東急7700系電車
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| 東急7700系電車 | |
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7901F(2006年10月28日、雪が谷大塚~御嶽山間にて撮影) |
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| 編成 | 3(過去6→4)両編成 |
| 起動加速度 | 3.0km/h/s |
| 営業最高速度 | 池上線85km/h 多摩川線80km/h |
| 設計最高速度 | 120km/h |
| 減速度 | 3.5km/h/s(常用最大) 4.5km/h/s(非常) |
| 編成定員 | 3両編成:381(座席148)人 |
| 車両定員 | 先頭車124人(座席48人) 中間車133人(座席56人) 中間車車椅子スペース設置車134人(座席52人) |
| 全長 | 18,000mm |
| 全幅 | 2,800mm |
| 全高 | 3,880(パンタグラフ含まず)mm |
| 編成重量 | 98.4t ただし7915Fは99.2t |
| 車両重量 | 30.8~34.2t ただし7915Fは30.4~35.0t |
| 軌間 | 1,067mm |
| 電気方式 | 直流1,500V (架空電車線方式) |
| 主電動機 | かご形三相誘導電動機 170kW |
| 歯車比 | 6.07 |
| 駆動装置 | 中空軸平行カルダン駆動方式 |
| 台車 | 軸バネ式空気バネ台車 TS-832形・TS-835形 |
| 制御装置 | GTO-VVVFインバータ制御 (7901F - 7914F) IGBT-VVVFインバータ制御 (7915F) |
| ブレーキ方式 | 回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキ |
| 保安装置 | 東急形ATS、TASC |
| 製造メーカー | 東急車輛製造 |
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東急7700系電車(とうきゅう7700けいでんしゃ)は、1987年(昭和62年)8月1日に営業運転を開始した東京急行電鉄の通勤形電車。1987年(昭和62年)から1991年(平成3年)にかけて7000系(初代)を改造した車両である。
本項では、東急から十和田観光電鉄(十鉄)に譲渡された車両についても解説する。
なお、本項では解説の便宜上大井町・五反田・目黒方先頭車の車両番号+F(Formation=編成の略)を編成名として記述(例:クハ7901以下4両編成=7901F、クハ7915以下3両編成=7915F)する。
目次 |
[編集] 概要
1962年に登場した7000系は、その後投入された7200系などの車両が1986年度末にほとんど冷房化される中、床下に冷房用の電源を設置するスペースがないことや、冷房装置搭載にともなう重量増に台車が対応できないことから冷房化が行われていなかった。また、製造より25年が経ち、電機品や内装の老朽化・陳腐化が進んでいた。
しかし、7000系の車体はステンレス製であるため腐食による「痩せ」がなく、溶接部分が新製時の状態を維持していれば強度が落ちていないことが予想される。そこで実際に荷重試験を実施したところ強度が低下していないことから、骨組みと外板を残してそれ以外の台車、電機品、および内装などを総取り替えし、その上で冷房装置を搭載する改造がなされることになった。これが7700系である。現在、その構体は40年ほど使用し続けられており、7915F以外は順調に経過している。
冷房装置は9000系と同一品だが、カバーのみ日比谷線の車両限界に対応するため両肩部を斜めに削った形状とされた。10,000kcal/hの分散形で、1両あたり屋根上に3基搭載されている。これらの重量を考慮して、車体の横骨や、屋根部分に梁が追加された。なお、7000系時代に設置されていた扇風機はまだ新しかったため、補助送風機として存置されている。
床下機器はほぼ全面的に交換され、モーター(主電動機)は定格出力60~70kWの複巻整流子電動機から170kWの三相交流かご形誘導電動機に、制御器は抵抗制御からGTOサイリスタ素子によるVVVFインバータ制御[1]にそれぞれ変更され、モーターの出力増強に伴い編成構成が全電動車から、MT比1:1(4両編成時)[2]となった。
