島氏永駅

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島氏永駅*
駅舎(上り/一宮市側)
駅舎(上り/一宮市側)
しまうじなが - SHIMA-UJINAGA
国府宮 (2.0km)
(1.8km) 妙興寺
所在地

(下り)稲沢市島町北浦162

(上り)一宮市大和町氏永下垂534-3
所属事業者 名古屋鉄道
所属路線 名古屋本線
キロ程 82.9km(豊橋起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
1,741人/日
-2009年-
開業年月日 1928年昭和3年)1月24日
備考 無人駅駅集中管理システム導入駅)
*1930年大和より改称

島氏永駅(しまうじながえき)は、愛知県一宮市と愛知県稲沢市の境界にある、名古屋鉄道名古屋本線である。

歴史[編集]

尾西鉄道が1924年大正13年)2月15日に中村線として一宮 - 国府宮間の鉄道路線を開業した時点では島氏永駅は存在せず、付近には氏永駅島駅が各村内にそれぞれ存在していた。これは用地買収の条件として氏永村と島村の両村がそれぞれ村内に駅を設置することを要求したことによるものだったが、両駅の駅間距離は短かった。

その後、尾西鉄道が名古屋鉄道(初代)に吸収合併されると当線は国府宮支線に改称された。名鉄はさらに清洲線丸ノ内駅から国府宮駅までの新線を敷設して名古屋(柳橋) - 一宮間を結ぶ路線(後の名岐線、現在の名古屋本線)を計画したが、すでに開通している区間には中間駅が小刻みに設置されていたため、高速運転の阻害になるとして、新線の敷設と同時に開通区間の駅が廃統合されることになった。駅間距離の短い氏永駅・島駅も廃統合の対象となったが、氏永村・島村の両村民は尾西鉄道時代の協定を破るものだと強く反発し、村内から駅を無くすならば線路を撤去すると強硬姿勢を取った。

そこで名鉄は氏永駅・島駅を統合してその間に大和駅を設置することを提案、村民もその統合駅を上りホームを氏永村地内、下りホームを島村地内とする場所に設置させることを条件に妥協することになった。最終的には数年足らずで大和駅から島氏永駅へと改称され、両村名を併記した現在の駅名となった。

駅構造[編集]

ホームの位置関係(手前が上り/一宮市側、奥が下り/稲沢市側)
下り駅舎(稲沢市側)。手前にある水路上に市境が走っている。

2面の単式ホームが踏切を挟んで千鳥式に配置された、2面2線の地平駅である。ホームは6両分。上りホームは一宮市大和町氏永(旧氏永村)、下りホームは稲沢市島町(旧島村)に所在し、構内の中心を横切る踏切のすぐ南を流れる川(下之島井筋または下之島分水路)が市境(旧村境)となっている。

かつては上りホームに駅員がいたが、現在は駅集中管理システムが導入された無人駅である(管理元は名鉄一宮駅)。

のりば
ホーム 路線 方向 行先
(西側) 名古屋本線 下り 一宮笠松岐阜方面
(東側) 名古屋本線 上り 国府宮須ヶ口名古屋方面
※早期に駅集中管理システムが導入されたためか、現在も案内上のりば番号が使われていない。

配線図[編集]

島氏永駅 構内配線略図

名古屋方面
島氏永駅 構内配線略図
一宮・
岐阜方面
凡例
出典:[1]


利用状況[編集]

稲沢市の統計によれば、1日平均の乗降人員は、2009年度1,741人である。

駅周辺[編集]

島氏永駅から国府宮駅の間は田園が広がり、鉄道趣味者の列車撮影地として有名である。

隣の駅[編集]

名古屋鉄道
名古屋本線
ミュースカイ快速特急特急快速急行急行準急
通過
普通
国府宮駅 - 島氏永駅 - 妙興寺駅

脚注[編集]

  1. ^ 電気車研究会、『鉄道ピクトリアル』通巻第816号 2009年3月 臨時増刊号 「特集 - 名古屋鉄道」、巻末折込「名古屋鉄道 配線略図」

参考文献[編集]

  • 尾藤卓男 『各駅地名解 名古屋鉄道の巻』、東海地名学研究所、1982年

関連項目[編集]