ジーン・カークパトリック

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

ジーン・ジョーダン・カークパトリックJeane Jordan Kirkpatrick1926年11月19日2006年12月7日)は、アメリカ政治学者外交官、反共産主義者。ジョージタウン大学教授(1967年 - 1980年)。

[編集] 生涯

オクラホマ州ダンカン生まれ。12歳のときにイリノイ州へ引越し、1948年バーナード・カレッジを卒業。その後コロンビア大学政治学博士号を取得した。

当初は民主党右派であったが、ジミー・カーター政権の人権外交に反発し、共和党へ支持政党を転向した新保守主義者(ネオコン)の典型と言える。1980年ロナルド・レーガンの選対で外交政策顧問を務めた。その後、レーガン政権時代にアメリカ初の女性国連大使に就任、1983年に発生した大韓航空機撃墜事件では、当事国のソ連(当時)を徹底的に追及した。

2006年、メリーランド州ベセスダの自宅で、心不全により死去した。80歳。

[編集] 外部リンク


先代:
ドナルド・マクヘンリー
アメリカ合衆国国連大使
1981 - 1985
次代:
ヴァーノン・A・ウォルターズ