ブレーキ方式は、当初7000系の回生ブレーキ併用電磁直通空気式(HSC-R)が引き継がれたが、当初より目蒲線に投入された7911F以降(→東急7700系電車#歴史)は電気指令式(HRA)に変更され、HSC式の編成も後に電気指令式とされた[3]。また、ブレーキや空気バネなどに圧縮空気を供給する空気圧縮機(CP)は、当初HB1500系とHS20系の2種類が併用されたが、後にすべてHS20系に統一された。
台車は老朽化が進んでおり、また、先述の通り冷房装置搭載による重量増、および主電動機の交換にも対応できなかったことから、バッド社のパイオニアIII型から、8000系のTS-807(動力台車)、およびTS-815(付随台車)台車と同系の、TS-832(動力台車)、TS-835(付随台車)に交換された。台枠構造の関係から、9000系で採用されたボルスタレス台車は採用されていない。
運転台では、操作系を主幹制御器とブレーキハンドルが独立のものから、ワンハンドル式へ変更され、コンソールも一新された。戸閉灯を大形化して電球からLEDに変更、ワイパーは空気式から電動式の大型のものに変更、雨樋の設置、警笛に電子ホーンの追加、側窓は上段下降・下段上昇式からバランサー付の上段下降・下段固定式に変更(1978年~1980年に車体更新が行われた車両を除く)などが行われ、窓枠部分は目立たなくなるなど、外観の印象も若干変わった。
内装では、座席配置は改造前と同様の全席ロングシートだが、座席表地の2色化と袖仕切りの新設が行われ、そのほか、化粧板と床材をすべて張り替え、室内灯の増設、非常通報装置を紐式から押しボタン式に変更されるなど、8500系後期車や9000系に準じたリニューアルが行われた。1992年から行なわれた東急8000系・8500系の更新では座席を短縮し、側出入口の両脇に立客用のスペースを設けたが、7700系では荷棚構造の関係によって行なわれていない。
本系列の改造工事は東急車輛製造へ甲種輸送しての施行または長津田車両工場内の東横車輛電設(現・東急テクノシステムにおいて実施された。
当初は7000系と同様に前面も無塗装だったが、同系列との識別を容易とするために、第1編成の営業運転開始後に赤帯が入れられた。その後、1988年春からステンレス車全系列に赤帯を入れることになり、7000系にも赤帯が入れられたが、本系列より太い帯として区別された。
[編集] 形式と編成
1編成4両を基本として以下のように改造された。
- クハ7900形
- デハ7800形
- デハ7100形偶数番号車から改造された電動車。モーターとパンタグラフや主制御器などの走行機器を搭載する。
- サハ7950形(現・廃形式)
- デハ7100形奇数番号車から改造された付随車。モーターは撤去され、CPを搭載していた。
- デハ7700形
- デハ7000形偶数番号車から改造された制御電動車。デハ7800形に運転台を取り付けた構造である。
最短でクハ7900形とデハ7700形の2両編成での運転が可能となっている。現在、譲渡車も含めてすべての編成で車両番号の下2桁が揃っている。
[編集] 歴史
本系列は目蒲線(当時)用として改造されたが、4両編成での使用予定に対して当時同線の駅ホームは3両分だったため、初期の改造車は暫定的に4両編成+2両編成の6両編成が組まれ、1987年8月1日から1988年(昭和63年)秋までの約1年間大井町線で使用された。このような編成は7910Fまでの10本(この時点では連結のため5本)が該当する。
1989年(平成元年)には目蒲線駅ホームの4両編成対応化工事が完了し、大井町線投入分は他系列に置き換えられる形で同線に転属した。順次2両編成に対しての中間車増結と7911F~7914Fの4本の増備が行われ、4両編成14本計56両の陣容となった。
1994年(平成6年)には、1998年(平成10年)3月からワンマン運転を実施される池上線用の7200系を置き換えのため、最終3本が中間付随車のサハ7950形を切り離した3両編成となって同線に転用されることとなった。当初は7913Fと7914Fの2本のみが転属し、7912Fは余剰となったサハ7950形を活用すべく電装が行われたデハ7815(←サハ7962)を組み込んだまま目蒲線に残留した。この時にデハ7815は他編成と同じ機器ではなく、東急初のIGBT-VVVFインバータ装置[4]とシングルアーム式パンタグラフを搭載[5]する実用試験車とされた。3編成とも翌1995年(平成7年)から運用開始し、同時に7913Fと7914Fから抜き取られたサハ7963・7964の改造も進められた。
1996年(平成8年)7月には、サハ7963・7964が先頭車改造と電装[6]を受け、クハ7915(←サハ7963)とデハ7715(←サハ7964)として出場した。[7]デハ7815はこの2両の中間に移され、3両編成となった7912Fとともに翌8月26日より池上線で営業運転を開始した。この時点で56両のまま4両編成11本・3両編成4本の陣容となった。
