李 先念(り せんねん、リー・シエンニエン、1909年6月23日 - 1992年6月21日)は中華人民共和国の政治家。中国共産党の八大元老の一人で、第3代中華人民共和国主席。国家主席退任後は、中国人民政治協商会議全国委員会(全国政治協商会議)主席の座にあった。
経歴 [編集]
1927年に中国共産党に入党し、長征には紅軍の士官として参加し、労農紅軍第四方面軍で徐向前総指揮官の下、政治委員を務めるなどした。
1949年に中華人民共和国が成立してからは、湖北省党委員会書記・人民政府主席、武漢市党委書記・市長、国務院副総理、財政部部長などを歴任し、1956年の8全大会で中国共産党中央政治局委員に選出された。文化大革命では批判を受け北京郊外に下放された時期もあったが、中央復帰後は周恩来首相の下で経済政策を補佐し、後の市場経済化の先鞭をつける。
1977年から1982年まで中国共産党中央委員会副主席。国家主席制の復活(1982年)に伴い、1983年には国家主席に就任。1987年まで中国共産党中央政治局常務委員の職にあった。
常務委員引退後は全国政治協商会議主席のポストを確保。保守派の長老として影響力を保持し、陳雲と共に経済特区には生涯足を踏み入れなかった。
人民解放軍空軍政治委員の劉亜洲中将は、彼の娘婿とされる。