新保守主義
| シリーズからの派生 |
| 保守主義 (コンサバティズム) |
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人物
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組織
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新保守主義(しんほしゅしゅぎ、英: Neoconservatism)は、政治的立場の一種。日本語においては1980年代以降のレーガン、サッチャー、中曽根の時代を基礎にする保守主義を指し、それ以前の産業保護、伝統主義を重視する旧来型の保守主義と区別するために使われる。
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意味[編集]
英語においてはすでにレーガン・サッチャー時代の保守主義が主流になっているため、日本語における新保守主義(NeoConservatism)が保守主義、日本語における旧保守主義(PaleoConservatism)が伝統主義となる。西欧におけるNeoCon(新保守主義)とは外交において自由主義覇権論をとなえ独裁政権の直接の武力介入による転覆などを擁護する急進的な集団をさす。ただし英米の保守主義は経済政策面では日本以上に放任主義を標榜する一方で不倫、同性愛、中絶や宗教(キリスト教)などの道徳観では非常な伝統主義でありこの面では日本の保守主義よりもさらに伝統主義である。
特徴[編集]
1980年代からアメリカやイギリスなどで、1970年代の社会民主主義や自由主義に代わり誕生した。アメリカのレーガン、イギリスのサッチャー、日本の中曽根康弘が新保守主義の代表的政権の例として言及される。このレーガンやサッチャーの路線の先駆者となった者が、1973年にチリ・クーデターを起こしたアウグスト・ピノチェトであり、強硬なマネタリズム政策を基調とした。ただしサッチャーは中途からリフレーションを、ピノチェトも政権末期にはケインズ政策を取り入れた。
国内的には公共事業や社会保障を民間に開放しできるだけ歳出削減する「小さな政府」の立場を取る政策論を指し、対外的には主権侵害に対しては武力衝突も辞さないとする姿勢を取る。
国家による福祉・公共サービスなどの縮小(小さな政府、民営化)と、大幅な規制緩和、市場原理主義の重視を特徴とする経済思想はネオリベラリズム(新自由主義)と呼ばれる。地方を基盤とし安定的な経済を与える従来の「大きな政府」とは異なり、大都市の市民を基盤にして台頭した。
経済的には政府による介入を極力排除し、市場や企業の活動への規制を撤廃する傾向が強い。大企業や富裕層への減税により市場に資金を回し、民営化や規制緩和により、従来政府が担っていた機能を市場に任せることを目指す。供給サイドの強化を重視し、福祉や公共事業による有効需要の創出(総需要管理)を否定するサプライサイド経済学との親和性が高い。イギリスではサッチャー政権が地方議会を廃止していった例のように、中央集権的な傾向を持つとされる。また、アメリカでは家族・性道徳などを強調する保守的な価値観・倫理観を持ち、妊娠中絶、麻薬問題、同性愛者の権利問題などをめぐる政策に反映される場合がある。
日本[編集]
日本では、大都市(特に首都圏)の富裕・中流階層を支持者としており、親米保守派の主流となりつつある。
外交的には、復古的改憲論、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(日米同盟)の強化、中華民国(台湾)・インド・東南アジア諸国との協調姿勢を重視し、中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国、ロシア連邦の脅威論を唱え強硬姿勢を取る。国の領土や主権が侵された場合は武力の行使も辞さずという姿勢である。なお、新保守主義的とも評された小泉政権は自衛隊正面装備を削減する一方、日米同盟の強化による安全保障を中心に据えていた[1][2]。
内政的には規制緩和、民営化と自由貿易・自由経済の推進、福祉政策・社会保障の削減・縮小、解雇規制の労働法制緩和など供給サイド重視の政策を主張するが、金融行政については金融庁の監督厳格化・公的資金受け入れの強制など、各論では必ずしも一貫しない。市町村合併の推進や道州制による地方交付税交付金の削減、三位一体の改革の推進などをしばしば主張し、旧来保守派や左派から「地方・弱者切り捨てだ」と批判されることがある。
亀井静香は、「日本国民が規制緩和で中国大衆と同じものを食べ、同じ生活水準で我慢するようになれば、中国と同程度の好景気となるだろうが、それじゃいかん。弱者切捨ての馬鹿げた国際競争を止めさせる必要がある」[3]として日本の新保守主義者を批判している。
家族政策については、家庭教育の意義を強調し、選択的夫婦別姓法案導入や学校で行われる性教育を日本の伝統に反すると否定することが多い。米国で見られるようなキリスト教の教義への解釈から立ち上がってくる同性愛や人工妊娠中絶、進化論論争などの問題の対立は表面的には争点にはなっていない。なお、夫婦同氏の原則が定められたのは、明治民法が定められた明治31年以後であり、これが日本の伝統であるかについては、さまざまな意見がある。
アメリカ新保守主義[編集]
詳細は「新保守主義 (アメリカ合衆国)」を参照
現在の米国でネオコンと呼ばれる勢力は、中曽根康弘やマーガレット・サッチャーの新保守主義とは日本語においては同じ言葉でも英語においては意味が違う。これは英語においては中曽根、サッチャー、ロナルド・レーガンの政策は単に保守主義と呼ばれ、日本で認識される、社会・経済両面での保守主義(宗教重視の伝統主義、産業保護政策など)はPaleoConservatism(旧保守主義、ペイリオコンサヴァティズム、ペイリオコン)と呼ばれていることによる。ユダヤ系やカソリック信者が多いのも特徴であるが、すべてがユダヤ系というわけでもない。
現在の米国におけるネオコンと言われる勢力は、1930年代に反スターリン主義左翼として活動した後に「ニューヨーク知識人」と呼ばれるグループである。ニューヨーク知識人の多くは、アメリカの公立大学の中で最も歴史のある大学の1つであるニューヨーク市立大学シティカレッジ (CCNY) を根拠地として活躍していたが、アメリカの消極的な対外政策に失望した集団である。アメリカの伝統的な保守主義は対外政策はモンロー主義に則った孤立外交を重視し、他国の人権問題には関心を示さない、あるいは自国の利益のためには(中国などの)独裁国家とも同盟を結ぶとの姿勢であったが、ネオコンの場合は民主主義、ひいては自由主義の覇権を唱え、独裁国家の陥落を外交政策の目的に置くという極めて革新的な思想および外交政策を標榜する。中東においては、唯一の近代民主国家であるイスラエルを基盤に周辺の独裁国家を滅ぼすことが中東問題の解決策であると主張する。
彼らは1970年代に相次いで民主党を離れて共和党へ向かい、第1期レーガン政権で台頭し、主に外交や軍事の分野で強い影響力を持った。レーガン大統領はネオコンのジーン・カークパトリックを外交顧問に指名し、ソ連を「悪の帝国」と呼び、ネオコンの師であるアルバート・ウォルステッターの限定核戦争を採用し、スターウォーズ計画など軍備増強を推し進めた。しかし、2期目に入ってからレーガン政権は柔軟姿勢に転換し、カークパトリックらネオコンは事実上追放された。
脚注[編集]
- ^ 8年度大綱最下部参照。戦車900・砲900・戦闘機300
- ^ 17年大綱最下部参照。戦車600・砲600・戦闘機260
- ^ (国民新党亀井静香代表 平成23年4月27日発言)