ジョン・ボルトン
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ジョン・ボルトン
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第25代 アメリカ合衆国国連大使
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| 任期 2005年8月1日 – 2006年12月9日 |
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| 大統領 | ジョージ・W・ブッシュ |
| 前任者 | ジョン・ダンフォース
アン・パターソン (代行) |
| 後任者 | アレジャンドロ・ダニエル・ウルフ(代理大使, 2006年12月 - 2007年4月)
ザルメイ・ハリルザド(2007年5月 - 2009年1月) |
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| 出生 | 1948年11月20日(64歳) メリーランド州ボルチモア |
| 政党 | 共和党 |
| 配偶者 | グレチェン・ボルトン |
| 子女 | ジェニファー・サラ・ボルトン |
| 専業 | 法律家, 外交官 |
| 信仰 | ルーテル教会 |
| 兵役経験 | |
| 部門 | 陸軍州兵 |
| 部隊 | メリーランド州兵 |
ジョン・ロバート・ボルトン(John Robert Bolton、1948年11月20日 - )は、アメリカ合衆国の政治家・外交官。前米国国連大使。
メリーランド州ボルチモア生まれ。1970年にイェール大学を卒業、1974年同大学ロー・スクール修了(法務博士 J.D.)。ネオコンの代表的な人物で、国務省きっての右派、タカ派にして対外介入主義者。「親イスラエル」・親台派でもある。
目次 |
政策・人物像[編集]
法律事務所勤務、保守派の大御所的存在ジェシー・ヘルムズ上院議員の補佐官を経て、1981年のレーガン政権の8年間、国際開発庁および司法省に勤務し、1989年から1993年まで、ジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ政権で国務次官補を務める。担当は対国際連合。クリントン政権期は保守系シンクタンクのアメリカン・エンタープライズ公共政策研究所副所長に就任し、クリントン政権の外交政策に対して一貫して批判を続け、アメリカ新世紀プロジェクト(PNAC)にも関与した。
2001年、ジョージ・ウォーカー・ブッシュ政権によって国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)に任命され、北朝鮮との六者会合やイランの核開発問題などを担当する。ボルトンが金正日体制を激しく批判していることから、北朝鮮はボルトンを「人間のクズ」と激しく批判した。北を巡っては同じように金正日体制を激しく糾弾してきた安倍晋三と官房副長官時代に関係を深めた。また、開戦への慎重論が少なくなかった国務省内の対イラク開戦推進派としてイラク戦争への流れをつくる。
2005年、国際連合大使に推され、ブッシュ政権は民主党や共和党穏健派の異議を押し切って8月に任命を強行(連邦議会閉会中任命の為未承認)。上院が承認しなかった為、2006年12月4日に辞任を表明し年内に任期満了で退任した。在任中は北朝鮮とイランの圧政を国務次官時代と同様一貫して激しく批判しており、両国に対する強硬路線を主導した。
2006年7月5日に北朝鮮が行ったテポドン2号発射及び、同年10月9日に強行された核実験の後は安倍(当時官房長官)・麻生太郎外相(当時)と共に北朝鮮への制裁路線を推進。10月15日には対北制裁決議の採択を実現する。バンコ・デルタ・アジアの北の不正資金凍結も断行した。
国連を軽視する発言等で何かと物議をかもしているが、それが後に失脚する一因となっている。共和党及びキリスト教右派からのみ評価されている。また、日本の国連常任理事国入りと台湾の国連加盟を支持している。
国連大使退任後はブッシュ政権の対北融和路線を激しく批判。拉致被害者家族からの信頼も厚く、2007年11月に北朝鮮による拉致被害者家族連絡会・北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会が訪米した際、最初に面会した要人である。
セルビアからのコソボ独立についてボルトンは、「コソボがイスラーム過激派の温床になるかもしれない」と懸念を表明、安易に独立を認めたブッシュ政権の政策を批判する論文をローレンス・イーグルバーガー元国務長官と共に世界基督教統一神霊協会系のワシントン・タイムズに寄稿した。
