富士川駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
富士川駅*
駅舎(2007年9月)
駅舎(2007年9月)
ふじかわ - Fujikawa
富士 (3.5km)
(2.8km) 新蒲原
所在地 静岡県富士市中之郷1228-4
所属事業者 JR logo (central).svg東海旅客鉄道(JR東海)
所属路線 東海道本線
キロ程 149.7km(東京起点)
電報略号 フカ
フチ(改称前)
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度-
1,566人/日(降車客含まず)
-2011年-
開業年月日 1889年明治22年)2月1日
備考 駅長配置駅管理駅
みどりの窓口
* 1970年に岩淵駅から改称。
東口(2008年11月)

富士川駅(ふじかわえき)は、静岡県富士市中之郷にある、東海旅客鉄道(JR東海)東海道本線である。

駅構造[編集]

単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持つ地上駅。1・3番線が本線、2番線が副本線となっており、3番線の外側(東側)にもホームのない副本線が1線ある。富士駅止まりの一部の列車を富士川駅に回送して沼津方面に折り返す運用がある。これらの他、保線車両留置用の側線もある。なお、2009年3月改正ダイヤの時点では、2番線に発着する定期の旅客列車の設定はない。一部の回送列車や貨物列車が入線するのみとなっている。構内の東西を結ぶ橋上駅舎を備える。

駅長駅員配置駅(直営駅)である。管理駅として、新蒲原駅蒲原駅由比駅の3駅を管理している。駅舎内にはみどりの窓口自動券売機が設置されている。

富士川駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先
1 東海道本線 上り 沼津熱海方面[1]
2 (予備ホーム)
3 東海道本線 下り 静岡浜松方面[1]

かつては駅周辺にある王子特殊紙東海工場岩渕製造所やノダ富士川工場、本線に沿い駅南にある日本軽金属蒲原製造所へ続く専用線があった。

利用状況[編集]

静岡県統計年鑑によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである。

年度 一日平均
乗車人員
1993年 2,382
1994年 2,194
1995年 2,177
1996年 2,189
1997年 2,107
1998年 2,021
1999年 1,957
2000年 1,887
2001年 1,854
2002年 1,767
2003年 1,752
2004年 1,743
2005年 1,745
2006年 1,765
2007年 1,748
2008年 1,725
2009年 1,629
2010年 1,601
2011年 1,566

駅周辺[編集]

バス路線[編集]

乗り場 系統 主要経由地 行先 運行会社 備考
富士川駅     蒲原病院 蒲原中学校 山交タウンコーチ
  蒲原病院・新蒲原駅蒲原駅 寺尾橋 富士急静岡バス
    富士川橋・北松野 大北 山交タウンコーチ
  富士川橋・北松野・星山台 富士宮駅 山交タウンコーチ
  富士川橋 富士駅 富士急静岡バス

歴史[編集]

現在の東海道本線にあたる官設鉄道線の建設が決定した際、駅に関しては当初宿場町単位でおく予定であったため、吉原宿の隣は蒲原宿のあったところに置く事になっていた。その間にある岩淵村(現富士市)は身延山久遠寺への身延道が東海道から分岐する間の宿であり、正式な宿場ではなかったために駅設置の予定はなかったのである。しかし岩淵村では地元の有力者が発起し、隣村であり官設鉄道線が通っていた中之郷村へ「岩淵駅」を設置するよう直接陳情を行い、最終的に土地提供を行うことを条件にして、蒲原宿に代わってこの地に駅が設けられることになったのである。これには村内でも賛否両論があり、駅設置賛成派の暗殺も企てられたといわれる。結果として蒲原宿のあった場所には駅が設けられず、蒲原町ではその後に駅設置の請願を行って1890年5月16日に蒲原駅が設けられたが、由比宿と蒲原宿の双方の利便を図ってその間である堰沢村に設けられたため、宿場町からは離れていた。かつて蒲原宿のあったところの近くに駅が設けられたのは、1968年10月1日に新蒲原駅が置かれた時であった。

1900年に制作された『鉄道唱歌』第1集東海道編では、この辺りを富士川における源平合戦と身延からの海運を題材にして、以下の様に歌った。

18.鳥の羽音におどろきし 平家のはなしは昔にて 今は汽車ゆく富士川を 下るは身延の帰り舟

日本軽金属蒲原工場専用鉄道[編集]

日本軽金属が蒲原工場(1940年操業)への製品の搬出及び工員の輸送を目的として1942年2月27日に岩渕駅-日本軽金属蒲原工場間(2.295m)の専用鉄道免許を得たものである[2][3]。2月30日に工事に着手し、資材入手難のため完成がおくれたが1943年4月に竣工監査をおえることができた。機関車は国鉄5形を1940年6月小島栄次郎工業所より購入し1941年3月より専用側線で使用していたもの、もう一両は1941年12月本江製作所(立山重工業)製を入手し専用側線で使用していたものを使用することとした。工員輸送用の車両は元白棚鉄道ガ1・2ガソリンカーを国鉄より払下げをうけ客車(ホハ103・104)に改造(定員40人を60人へ変更)し、さらに有蓋貨車3両(元成田鉄道ワ1-1・1-2・1-3)の払下げをうけ客車(ホハ105-107定員40人座席ナシ)として使用した[4]

隣の駅[編集]

東海旅客鉄道
東海道本線
ホームライナー
通過
普通
富士駅 - 富士川駅 - 新蒲原駅

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 駅構内の案内表記。これらはJR東海公式サイトの各駅の時刻表で参照可能(駅掲示用時刻表のPDFが使われているため。2011年1月現在)。
  2. ^ 『地方鉄道及軌道一覧 : 昭和18年4月1日現在』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  3. ^ 実際は専用側線を廃止し専用鉄道に転換
  4. ^ (鉄道省文書・日本軽金属・昭和十七年~昭和二十三年/国立公文書館)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]