目黒蒲田電鉄新奥沢線

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目黒蒲田電鉄新奥沢線
路線総延長 1.44 km
電圧 600V (直流)
STR
目黒蒲田電鉄池上線
eBHF
0.0 雪ヶ谷駅 (初代)
BHF
雪ヶ谷駅(2代目)
xABZlf
exBHF
0.9 諏訪分駅
STRlg exSTR
←目黒蒲田電鉄:目蒲線
BHF exSTR
奥沢駅
STR exKBHFe
1.44 新奥沢駅

新奥沢線(しんおくさわせん)は、かつて雪ヶ谷駅(現・雪が谷大塚駅)から新奥沢駅までを結んでいた、池上電気鉄道→目黒蒲田電鉄(後の東京急行電鉄)が運営していた鉄道路線

目次

[編集] 路線データ

  • 路線距離:雪ヶ谷 - 新奥沢間1.44km
  • 駅数:3
  • 電化区間:全線(直流600V)
  • 複線区間:なし(全線単線)

[編集] 運行概要

1933年10月1日当時

  • 列車運行間隔:午前4時50分から翌日午前0時50分まで、8分ないし16分間隔
  • 全線所要時間:3分
  • 全線運賃:5銭

車両は主に、4号電車と呼ばれる集電装置にポールとパンタグラフの両方を兼ね備えていた車両を使用していた。

[編集] 概要

現在の東急池上線に当たる路線を運営していた池上電気鉄道が、既存路線だけでは将来の発展が見込めないとして、中央本線国分寺駅方面への延伸を画策、1928年に暫定的なものとして、雪ヶ谷駅(後の雪が谷大塚駅)より新奥沢駅に至る1.4kmの区間を開業させたものである。路線は雪ヶ谷駅を出てまもなく北西へ90度カーブし、後は直線的に進むものであって、直線部分は現在の環八通りに平行に調布高等女学校(現在の田園調布学園)のすぐ裏を走っていた。

その暫定開業的性格から乗客数はもともと少なく、調布高等女学校の女生徒の利用が主であった。終点の新奥沢駅は諏訪分(現・東玉川)地内で奥沢地域に隣接してあり、駅名は「奥沢」を望んだが、目黒蒲田電鉄(後の東急目蒲線→現在の東急目黒線東急多摩川線を運営)に奥沢駅が既に存在したことからこの名前となった。   しかし延伸計画の方は、五島慶太率いる目黒蒲田電鉄が大岡山駅 - 二子玉川駅間新線計画(後の東急大井町線)や田園調布開発計画に際し用地を確保していたこと、それに目黒蒲田電鉄そのものが池上電気鉄道の競合路線であり、五島がその事業拡大政策を妨害する指針を取っていたこともあり、頓挫する。池上電気鉄道そのものも、後に目黒蒲田電鉄に統合された。

五島が池上電気鉄道を買収してまもなく、同社では新奥沢線の廃止申請を出す。池上電気鉄道が目黒蒲田電鉄に統合された後も、暫定的に新奥沢線の運行は続けられたが、1935年に廃線となった。

[編集] 沿革

  • 1928年昭和3年)10月6日 雪ヶ谷 - 新奥沢間開業
  • 1933年(昭和8年)7月10日 池上電気鉄道、目黒蒲田電鉄傘下となる
  • 1933年(昭和8年)11月18日 廃止申請
  • 1934年(昭和9年)10月1日 池上電気鉄道、目黒蒲田電鉄に統合される
  • 1935年(昭和10年)11月1日 雪ヶ谷 - 新奥沢間廃止

[編集] 駅一覧

[編集] 接続路線

[編集] 路線跡

  • 新奥沢駅跡には現在、駅があったことを示す石碑が残されている。

[編集] 外部リンク