またウゴ・チャベス大統領のアメリカ批判に対しては、「チャベスこそ言論の自由を自国民に与えていない」と返答した。
語録[編集]
- 「国連などというものはない。あるのは国際社会だけで、それは唯一のスーパーパワーたるアメリカ合衆国によって率いられる」
- 「国連本部ビルの最上層10階分(事務総長執務室など幹部の部屋がある)がなくなったとしても何ら困る事はない」
- 「アメリカ政府はアメリカ合衆国憲法修正第2条(市民の武装権)に反するあらゆる提案を拒否する」
- 「北朝鮮は採択後45分以内に決議を拒否するという世界記録を樹立した」
- 「深く考慮した結果、私はあなたの政権下での米国連大使としての役職を、現在の任期が終了次第辞任するべきだという結論に達した」(ジョージ・W・ブッシュに対して)
- 「関係正常化は北朝鮮の利益になるだけだ。米国はそんな事には関心はないとはっきり言うべき。北朝鮮がまともな国になるまで関係を持つべきではない」
- 「金正日は少々のダイエットをすることになるだろう」(経済制裁決議案採択後)
- 「拉致問題が解決するまでは、米政府による北朝鮮のテロ支援国指定解除は交渉すらすべきでない」
- 「6か国協議における合意は完全な失敗であり、最悪の取引だ。金正日が核を放棄することはあり得ない。大統領が目を覚ましてくれることを期待する。こんな合意はならず者政権の指導者たちに米国の交渉担当者を疲れさせることが出来たら、褒賞がもらえることを教えるようなものだ、大統領の今までの方針は正しい。半年の間にブッシュ大統領はこの合意を反故にするかの局面に立たされる。北朝鮮は約束を守らないだろう。彼らはあらゆる口実を用いて交渉を引き延ばし、更なる代償を求めてくる」
- 「アメリカがだまされたと証明されるのは時間の問題だ」
- 「金正日は吸血動物であり、恥知らずな独裁者だ。国民を飢餓に晒し、強制収容所や監獄に押し込んでいるような暴虐な独裁者だ。北朝鮮の生活は地獄のような悪夢にある。金正日はインターネットで世界を楽しむが、国民には外の世界は知らせない。国民に知られるのがそんなに怖いのだろうか?」
- 「国際社会に入りたければ、金正日が自ら決断すべきだ。韓国や日本の拉致被害者を祖国に帰し、事件の全容を明らかにすべきだ」
- 「言論の自由を行使するなら、(ニューヨークの)セントラル・パークに歩いて行って、好きなだけ話せばいい」(チャベスのアメリカ批判にて)
著書[編集]
- Surrender Is Not an Option: Defending America at the United Nations (Threshold Editions, 2007)
外部リンク[編集]
- Profile: John R. Bolton, RightWeb
- John R. Bolton, Notable Names Database
- The Creation, Fall, Rise, and Fall of the United Nations John Bolton's chapter from the Cato Institute book, Delusions of Grandeur: The United Nations and Global Intervention
- John Bolton interviewed by Jon Stewart on "The Daily Show" from March 20, 2007
- John Bolton interview by Neal Conan on Talk of the Nation, May 1, 2007
- Audio interview with National Review Online
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: ジョン・デイヴィッド・ホルム |
アメリカ合衆国国務次官(軍備管理・国際安全保障担当) 2001年5月11日 - 2005年7月31日 |
次代: ロバート・ジョセフ |
| 先代: リチャード・ソールズベリー・ウィリアムソン |
アメリカ合衆国国務次官補(国際機関担当) 1989年5月5日 - 1993年1月19日 |
次代: ダグラス・ジョセフ・ベネット |
| 外交職 | ||
| 先代: アン・パターソン (代行) |
アメリカ合衆国国連大使 2005年8月1日 - 2006年12月9日 |
次代: アレジャンドロ・ダニエル・ウルフ (代理大使) |
