幸田駅
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| 幸田駅 | |
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駅舎(2006年10月)
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| こうだ - Kōda | |
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◄三ヶ根 (3.0km)
(7.4km) 岡崎►
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| 愛知県額田郡幸田町大字芦谷字幸田140-1 | |
| 所属事業者 | 東海旅客鉄道(JR東海) |
| 所属路線 | 東海道本線 |
| キロ程 | 318.5km(東京起点) |
| 電報略号 | コタ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
4,202人/日(降車客含まず) -2007年- |
| 開業年月日 | 1908年(明治41年)9月11日 |
| 備考 | 業務委託駅(東海交通事業) みどりの窓口 有 |
幸田駅(こうだえき)は、愛知県額田郡幸田町大字芦谷字幸田にある、東海旅客鉄道(JR東海)東海道本線の駅である。
目次 |
[編集] 概要
幸田町の中心部に位置する駅で、普通列車・区間快速のほか、一部快速・新快速が停車する。東海交通事業が業務を受託する業務委託駅で岡崎駅が当駅を管理している。早朝・夜間は無人となる。
駅名の読みは「こうだ」だが、地名の読みは「こうた」である。これは地名の読みも「こうだ」だった時の名残である(幸田町は1954年に旧豊坂村と合併した際に読みを「こうた」に改めた)。
なお幸田駅から北(名古屋方面)3.1km先に新駅(仮称・相見駅)を設置する基本協定を締結した。
[編集] 駅構造
島式ホーム1面2線を持つ地上駅。下り線側に1本、上り線側に2本留置線がある。
駅舎は構内東側にあり、ホームとは跨線橋で連絡している。駅舎には待合室があり、みどりの窓口や自動券売機、簡易型自動改札機(TOICA対応)が設置されている。改札外に東海キヨスクがある。2008年3月に2基のエレベーターの設置が完了した。
駅舎北側より線路西側へ出る地下通路(自由通路方式)がある。ただし、歩行者と自転車専用で自動車等の車輌は通行できない。
| 1 | ■東海道本線(上り) | 蒲郡・豊橋・浜松方面 |
|---|---|---|
| 2 | ■東海道本線(下り) | 岡崎・名古屋・岐阜方面 |
かつては、駅北東にあった三菱レイヨン幸田工場への専用線が駅から分岐していた。専用線の廃線跡はほとんど残っていない。
[編集] 歴史
1900年、相見村(現在の幸田町中部)の志賀藤助村長が同志らと村内に駅設置を企画し、設置期成同盟会を作った。同盟会は村内各地区ごとに募金を募り、隣村にも協力を依頼した[1]。相見村の動きを受けて、深溝村(現在の幸田町南部)でも期成同盟会が発足している[2]。1902年、蒲郡駅~岡崎駅間の複線化により、相見村の山本鍬之助村長と、地元選出の県会議員・足立信次郎の要請で新駅設置は実現段階に入った。1906年に相見村・坂崎村・深溝村の3町が合併して広田村が発足。これを機に、駅設置場所を芦谷信号所北350mとし、1906年6月1日に起工し1908年4月1日に幸田駅として開業した[3]。当時の自治体名は広田村だったが、既に福島県に広田駅が開業していたため、「幸田駅」として開業した。翌年に、村名も幸田村に改称している。
- 1906年(明治39年)4月 - 国有鉄道東海道線(1909年に東海道本線に改称)の蒲郡 - 岡崎間に芦谷信号所(あしのやしんごうしょ)として設置。
- 1908年(明治41年)9月11日 - 駅に昇格、幸田駅が開業。一般駅。
- 1971年(昭和46年)10月4日 - 貨物の取扱を廃止。
- 1984年(昭和59年)2月1日 - 荷物の取扱を廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により東海旅客鉄道の駅となる。
- 1996年(平成8年)10月5日 - 自動改札機設置。
- 2006年(平成18年)11月25日 - TOICA対応自動改札機稼動開始。
- 2008年(平成20年)3月 - エレベーターの設置完了。
[編集] 駅周辺
駅舎が置かれている東側は、幸田町の中心市街地であり、駅前から南にかけて商店街が広がっている。しかし、近年ではスーパーの閉鎖や建物の老朽化などが進んで求心力が低下しており、町は区画整理事業を計画している。
一方で、駅西側には駐車場があるが、田園風景が広がっている。
- 幸田町役場
- 幸田郵便局
[編集] バス
このほか、デンソーなどの町内に工場を置く企業が従業員を運送するバスも運行されている。
[編集] 隣の駅
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
[編集] 参考文献
- 幸田町史編纂委員会編『幸田町史』 幸田町、1974年。
- 地域史深溝編さん委員会編『地域史 深溝』 1999年。
[編集] 外部リンク
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