces Palin She's Talking To Sarkozy (AUDIO)", The Huffington Post, November 1, 2008.
- ^ "Palin Breaks With McCain On Gay Marriage Ban", CBS News, October 20, 2008.
- ^ "'Creation science' enters the race", Anchorage Daily News, October 27, 2006.
- ^ "Palin Speaks to Newsmax About McCain, Abortion", Newsmax.com, August 29, 2008.
- ^ "Drill, Drill, Drill: My Interview with Alaska Governor Sarah Palin", CNBC, June 26, 2008.
- ^ "Palin Takes Hard Line on National Security, Softens Stance on Global Warming", ABC News, September 11, 2008.
[編集] 外部リンク
- Alaska Governor Sarah Palin (英語)
- Draft Sarah Palin For Vice President (英語)
- McCain-Palin 2008 @ JohnMcCain.com (英語)
- Gov. Sarah Palin Biography Video - YouTube (posted by gopconvention2008, 04:05)
- Remarks by Sarah Palin - YouTube (posted by gopconvention2008, 44:40)