新たに改造された7915Fの構成は以下の通りである。
↑五反田
- クハ7915
- サハ7963から改造された制御車。CPを搭載する。
- デハ7815
- サハ7962から改造された電動車。CPやモーターとパンタグラフや主制御器などの走行機器を搭載する。
- デハ7715
- サハ7964から改造された制御電動車。CPは撤去され、モーターとパンタグラフや主制御器などの走行機器とSIVを搭載する。この車両のSIVは主制御器と一体である。
↓蒲田
この編成のパンタグラフ搭載位置は他編成が大井町・五反田・目黒側の車端であるのに対し、蒲田側の車端となっている。既存の冷房機器の間に割り込むように設置されているため、配管などの配置も異なっている。SIVは制御装置と一体型の140kVA出力を搭載。
2000年(平成12年)8月6日の目蒲線の東西分断に伴い、本系列の運行区間は南側の東急多摩川線内に縮小された。3本が余剰となり、残った編成もすべてサハ7950形が抜かれて3両に短縮された。余剰車は3本分の先頭車6両が2年間の留置の後に十和田観光電鉄に譲渡された以外すべて廃車・解体され、初の廃車が発生するとともにサハ7950形が形式消滅した。
2007年(平成19年)11月現在、東急では3両編成12本36両が雪が谷検車区に在籍する。全車がワンマン運転対応改造を受けており、池上線と東急多摩川線で両線用の1000系や7600系全編成と共通運用されている。なお、サハ7950形に搭載されていたCPはデハ7800形へ移設されている。
保安装置は東急形ATS装置とTASCを搭載する。なお、通常のブレーキは運転士のブレーキ操作が優先であり、定位置停止に対しブレーキの遅れや不足があった場合はTASCがブレーキを補足する。併せて設置した情報伝送装置は地上子の情報を検知してTASCに伝える機能があり、TASCはこの情報を元に停止位置、速度を検知してブレーキ補足操作を行う。なお、本系列は目黒線や田園都市線用のATC車上装置が搭載されていないため、車輪の転削や全般検査などで長津田検車区へ回送される際にはデヤ7200形とデヤ7290形の中間に挟まれて回送される。
[編集] 編成・塗装
上記の経緯により、東急には同一形式内で大きく分けて3形態が存在する。先述の通り2000年以降全編成がワンマン運転に対応しており、運転台にワンマン機器、ホーム監視モニター、自動放送装置が設置されている。また、車掌スイッチは電気接点式の押しボタン式化や車外スピーカーの設置、TASC、情報伝送装置を設置した。また、前面貫通扉と運転室と客室の仕切りが交換され[8]、搭載機器の増加もあって以前より運転室面積を拡大[9]されている。
また、車内非常通報器を対話式に変更して3台に増設、同年~2002年に交通バリアフリー法に対応するために全編成のデハ7800形の座席が一部撤去され、跡地に車椅子スペースが設置された。
[編集] 7901F~7911F
目蒲線投入後、2000年の路線分断まで同線で4両編成を組んでいたグループで、先頭車の前面に細い赤帯が入っている。7904F・7909F・7911Fは路線分断時に運用離脱し、残る8本がサハ7950形の抜き取りと7912F~7915Fと同等のワンマン運転対応改造が行われて現存している。前面の行先表示器は7912F以降に合わせてLED化されたが、現在も塗装の変更や側面行先表示器の追加などは行われていない。
7903Fは「多摩川アートラインプロジェクト アートウィーク2007」の一環として2007年(平成19年)11月3日から同年11月30日まで前面貫通扉にシンボルマークが、それ以外に虹の7色の縦1本の線がラッピングされた「レインボートレーン」としてラッシュ時以外は基本的に東急多摩川線内で限定運用されていた。
[編集] 7912F~7914F
池上線のワンマン化に備えて1995年~1996年に目蒲線から池上線に転用されたグループで、転属の際に上記のワンマン運転改造が施工され、他編成との区別のために前面が中央が黒・その両隣にL字形の赤帯[10]・側面がドア以外の低い位置に太目の赤帯という塗装に変更された。同時に幕式だった行先表示器がLED化され、側面にも1両当たり片側に1か所ずつ追加で設置され、サボ受けが撤去された。[11]
[編集] 7915F
1996年に7912F~7914Fから抜かれたサハ7950形3両を組み合わせて組成された編成で、先述の通り中間車だけ改造が1年早い。機器類が他の14本と異なるほか、前面や運転台、運客室仕切形状は1000N'系に準じており、部品が共通化されている[12]。3両編成完成時にワンマン運転対応設備と側面帯が装備され、池上線に投入された。
