思いやり予算

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思いやり予算(おもいやりよさん)とは、防衛省予算に計上されている在日米軍駐留経費負担の通称である。在日米軍の駐留経費における日本側の負担のうち、日米地位協定及び、在日米軍駐留経費負担特別協定[1]を根拠に支出されている。

目次

[編集] 概要

1978年6月、金丸信防衛庁長官が、在日米軍基地で働く日本人従業員の給与の一部(62億円)を日本側が負担すると決めたことから始まる。日米地位協定の枠を超える法的根拠のない負担に対して、円高ドル安などによってアメリカの負担増を考慮した金丸が、「思いやりの立場で対処すべき」などと答弁したことから、思いやり予算と呼ばれるようになった。

英語表記でも「Omoiyari yosan」で通用するが、公式表記には「Host Nation Support」(駐留国受け入れ支援)が当てられている。

思いやり予算の内訳は在日米軍基地職員の労務費、基地内の光熱費・水道費、訓練移転費、施設建設費などである。 思いやり予算の開始当初から2006年までに日本が負担した駐留経費の総額は3兆円に及び、その額の多さから、日本は「世界一気前のいい同盟国」と揶揄される一方で、「重要な戦略的貢献となっている」とアメリカ政府に評価されている。

ベトナム戦争後のアメリカ経済と財政が不振だった時代に創設された制度にも拘わらず、アメリカで「インフレ無き高度成長を成し遂げた、戦後最大最長の好景気の時代」といわれた1992~2000年のクリントン時代も増額され続けてきた。

1990年代にから娯楽・保養施設、果ては日本人従業員に貸与される制服や備品(つまり兵器・将兵への給料・装備品といった物以外全て。施設内ハコモノなど)までも思いやり予算で処理されている事が指摘され、近年にはさらなる「不適切な支出」が明らかとなり、見直すべきとの声が多く上がっている[2]

[編集] 歴史

  • 1978年 - 在日米軍基地日本人労働者の福利厚生費の一部を負担開始。
  • 1979年 - 同労働者の給与の一部を負担開始。提供施設の整備が始まる。
  • 1987年 - 在日米軍駐留経費負担特別協定を締結。在日米軍基地日本人労働者の手当の負担開始。
  • 1991年 - 在日米軍基地日本人労働者の基本給の負担開始。(上限人数制限有)在日米軍施設の光熱費の負担開始。
  • 1996年 - 在日米軍訓練移転費用の負担開始。
  • 2001年 - 日本側が基本給を負担する在日米軍基地日本人労働者の上限人数を引き下げで合意。
  • 2006年 - 期間を2年間に短縮した在日米軍駐留経費負担特別協定の新協定(以下「新特別協定」)を締結[3]
  • 2008年 - 「新特別協定」の3年間延長案、いわゆる「ねじれ国会」のため、参議院外交防衛委員会で、初めて否決。

[編集] 負担額の推移

(数値は防衛省公式サイトより)

合計金額
1978年 62億円
1979年 280億円
1980年 374億円
1985年 807億円
1990年 1680億円
1995年 2714億円
2000年 2567億円
2001年 2573億円
2002年 2500億円
2003年 2460億円
2004年 2441億円
2005年 2378億円
2006年 2326億円
2007年 2173億円
2008年(予算) 2083億円

[編集] その他

  • 1932年締結の日満議定書に思いやり予算と似た趣旨の項目がある。
  • 日本と同じく敗戦国の旧西ドイツ東ドイツにおいても在独米軍、在独ソ連軍に対する「思いやり予算」が存在していた。

[編集] 脚注

  1. ^ 正式名称は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定第二十四条についての新たな特別の措置に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」
  2. ^ 思いやり予算 バーテンダー・宴会マネジャー給与… 不適切な支出「続々」
  3. ^ 在日米軍駐留経費負担特別協定の署名について - 外務省プレスリリース

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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