当初は車両間に転落防止幌が設置されていたが、現在は撤去されている。また、運転台右端に列車情報モニタ装置ディスプレイ[13]が設置されていたが、これもその後撤去されている。
[編集] 十和田観光電鉄譲渡車
2002年に余剰となっていた7904F・7909F・7911Fの両先頭車6両が同じく余剰となっていた7200系2両とともに青森県の十和田観光電鉄に譲渡された。VVVFインバータ制御車の他社譲渡はこれが日本初である。形式称号は7700系のまま、「デハ」の呼称が「モハ」に、車両番号の末尾2桁が若い順に01~03に振り直されている。
外観は側面のコーポレートマークの交換や、連結面に転落防止幌の設置や、前面貫通渡り板の撤去を行った程度だが、入線に際して自動放送装置などのワンマン運転対応設備と運賃箱・整理券発行器・運賃表示器・車内監視カメラ・非常通報装置が新設された。なお、車内のつり革には東急グループの東急百貨店とBunkamuraの広告が残っている。
同時に座席モケットが新品に交換され、交通バリアフリー法に対応して、編成から外された車椅子スペース設置車のデハ7800形に代わってクハ7900形に一部座席を撤去した上で車椅子スペースが設置されている。
また、オールステンレス車体、VVVFインバータ制御、SIV、平行カルダン駆動、ワンハンドルマスコンかつ電気指令式ブレーキ、冷房装置、車椅子スペースは十鉄としては本系列が初の導入となった。
[編集] 今後
2007年度から東急は本系列の代替として新型車両7000系(2代)の導入を開始し、2011年度には池上線・東急多摩川線に在籍する3両編成28本(1000系13本、7600系3本、7700系12本)中19本が、この7000系に置き換わるとしている。
[編集] 脚注
- ^ 東洋電機製造製。制御器1基で1両分4個のモーターを制御する「1C4M」方式。なお、7000系時代は同2両分8個の「1C8M」方式だった。
- ^ パンタグラフ付きの車両(車両番号が偶数)はモーター付き、パンタグラフなしの車両(車両番号が奇数)はモーターなしとされた。
- ^ 同時期にVVVFインバータのソフトウェアの変更が行われたといわれており、当初7600系と同じだった磁励音から現在の音に変わったとされる。
- ^ インバータ装置のメーカーは他編成のGTO素子と同じ東洋電機製造である。IGBTの制御素子は同社としても初の採用だった。また、在来車での「1C4M」制御に対して「1C2M」2群制御である点も特徴である。
- ^ 冷房装置を移設せずにパンタグラフを搭載するための措置。一般に、シングルアーム式の方が通常のパンタグラフより占有面積が小さい。
- ^ サハ7964のみ、内容は基本的にデハ7815に準じる。
- ^ 施行は東急車輛製造に回送して実施。
- ^ 仕切窓や仕切扉を更新し、窓の小形化や右側の窓を除き遮光ガラス化、遮光幕を下降式の遮光板化などが実施された。
- ^ 仕切り設置位置が100mm後退し運転室を1270mmから1370mm化、出入口扉がやや車掌台側に寄る。
- ^ 歌舞伎の隈取(くまどり)に似ていることから「歌舞伎塗装」の通称がある。
- ^ 撤去跡はネジで塞がれている。
- ^ 当初から各駅停車以外の運用を持たないことから本系列で唯一急行灯が設置されていない。他の14編成も既に使用停止している。
- ^ 9000系や1000系で採用された、プラズマディスプレイに故障時のガイダンス処置を表示するモニタ装置の発展形。機器の動作状態や故障時のガイダンス処置を表示する乗務員支援装置。
[編集] 参考文献
- 荻原俊夫 「VVVFインバータ車7700系登場」『鉄道ファン』1987年10月号(通巻318号)、交友社、1987年。
- 上口英一 「東京急行電鉄7700系」『鉄道ピクトリアル』1987年10月号(通巻485号)、鉄道図書刊行会、1987年。
- 上口英一 「東京急行電鉄7700系」『鉄道ピクトリアル』1988年5月号(通巻496号)特集・新車年鑑1988年版、鉄道図書刊行会、1988年(1つ上とほぼ同じ内容)。
- 荻原俊夫 「東急7000系ものがたり〔後編〕」『鉄道ピクトリアル』1991年10月号(通巻549号)、鉄道図書刊行会、1991年。
- 内田英明 「東京急行電鉄7700系3両化工事」『鉄道ピクトリアル』1995年5月号(通巻612号)特集・新車年鑑1995年版、鉄道図書刊行会、1995年。
- 内田英明 「東京急行電鉄7700系先頭車化改造車」『鉄道ピクトリアル』1997年10月号(通巻644号)特集・新車年鑑1997年版、鉄道図書刊行会、1997年。
[編集] 外部リンク
- 東急の車輌―7000系・7700系・弘南鉄道7000系・水間鉄道1000型―各編成の写真など。
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